☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< これから知っておくべき「想像を絶するキモさ」について2 | TOP | これから知っておくべき「想像を絶するキモさ」について4 >>
これから知っておくべき「想像を絶するキモさ」について3
たしが "完全に否定" したということに合わせて、なお有為な庇護を求める人に対しては、付け加えて「全部ウソ」とも、わたしは言っておきたい。
いつかのときに、この言葉を必要とすることがやってくるので、そのときまで余所事の封をして、いざ災いのときに備えるのだ。
爽やかなふうで、朗らかなふうで、優秀なふうで、情熱に満ちたふう、あるいはやさしいふうで、良識のあるふうだった、人のすべてがウソだったという瞬間がやってくる/その途端、幻想だった世界は暗転し、四方から「想像を絶するキモさ」が押し寄せてくる。
そのとき、取り込まれずに「それはそれ、これはこれ」と、魂への侵略をはじき返せるように、わたしは前もって「全部ウソ」と言っておきたい、今すでに「全部ウソ」という前提の上で眺めれば、むしろ「なるほど、 "全部ウソ" か」と整合が視認できるたぐいがあふれかえっているのだ。

何の愛もなく、誰も愛したことがなく、誰からも愛されたことがなければ、そのこころは "いかに激しくとも空っぽ" なのだ、それはもともと自明のはず。
 "いかに激しくとも空っぽ" のこころは、さびしさを埋めるために王を求める、自分を支配する主たる王を、そしてこのとき、人がすがる支配者が、生身と実感の支配者たる「業(カルマ)」に他ならない。
彼(彼女)が表面だけでもニコニコ笑っていられるのは、業(カルマ)を王として、その支配に従っているからだ、だから彼(彼女)はどのように庶民ぶっても、また貴族ぶっても、その本心は「マウントを取ることにリビドーが止まらない」「マウントを取られることに厭悪が止まらない」という衝動のみに満たされている、この生身の業(カルマ)が盛(さか)り立つことにより、その身は血にドス黒く爛熟し、穢れていくのだ、それがいつか表面を打ち破って出て来たとき、「想像を絶するキモさ」となる。
災害に備える者が最も災害を遠ざけることと同じように、来たる災いに備えて「完全に否定した」「全部ウソ」の文言を余所事にも保管する者は幸いだ、また、表面を見通してその内部にすでに「想像を絶するキモさ」の事実が蔓延していることを直視する者は増して幸いだ、すでに各所で、ひび割れた表面からマウンティズムの血が奔騰となって現れ、マウンティズムの瀑布を為しているだろう、すでにその業(カルマ)の滝に協賛者さえ現れる状況にある、彼(彼女)らは本当にまったく何も知らないでそんな信仰を続けているのだ。

業(カルマ)を信じるのがウソなのではない、その微笑みと清いふうの言上がウソだ。

今、「想像を絶するキモさ」をその体内に育てきり、すでにひび割れからその爛れを噴き出しつつある者は、決まって表面に偽りの微笑みをあらわし、その舌先に清いふうの言上をのたまう、それほどまでに「マウントを取ることにリビドーが止まらない」のだ、とっくに当人の制御しうる範囲を超えているからには、すでに当人にそれをやめよと差し止めることは無意味だ/今さら当人のうちでそれが止まるわけがない、ものの数秒でさえそれは止まらない。
真に彼(彼女)を支配しているのは何か? 言わずもがな業(カルマ)であり、その支配に抗するどころか、彼(彼女)はそれに帰依したのだ、まるでそれを聖なること・貴いことのように言い張るまでをして、膨大な呪いを受けながら……繰り返し、そのこころは "いかに激しくとも空っぽ" だ、その微笑みと言上、また派手さときらびやかさが実に偽りにすぎないことをよく見なさい。
正しく見ないとな | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |