☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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They never Go

ぬううう、書かねば、とにかく書く量が足りていない。
得れば得るほど、書く量の要求がガン上がりするから、こんなの追いつかねーぜという状態だ、何かもうテキトーでもいいから書くしかない。
人それぞれ「帰るところ」というのがあり、古い歌に「北へ帰る人の群れは誰も無口で〜」と津軽海峡をわたる人が唄われているのは、北海道への開拓民の歌ではなかったということだ、当たり前だがそういうことに秘密がある。
人は、魂の出会ったもの・魂の認めたもの・魂の信じたもののところにしか帰れないので、多くの人はけっきょく出身地やおかーちゃんのところに「帰る」という感覚で一生を過ごす、たとえ母御さんが死去していても、帰る先はおかーちゃんというのが主流だ、他に信じるものに出会えなかったのだからしょうがない。

おかーちゃんのところへ「帰る」というのは、別に母親を信じているのではなく、信じるものに出会えなかった場合、帰るという感覚が生きものとしてのそれしか残っていないというだけだ。
信じるものに出会えなかったということは、つまりその人は、出かけてみたものの、けっきょくどこにも行けなかったということだ、まあそれが多くのケースにおけるリアルなところなのだと思う。
けっきょくどこにも行けなかったということは、その出かけた場所の側から見た場合、けっきょく「来ていない」ということなので、そこには何も起こっておらず、ただ「邪魔をした」というだけでしかなかったということだ、「お邪魔しました」ということが掛け値なく事実だということ/人々のほとんどの暮らしはそういうものだったりするということを、人々はどこかで覚悟していなくてはならない。
帰る先はけっきょく「おかーちゃん」なのだから、その人はどこにも行っていないし、誰から見てもそんな人は「来ていない」のだ、うろちょろして外側の邪魔をしたというだけになる/「誰も行かないし、誰も来ねえよ」というのが何十年もかけた多数例ということをどこかで覚悟していなくてはならない、どこにも行かなかった人、誰も来なかった場所で実際はあふれかえっている。

多くの人は、学校になんか行っていないし、旅行になんか行っていないし、職場になんか行っていないし、そもそも街にさえ行っていない。

別に悪口で言っているのではなく、「行く」ということが実はそんなにイージーではないということなのだ、ロックンロールがジョニーの「GO」を発明するまで、一般化された「行く」という言葉はなかったのかもしれない。
多くの人にとって、けっきょく「行く」のは怖かったのだ、このことには目に見えない大差があって、たくさん帰る場所を得ながら生きる人もごくわずかにいる一方、徹頭徹尾ゼロでおかーちゃんのふところから一歩も出ずに過ごすという人が多数派を占めている/怖かったのだからしょうがない、現実的にはそんなもんだ。

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