☆いい女☆で行こう!

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割り込み方がわからない!!
うもおれには、他人の言い分を認めるという悪いクセがある!!
仮におれの目の前で、よくわからない外国人が、釣り上げたフグを指して「これは旨い魚だ」と言っていたら、おれはきっと「おれには猛毒のフグに見えるが」と言うだろう。
そしてその外国人が、「おれはよく釣りをするし、お前は釣りをしない、お前は何もわかっていないんだ」と言い張ると、そのときおれは、ふと「そうかもしれない」と思ってしまう、かといってそのフグの伴食を勧められても絶対に付き合わないが、それにしても彼が毒フグを食い切って、やがてしびれて倒れて死んでいくまで、おれはその外国人を無感情に見守ってしまう、おれはどうも「絶対にやめとけ」と偉そうに言い出す性分がないのだ!!
それはこれまで、割り込んで偉そうに口出しする人にロクな人を見たことがないから、おれ自身もそうはなるまいと思ってきたことの結果だが、そのせいで今になってずいぶんマイナスになっていると思う、おれは誰しもその人自身がその人自身のボスであるべきだと思ってしまっているので、目の前で毒フグを食い始めたときもまるで治外法権のように傍観してしまうのだった。

その外国人がグエーと言い、毒フグにしびれて死んでいこうとするとき、別にざまあみろとか死んでしまえとか思っているわけではない。
むしろ逆で、この魚は彼が旨い魚だと言ったのだから、彼は死なずにすっくと立ち上がり、「ああ旨かった」とスマイルを見せねばならないのだ、おれが本当に望んでいるのはそのことなのだが、とはいえ現実的なことも考えなくはないので、いちおう救急車を呼ぶだけ呼ぶだろう、その救急車は彼に対して侮辱でしかないと思うのだが、その侮辱についてはおれが責を負うしかない。
一方でこれまで、おれが為しえた少しでもまともなことというと、けっきょく割り込んで「決してやめなさい」「こうしなさい」と命じたことだけなのだ、そういうときだけナイスなアレが降りてきて、けっきょく決定的にナイスなことになる、おれはおれを慕って祈る奴に対しては全霊を用いるが、そうでない奴に対しては冷淡というか、節度の設定が合理的すぎる、その落差が我ながらひどいと感じる。
おれはどうも、他人の尊厳というものを重視して、他人がときに誤った理解や自負で、自ら生セメントに埋められていくときにも、他人の尊厳を優先して、彼がひたすら生セメントで埋まっていくのをただ見ているだけということがよくある、この態度の解決法をずっと探しているのだが、どうしてもその現場になると「それぞれが決めることだし」と、「他人」の設定が鬼厳格なのだ/というわけで、おれに何かを求める人は、ぐいぐい「プリーズ!!」と言わないと、おれからは何も出ないのでそのようにお知りおきください、こんなクソ超能力のあるおれさまが「傍観」とか我ながらひでえ原理主義だと自分でも思っているよ。

己を主体とする人へ決して口出しはしない。

世の中には、己の自我を主体とし、「それしかありえないです!!」という状態の人が少なからずいて、それが少なからずどころか実際には大多数なのだから、そうしてすでに主体が定義されているところへ、おれは横槍のような口出しはしない、口出ししても芳しい結果が得られる可能性はゼロだし……と思っていたのだが、このところ、その可能性はゼロではないというか、実際には「助かった!!」という人がウジャウジャいるのだから、修正せねばならないのだが、ウーン修正される感じはどうもしない/おれはそれぞれ他人において全員が正しいと思っており、仮に地獄に落ちる人がいたとしても、その人は地獄に落ちたとしても正しいのじゃないかと思っているところがある、だいたいそういう人って、「自分が正しい」ということだけ保てたら、どんなヘヴィな地獄に落ちても平気というのがスタイルなのだと思うし……が、そういう人が最終的にどういう悲鳴を上げるのかをおれはまったく知らないわけでもない。
というわけで、おれはいつまでも、割り込み方がわからないのだ、我ながらひでえ奴だと思うのだが、おれはけっきょく他人に対して「悔い改めよ」と言い出さない、あらゆる他人に「それでいいんじゃないの」と、百パーセントの自主性を負わせるところがある、おれは人は生まれたときから大人だと思っているし……まあそんなわけで、我ながらタチが悪いと感じつつも、実際どうしたらこれを修正できるかわからないのだった。
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