☆いい女☆で行こう!

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(雑感)ひょっとして、忙しいのでは
つのまにか僕は、自分でも不気味なぐらい、「疲れる」ということがなくなった、疲労という現象がどんなものだったか、すでにわからなくなりつつある。
一方で、ワークショップの直後などは、バカスカ食って昏倒するみたいに眠らないと、恢復しようがないのだが、これはひょっとして、僕は忙しいのではないだろうか? これまでにそんなことを考えたことはなかったし、忙しいという言い方はそんなに好きではないのだが……
疲労という感覚はまったくないのに、たとえばこうして文章を書く直前、さすがに「う、うごかねー」「無理っす〜」みたいな時間が少なからずある、それでいつも、「別に疲れているわけでもないのに、おかしいなあ」と感じていたのだが、これはひょっとすると、僕はいそがしいのではないだろうか/そういう発想を持ったことがないので、僕はめずらしく驚いているのだった。
なんというか、毎日、魂を使い果たして「も、もう無理っす〜」となっている感覚はあるのだが、一方で「疲れている」という感覚はまったくないので、休もうとする気も起こらないのだった、ひょっとしてこの状態は「忙しい」というやつなのではないだろうか、いくらなんでも処理できない量の体験や発見が続いて、でも疲れてはいないので「全然余裕だけどもう無理」というわけのわからない状態に、このごろの僕はよくなる。

そういえば僕は、ソシャゲはやらないし、キャバクラにもいかないし、パチンコもやらないし、そういうことにはぜんぜん興味ないなあと思っていたのだが、実は興味うんぬんは関係なくて、単に忙しいのかもしれない。
何しろ、未だにアサシンクリードの最新作をやっていなくて、自分で負い目を覚えているぐらいだからな、こんなことではアサシン失格だとわれながら反省する、このままではテンプル騎士団が跳梁跋扈するばかりだ。
なんというか、毎日が爆裂に楽しいのは何よりでけっこうなことなのだが、爆裂でない日がないという状態、つまり「ふつうの日」とか「特に何もない日」というものが、もう何年も一日もないのだ、それはそれでけっこうキツいものだぞと、僕はなんとなく主張したい、「ふつうの日」というのがどんなものなのか、いつのまにかすっかりわからなくなってしまった。
クリエイティブな日々を過ごしたい、というわけではなく、非クリエイティブなすべてのことが、もうわからなくなってしまったのだ、「特に何もない日」というのはいったいどういう状態なのだろう、よくよく考えるとすべての景色とすべての季節とすべての風がすべて確実に突き刺さってくるというのもなかなかキツいプレイ状況なのだった、四方八方が楽しく輝いていると正直思うが、それはひょっとしたら別の意味では「忙しい」ということなのかもしれない。

カブ50で走ってるときに恢復しているかもしれない。

なんというか、原付は一人しか乗られないし、走行中はさすがに文学作業はできないし、唯一脳みそが休める時間かもしれない/と、そんなことを聞かされてもしょーもないと思うが、たまにはいいだろ、本来エッセイってそういうしょーもないもんじゃん。
原付エッセイかあ、まるでしょーもなさの限りだが、たまにはそんなことをしてもいいのかなと、少し思った、うーんわれながらガラでもないけどな。
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