☆いい女☆で行こう!

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パーティ報告98(1)/異様な楽しさとおだやかさ
回のパーティは異様な楽しさだった。
朝まで飲み、朝食の場に移ると、各員はこぞって「初めからすごく穏やかだった」と言った/初め、その「穏やか」というのが僕にはよくわからなかったが、今になってわかるようになった。
穏やかといっても、楽しさというのは爆裂的なもので、異様なうつくしさから、人がぶっ倒れて大笑いする局面もずっと続いたのだが、もうそのあたりは詳細を記す必要はあるまい。
まともな「作品」がまともな「キャスティング」を伴い、そのキャスティングこそがそれぞれを伸びやかに生かすことのように、それぞれは無理をせず自由で闊達であり、ひとつの世界の中で創造的であった/何を大げさなという気もするし、常識的には僕もそのように思うのだが、僕としては正確に事実を記すことのほうに偏らざるをえない、常識に礼拝して事実を曲げて記すわけにもいかないだろう。

いわゆる「祈る」というような、念力的な空想をアテにするようなバカはどこにもいない。
ただ一方で、淡々とした手続きを示し、そのとおりにしてみたところ、「あれっ!?」と生じる現象の事実について、これを無視するのも理性的でない。
たとえばある種の技術に関わる箴言について、ただその箴言を云うのみならず、「先に名前を冠して、もう一度云ってみろ」と指示する、そのとおりにすると途端に「あれっ!?」と、先ほどまでは意味のないただの記憶でしかなかった文言が、するっと自分の内にすべりこんでただちにその意味と作用をもたらしてくるということが、事実として起こる/われわれは幸い、何も偉くなので、そういったことの仕組みを精査する役を負ってはいない、われわれはただ己のナイスな未来のため、得られるかぎりのことを求めるだけでいいのだ、偉くない奴はそれだけでいいのだ。
僕自身の欠点についていつも思うが、おれの欠点は誰より霊感がないところだ、おれはいつも「合理的ならそれだけでいいんじゃないの」という一点張りで、だからこそ人を迷わせないが、同時に救わないという欠点もある、いつもおれは「お前らってなぜか、こういうの好きだよなあ」と首をかしげて、そこからようやくまともなはたらきを見せるものだ、さっさとおれのほうから動ければいいのだが、なかなかそうはなれないのだった(すまんね)。

「『我思う、ゆえに我あり』ではなく、『我求める、ゆえに彼あり』だよ」

このことは、論理的に追跡説明できることだが、今ここでそれを示すのは面倒くさい、頭のいい奴が考えれば自分で証せると思うが、ここでいう頭のよさは結構レベルが高いかもしれない/「欲する」というのは生きものの仕組みに収まることだが、「求める」という主体性については、生きものの範疇で説明はつかない、どういじくってもタンパク質から「主体」なる性質は生じようがない、そんなことはまともな化学者の全員が知っていることだ。
異様な楽しさの回だった、それは何でもなく、それぞれがただ話し、ただ求めるところを明らかにし、ただ知りたがり、それらがひとつの世界から漏れようがないという、当たり前のことでしかなかった、その当たり前のことを成り立たせるのに、パーティは98回も要したということになる、それはちょっと肩をすくめたくなるところもあるが、何にせよそれだといいうることを現成させたのだから、僕は満足している、異様な楽しさの回が現成したのは、われわれがもともと異様に楽しい存在だからにすぎない。
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