☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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未来を求める人へ
とえば YouTuber の動画を観ると、すべて「過激なタイトルをつけ」「テロップと効果音を入れ」「随所に飼い猫の映像を入れる」という構成で出来ている。
今、お笑い芸人などでもそうだが、すべてそうしたジェネレーター的発想で作られていて、ジェネレーターがすでにある以上、人が何かを創るという必要はもうないのだ。
「創る」というのはふつうの人にはなかなか出来ないことで、だからこそ、今そうしたメディアコンテンツが濫造されているのは、ジェネレーター的な「やり方」が見つかったからであり、実は誰も何も創っていない、誰も何も創っていないものを、多くの人が漫然と眺めている、そうしてすべての時間が過ぎ去っている。
たいへん心苦しいが、街中で見かける人たちや、すれちがう人たちでさえ、はっきりとそのことが視えてしまう、「主体性」が完全に喪失されて、ジェネレーターで分類された形式の中をずっと生きているだけということがどうしても視えてしまう、僕はそのことに悪口が言いたいのではなくて、まともな未来がありうるように手を打ちたいのだ、少なくとも僕のことを慕って信じてくれる人たちに向けては。

祈りがどうこうという話をしているのも、あくまでそのためであり、何も正しいふうのことを言い張りたいのではない、誰かの未来にしたいのだ、もちろん僕自身も含めて。
ジェネレーター的に組みあがったもので、上手になってもしょうがない、かといってジェネレーター的なものを外して「お前のものを」と言われても、本当に何をどうしたらいいかさっぱりわからないだろう/そのとおり、そのまま、自分の生が「さっぱりわからない」まますべての時間が過ぎていくのだ、このままでは完璧にそうなると僕はもう経験から断言しえる。
今、すべての人々が、ジェネレーター的に生きているゆえ「みんな同じ」で、同時に、誰の何にも触れていないから「みんなバラバラ」だ、どの動画を観ても「誰」も視えないし、人々がどう集っても「誰」でもないものがバラバラに居続けるのだ、きっと若い世代はすでにそうではない状況があるということじたいが記憶にも想像にもないだろうと思う。
どれだけ奇抜なふうにしても、ジェネレーター上でパラメーターを偏らせているだけなので、奇抜なだけで誰とも「同じ」だ、それではその人が存在しているとは言えない、そして存在していない人と一緒に過ごすことはできない、僕は何かを非難しているわけではない、より多くの人に未来がありうるように決定的な話を続けたいだけだ。

おれと同じ奴はどこを探しても見つからないだろう。

おれと接触したことのある奴は、誰だってわかっていると思うが、一度会ったことのあるおれを忘れる奴は一人もいないだろう、おれを誰かと共通項で括ることはできない、それはおれが特別な存在ということではない、ただおれがわずかもジェネレーターを通していないというだけだ、だからおれは個性について工夫したりアピールしたりする必要がない。
誰だって本来、個性やら何やらを、工夫したりアピールしたりする必要はないのだ、誰だって同じように、「他を探しても見当たらない奴」でなくてはならない、どうしてAさんとBさんが「だいたい同じ」になりうるのだ、そういうシャレにならない状況が、すでに完全に成り立ってしまっているが、何も全員がそのことに巻き込まれる必要はない/未来を求める人へ、第一の方法は簡単なことだ、ジェネレーターで排出されたもの、他に同じものが見当たるものについては、一切認めるな、それは「人」の創ったものではないので、否定することに内心の躊躇は要らない、それらは全部ウソなのだと断じることがあなたを救うだろう。
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