☆いい女☆で行こう!

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機械的に、クルクルパーのことを考えておく

日金曜日は、またワークショップで、19時から公園スタートです、23時からはスタジオに移る予定/土曜日は19-21が公園、21時以降がスタジオになります。
ワークショップで何をやっているかというと、第一には、全身のコントロール、全身をつなぐということ、全身をひとつにして、特に自分が「どこを向いているか」を自分でコントロールできるようになるということ、こんなことがやってみたら以外とバラバラで、完全なコントロールは「超むつかしいじゃん」ということがわかる。
自分のコントロールとしては「全身の向き」(金魚法)に尽きるし、対人においては露骨法・手渡し法・命令法あたりに尽きるし、言葉やフィクションに向かうものとして今は「表示法」が盛んだ、これらはどれも実演を受けてみれば明らかにわかるもので、やってみたら「あれ? 意外に超むずいじゃん」ということがわかるものばかりだ。
だからこんなものは、さっさとバリバリやって、さっさと入口にだけでも入ってしまえばいいのだが、実際はそうはいかない、多くの人はそれらの能力以前にまずクルクルパーだからだ、このクルクルパーが二時間で治らない人は、能力どうこうの問題でなく、まったく別の問題を抱えていることになるので、ワークショップでどうこうという話ではなくなる。

クルクルパーというのは、誇張ではなく、大マジにそれだからやむを得ず言っているのだ、能力がどうこうの以前に、どれだけわかりやすく簡単化して説明しても、その理解が二秒で揮発してしまうので、こちらが説明したことをやれない、まったく別の独自のキャラ動作をやり出したりする。
これは悪口で言っているのではないのだ、本当に日本人はクルクルパーが多いのだ、今僕はリアルで現実的なことを機械的に話しているにすぎない/つまり、自動車教習所で、「踏切を渡るときは左右を確認してください」と指示されたのに、二秒後には踏切にブーンと突っ込むようなレベルだ、クルクルパーというのはリアルにそういうものであって、当人はもう自分の挙動を自分で管理できないのだ。
「踏切を渡るときには左右を確認してください」というのは、小学生にでも出来ることだから、これが理解できず意識から揮発していくというのは、能力の問題ではなく精神障害の問題だ、あまりにもそういう精神障害が多いので、このごろは「所属階層」みたいなことを考えざるを得なくなった。
全身の向きを「一動作」で動かす、すると挙動は速く済むので、すべてが速い上にストレスがないし、しかもクリアだ、ただしそうして全身が「一動作」で動くためには、全身がつながっている必要がある、全身のつながりは特に、胴体が伸び、骨盤と胸郭がなるべく遠くへ離されている必要がある/つまり「伸ばせばつながる」→「つながればひとつ」→「ひとつなら一動作で済む」→だから速いということなのだが、このことが脳みそから揮発して、なぜか独自の顔面と気分でヘコヘコ挙動し始めるのだ、何をどうやったらそんな独自の殺法が出てくるのかわからんが、もういいかげん見飽きるぐらいこのパターンを見ているので、これは能力の問題ではなく精神のトラブル問題にすぎない、このパターンにつける薬は基本的にないので諦めましょう。

ひょっとしたらもう、自分に「全身」があることさえわかっていないのかもしれない。

少なからず、そう疑わせるケースに実際遭遇する/茶碗と皿と箸と汁椀をバラバラに運ぶより、お膳に載せて「ひとつ」にして運ぶほうが速いということがわからんのか、冗談でなく本当にこんなイージーな説明が「わからない」のだ、たぶんこれまで人の話を何一つ聞かず、内心でずーっと別のモンモンとした自己要求を舐め回し続けてきたのだろうと思う。
伸ばせばつながる、つながればひとつで、ひとつで動かすなら、バラバラに動かすより速いよ! という、これだけのことが、わからない人は何ヶ月経ってもわからないのだ、できるできないの以前に、まったく別のことを繰り返して、感情と血流をハアハアさせるという、とんでもないレベルのバグが、すでに多くの人に見られる/それはついに、ヒステリーによる認知症なのだと判断せざるを得なくなった、その認知症をどうしたらよいのかは僕は知らないが、少なくともワークショップで取り扱うようなネタではないな。

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