☆いい女☆で行こう!

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偉大なるおれさまが〇△□×

いうわけで、今日も唯一正しいことは、偉大なるおれさまが〇△□×、ということだけなのであった、今日はバレンタインデーだしな。
日々、いろんなことを発見するが、これまでその種の発見をなしに来たのは、おれさまが偉大すぎるからであって、偉大な人はフツーそんなこと知らんやろというだけのことなのだ、そりゃ当たり前だ。
偉大なものと、そうでないものの、順列を入れ替えようとする、その無理やりな制度がよくない、どこまでいっても制度は虚構であり、偉大というのは魂の事実なのだから、ここに無理やりをしても、制度で魂をひん曲げることにしかならず、それで仕掛けた当人がぐったりして怯え、挙動不審になっていってしまう。
人はけっきょく、信じるものを得られないと、世間的・権威的に流通している外形的な制度をアテにするしかないのだろうが、それがどういうことであり、またどうなっていくものかについて、やはり「なんでおれがそんなこと知らなきゃいけねーんだよ」という気しかしてこない、いいじゃねーか、魂がギャーする人はギャーしたまま、アレなことになるのはしゃーないだろう、おれは正直そんなことは知らないし、そんなことをおれがかまってはいられないのだった。

行き着くところ、ずーっと繰り返されてきたことが、これからも繰り返されていくしかない。
もう僕自身は飽きているのだが、僕が操作している力学ではないので、しゃーない、何か放っておけば勝手にそうなり続けるのだろう、つまり僕の前で直接何かに触れた人は、一時的に何かの世界を観るが、それを観たとしても受容しがたいと感じる人がいて、そういう人は逆に僕に「説教」を残していくものだ、そしてそのあと、たいてい暗いストーリィが続いていくものらしい。
そっち側には、何か知らんドッシリ重い、暗いストーリィが続くらしいのだが、僕はそんな小説を書かないので、その先がどうなるか知らないのだ、だって知ったってしょうがないし、どうせ聞きたくもないシツコイやつに決まっているから……そんなことより、魂が出会うべきものに出会って、世界と愛と物語を得た先のことを知っていくべきだ、本当にこころの底から、僕はそちら側以外のことへ突入していく人が、いったい何を目当てに何をやっているのか、数十年にわたって「さっぱりわからん」のだった。
僕のことを愛さない人も、ひょっとしたらいるのかもしれないが、これまでに言ってきたとおり、おれのことを愛さない奴は本当に魂が数十年前のホットプレートに閉じ込められたままフタを開けてもらえないのだと思うし、そもそもおれのことを愛さない人は、本当に「存在していない」のじゃないかと思う、まあ偉大なるおれさまにおいてはそれぐらい考えていい権利があるだろうヒャッハー/この偉大なるおれさまを愛さない人が、表面上もしいたとしたら、その人はもうずいぶん昔に死んだのだ、死んだまま生きているからそういうわけのわからん不可解挙動を続けているのだ、それはもう制度に肉片がくっついているというような状態なのだろう。

「制度」とは、自分が存在している「ふり」をするための装置だ。

どう考えても、「制度」が魂の本懐であるわけがないので、「制度」とは何のためにあるかというと、単純には社会生活の円滑化のためだが、より内奥では、魂を所有できなかった人が、自分が存在している「ふり」を続けられるための装置なのだ/われわれの視力は、魂がはっきり視えたら制度はまるで見えておらず、制度がはっきり見えたら魂はまるで視えていない、という性質を持っている。
魂を所有できなかった人は、他の魂を視ることもできないので、その視力は必然的に「制度」への視力に流れる、そこは本当に冗談ではなく、制度だけの業者ワールドが爛々と展開されているのだ/しかしまあ、正直「もういい」がすべてに先んじる、おれはやっぱりおれでありつづけて、偉大なるおれから見て他の者はゴミ……ではなく、そもそも「他の者」でさえなかったのだ、偉大なるおれさまは偉大なるおれさまを威張っているわけではない、「偉大」というのは別に威張る要素じゃない、小さくて可憐な魂を下に見たことはおれは一度もない、魂の大小は上下ではない、上下が設定されるのは「制度」のほうだろ、ところで今日はバレンタインデーなんだってね、いろいろとよろしく!!

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