☆いい女☆で行こう!

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WS報告039(1)/稽古は「出来事」、気魄は「出させる」もの
究のためにみんなでビデオカメラを買った、パナソニック製品は高性能でナイスだ/録画してそれぞれ確認すると、「お前らの出来てなさがわかったか」「ぎええええ黒歴史」「これを大スクリーンに映されたらもう会社行けませんよ」という結果になった。
僕も僕自身の映像を見て確認したのだが、自分で自分を見て全力で「なんだコイツ」と思った、なんというか、「余計なところが動いてはダメ」とふだんから言っているけれども、自分の映像で自分が動いてなさすぎでびっくりした、「こんなヤツ初めて見たぜ!」と自分で言うというシュールな状況になった。
なんというか、武術ふうの技術にしても、あまりにも「技術」という感触がなさすぎだ、なぜかまったく何もしていないように見える/受講者Aがポンポン投げられて「ぎゃおえ〜」と面白い声をあげているのだが、映像的には投げられているようには見えず、何かデカイ奴が受講者Aを地面においては取り上げ、また地面においては取り上げ、ナゾの作業をしているだけに見える、受講者Aさんはスタジオの床にごろんごろん転がされているのだが、なぜか何のワザに掛かっているようにも見えない、拾われては床に置かれ、拾われては床に置かれ、というふうに見える。
受講者どもがやけにナゾのお供え物をおれにグイグイ持ってくるなあと思ったが、自分で映像を観ても、なんか確かに「この世ならざるもの」感があるなあと認めざるをえない、マジにそう見えるのだからしょうがない/おれは見たものを見たままフェアに判断するタイプだが、自分の映像が自分の脳裏に焼き付いて離れないという冗談みたいなことになってしまった、うーんもうちょっとクールで際やかでカッコいいのがよかったのだが、よくまあこんな奴のワークを毎週二日も徹夜で受けていられるな、こんなの感覚がヘンになるぜ。

まあいいや、とりあえず必要なメモ、「稽古は "出来事" 」、「気魄は "出させる" 」もの。
「気魄は "出させる" 」もの……人は力と力をぶつけあって、マウントの取り合いをしてしまうから、そうではなく相手に力を「出させる」ということ、相手をパワーアップさせるということ、相手を拒絶して遠ざけるのではなく近づけることが必要になる/そして原理が「マウント」から「力、上昇」に転属したら、その上昇した関係を今度は理の階層でさばく、このとき愛がなければ人は理を使用することができない。
「稽古は "出来事" 」……人と人がつかみ合って、ぐいぐいやりあったところで、人の成長なんかあるわけない、つかみ合う技術をこねくりまわすのではなく、人が人をつかんだという「出来事」を何百も繰り返すのだ、人はこの「出来事」の中でだけ全身を見失わないという性質があるので、これを使わないかぎり実は「稽古」そのものができない、この「稽古は "出来事" 」を知っているか否かで稽古の効率は大違いになってしまう、「稽古」ができれば三十分で入口に入れるものが、「稽古」ができないと三〇年やってもムダということがいくらでもある。
あと何か、映像を観ていて思ったことがあったのだが、忘れた(テキトー)、まあ思い出したらそのとき話そう、とにかく今回はみっちりと有意義な回だった、今日も有意義な回になるといいな。

稽古は「出来事」/よって、「シーン1,テイクワン、アクション!」と撮影する映画のほうが「稽古」に近い。

ああ思い出した、映像を観たとき、映像には「こんなのヤラセにしか見えねーだろ」という何かがギッシリ映り込んでおり、それでいて同時に、ヤラセにしてはこのデカイ奴が何か異様にマジっぽく見えるし、それ以上に、「もしヤラセなら、もっと派手にやられたフリをしろよ」「これがヤラセなら、ヤラセのやる気なさすぎだろ、ちゃんとヤラセの仕事をしろよ」と笑ったのだった。
いつかまとまった形で、映像資料として公開できたらいいなとも思うのだが、どうせ僕のことだから、またヘンな作り込みをして、見た目にとてもわかりにくい資料にして「やったぜ」とか言い出すのだろうな、まあそんなことも近々あればいいなと思っている。
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