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現実とリアリティの違い2

とえばポル・ポトは、原始共産主義をやるには知識人が邪魔だと感じて、「メガネを掛けている奴は知識人の可能性が高いから殺せ」と虐殺していった、まるでリアリティのない話だが現実にあったことだ。
あるいはリンドバーグは、オンボロのプロペラ機に乗り、思いつきで人類初の、飛行機による大西洋横断を敢行した、それは無事成功したのだが、もちろん途中で墜落して死ぬ可能性はおおいにあった、これもリアリティのない話だが現実にあったことだ。
今、多くの人は「現実」を誤解していて、自分の「心当たり」だけが現実だと思っている/つまり、友人のフェイスブックに「結婚しました」と告知が出ると、ギョッとしてビビる、その後なぜか落ち込むというようなこと、そういうものだけが「現実」だと思っている。
話を聞いていて、「わかるわかる」とか「すごく共感する」とか、自分の心当たりだけが現実だと思っているのだ、ひょっとしたら織田信長が現実にいたということも薄ボンヤリとおとぎ話になっているのかもしれない。

このことがあって、いくら勉強してもムダ、いくら努力してもムダ、という現象が生じている。
いくら勉強しても、たとえば酸素原子に非共有電子対があるというようなことには、いつまで経っても「心当たり」はないからだ、非共有電子対について「わかるわかる」という人間はいない。
いくら勉強しても、「なんか過酸化水素水と二酸化マンガンってあったよね」「わかる〜なんかそういうのあった〜」という知識の入り方しかしない、それは理学でも何でもない/人にちゃんとあいさつをしない人は、ちゃんとあいさつをするということに心当たりがないので、ちゃんとしたあいさつをしようと努力してもムダだ、「ちゃんとあいさつしちゃうよね〜」「わかる〜」とはならないので、すべての努力は雲散霧消する。
通信テクノロジーが進化して、SNS的評価システムが一般化してくると、「共感漬け」ということが起こり、わけがわからなくなったのだ、脳みそが第一に「共感」を探すというわけのわからない状態になっている/このことを打破しないかぎり、あなたは永遠に自分の「心当たり」をぐるぐる循環するだけだ、僕は現実のことを話しているのだが、僕の言う現実はあなたにとってリアリティがない。

究極、あなたには、「年を取ると腰が痛い」という心当たりだけが残るかもしれない。

これは冗談でもなければ誇張でもなく、本当にそういうものなのだ、あなたに「ずっとPCのモニタ見ていると目が乾くよね」という話をしたら「わかるわかる」と言ってくれるかもしれないが、「グノーシス派の文書は聖書に入れられていない」という話をしてもあなたの脳みそは何も聞きとらないだろう/あなたにとって前者だけが現実で後者は何かよくわからない靄だ、靄はいくら丸暗記してもやがて時間と共に消えていく。
そのレベルで「共感」というかぎり、人間には共感の能力があるのではなく、脳みそが機能を失うと、共感にしか反応しなくなるということなのだ、脳みそにとって既知の「わかるわかる〜」にだけ反応するようになるということ/「わかるわかる〜」にだけ反応するとして、それだけわかっていることについては勉強する必要もないし、練習する必要もない、そして「わかるわかる〜」にしか反応しないのだから、あらゆる勉強と努力がムダになってしまう(わからないことには反応できない)、実際老人は「腰が痛い」「わかるわ〜」のたぐいの話をずっと繰り返している、現実が消えて心当たりのリアリティだけが残るのだ。

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