☆いい女☆で行こう!

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メンタルヘルスは軋んでナンボ
康と不健康を考えたとき、健康のほうがいいに決まっているが、健康「だけ」というのもつまらないし、健康「だけ」というのも恐ろしいものだ。
つまり、八十年間「健康です」という "だけ" で、「どうなりましたか」と訊くと「死にました」と言われる、「なんだよけっきょく死ぬのかよ」という……それで、生前の彼はどうでしたと訊くと、「健康でした」と言われる、「えっ?」、これはなかなかのホラーだ、三十分のドラマに仕立ててもいい。
暴飲暴食はヘルスにはよくないだろうし、寝不足や乱行や喫煙もヘルスにはよくないだろう、だが生涯ヘルスマンとして生きたとして、どうなりましたかというと「死にました」というのだ、こんなアホな話があってたまるか。
ヘルスが損傷するのはよくないが、それはヘルスが保たれてほしいということであって、ヘルスバンザーイということではない、いわゆるメンタルヘルスというのも同じことで、メンタルがヘルシーだった奴がどうなるかというと、けっきょく死ぬのだ、ヘルシーに死ねただけマシという考え方もあるが、おそろしくつまらない中を生きてつまらないまま死んだという見方もある、おれはそれはとてつもなくつまらないことだと捉える派だ。

おれが思うに、身体的ヘルスでもメンタルヘルスでも、そのヘルスが脅かされる段になって、その人の底が出てくると思う。
ヘルスが脅かされるといっても、損なわれてはいけないのだが、つまりその人の酒の飲みっぷりに、その人の底が出るのだし、その人のメンタルヘルスが軋むあたりで、その人の底が出てくるのだと思う。
およそ、メンタルヘルスが良好なときは「いい人」で、少しでもそれが軋むと邪悪な蛇が頭をもたげてくるのでは、もともと虚弱でヤベー奴なのだ、メンタルヘルスが軋むあたりで、そいつがどういう奴なのか底が知れる。
この世界で、こころも魂も全開で生きているのに、メンタルヘルスが缶詰安心みたいにいくわけがあるか、メンタルヘルスは軋んでナンボだ、そしてメンタルヘルスが軋んだときにどういう奴が現れるか……そこでしょーもない奴が現れるということは、底がしょーもない奴なのだ、言い逃れはできない/メンタルヘルスが軋んだとき、そいつがしょーもない奴か、それとも何かを信じている奴かどうかというのか暴露されるのだと思う、その手前でずっと引っ込んでいるのは、缶詰安心だがとてつもなくつまらないことだと思う。

メンタルヘルシーに愛はない。

そりゃ、そんな都合のいい話はないだろう、メンタルヘルシーなら最後までメンタルヘルシー "だけ" でいくしかなく、メンタルヘルシーが歌劇「トスカ」を観ることは何の意味もない、どう見てもトスカの中にメンタルヘルシーなどという登場人物は出てこない/メンタルヘルスが軋まないところに歌劇なんか生じるかよ、ジョギング中にトスカは出てこねーよ。
メンタルヘルシーを放棄し、メンタルが軋む中、それでもメンタルが損傷せず、ついにそいつの信じているところが明らかになるということが唯一のよろこびだが、残念ながら、そんなナイスなパーソンはこのごろいなくなったのだ、メンタルが少しでも軋むと、ただちに荒廃も荒廃、その底のポンコツぶりとしょーもなさが明らかになってしまう/そこには多大な近所迷惑と、いっそ邪悪さまで仄見えるから、底を見せるわけにはいかない、だからメンタルヘルスを保っていこうというポリシーになっている、そのポリシーは正しいけれども、根底はただのホラーでしかない、このごろはずっとそんな風潮だ。
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