☆いい女☆で行こう!

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禁欲(ストイシズム)とカルマ

方にいるおじさんおばさんには、表面上、何の慾望もないように見える。
が、人間の仕組みとして、そんなことありうるのだろうか、「わたしの身の内に、すでに慾望は解決したのです」と/あるいはストイシズムにおいて、たとえばスポーツに打ち込んでいる人が、「チャラいのとかセックスとか、正直ぜんぜん興味ないわー」と断言することもあるだろう、それは慾望を超克したということなのだろうか。
僕の知る限り、人は慾望を「抑圧」するたびに、身が固くなり、身がずっしりと重くなるものだ、いくら運動で筋力や弾性をつけたところで、その身の重さは変わらない/そうしたストイックスポーツマンや、地方のおじさんやおばさんの目の前に、デカデカとポルノ写真を見せつけていったらどうなるだろう? もし慾望を超克したというなら、体内に何らの興奮物質もめぐらず、ポルノ映像を注視しても心身に「何らも起こらない」ということだ、本当にそのように超克されたのだろうか。
人は慾望に振り回されるという性質があり、その「振り回される」というのは、ひとつには「慾望に我を失う」ということだが、もうひとつには「慾望に己を固くする」ということなのだ、実はどちらも「振り回される」ということに違いはない/欲望に振り回されないというと、本当にわかりやすい解脱者か、そうでなければルパン三世のような人だ、ルパン三世は財宝と不二子ちゃんに目がなく、うひょひょ〜と飛び掛かるが、それによって我を失うというより、むしろ本来のルパン三世っぽくなっている、このようなルパン三世は地方のおじさんおばさんではないしストイックスポーツマンでもない。

本来、人の身において「慾望」を解放すると、それはすさまじい灼熱の炎となって、己の身を焦がすものだ、金銭への慾望やセックスへの慾望、あるいは美への慾望、地位や名誉や身分への慾望、究極的には不老不死への慾望など、人はいくらでも夜叉になってしまうし、いくらでも頭の中にアゲハ蝶が飛ぶようになってしまう。
このすさまじい灼熱の炎、その苦しさに、むしろ耐えられないからこそ、人はストイシズムに走り、あるいはそういったことを「ふしだら」と言い立てて、自分にはさもそういったところはないと欺瞞するために、身をカチカチに固くし、ずっしりと重くするのだ/つまり、精神が慾望を超克したのではまったくなく、まるきり逆だ、慾望が精神を超克してしまい、慾望のせいで、もうエセ精神を背負って歩くしかなくなってしまうのだ、たいていそのエセ精神の名は正義ないしは常識と呼ばれる。
けっきょく、本当に慾望を超克しようとすると、何かしらの「世界」につながるしかなくて、しかも常時、時間軸上で慾望が発生するより前に世界から体験と意志を得て、かつそれを完了し続けていないと、慾望を超克することなどできない、当たり前だが人が慾望を超克できるのはそういうハイレベルの、別次元の脱力と集中状態においてだけなのだ、そんな奴だけがスクリーンに張り出されたポルノ映像から何の影響も受けなくなる、正確には影響をフルに受けながら何ら「主体」は侵食されなくなる/内部的にシロアリに食われていない「ふり」をしている家屋は、外見上は立派に見えるかもしれないけれども、それが倒壊しないのは単に、あちこちに呪縛の釘を打って縛り付けてあるからにすぎない。
このようなことから、すでに明らかというか、すでにお察しのことと思うが、人は「慾望」というメカニズムを具えて生まれ落ちており、1.我を失って「破滅」の誘いに向かうか、2.我を失わないよう「呪い」の力に向かうかのどちらかしかないのだ、つまり地方と中央の違いは、中央においては人はセックスとドラッグで破滅に向かっていくということ、地方においては人は制度とメンツで呪縛に閉じ込められていくということなのだ、この1と2を行ったり来たり、二股膏薬してしまう/3.「世界」につながって「慾望」は間に合わなくなる、というケースは極めて少ないうえに、それが正しい手続きだというアナウンスもない。

最高級のおっぱいと下着に囲まれながら、こころの底からウヘヘヘとなって、それでも世界の詩文がすべてを支配しているという状態が、「慾望の超克」だ。

身をカッチカチに閉じて重くして、「慾望に反応しない」と言い張っているのは、よくよく見ればものすごくアホだ、それを超克だというなら、もう全身の神経を切ればいいじゃないか/それぐらい、いっそ全神経を切断するしか勝ち目はない、と思わせるほど、われわれにとって「慾望」というものの支配力は強い、何しろ死ぬ二秒前でも人は自分の地位や名誉や預金残高の偉さを気にしている、「世界」とは何ら関係ない己のカルマだけに支配されたまま死んでいく。
すべての慾望に、こころの底まで明け渡してみろよ、こころの底まで明け渡さないと、そりゃ不正しているだろ、そうじゃないのだ、こころの底まで明け渡し、全身で慾望を味わっているはずなのに、なぜか精神はこの「世界」そのものにピタリとつながって、慾望に蚕食されず、慾望のえぐみが生成されないという状態だ……こんなことは何もむつかしい話じゃない、さあすべてのPTAのおじさんおばさんの前に、多数のエロ写真をオープンしてみようぜ、すると眉を顰める、顔をしかめる、目を背ける、ため息をつく、愛想をつかす、いろいろやるだろうが、おれは何にもならない、おれはただエロ写真が好きだぜ/あなたがとびきりの下着姿でおれの膝に乗っかってきたって、おれはウヘヘヘとなるだけだ、おれを支配する詩文は何ら降りやまない、それどころかあなたがうつくしすぎて詩文は勢いをまして降り注ぐんじゃないかな。

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