☆いい女☆で行こう!

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WS報告065(1)/王、および貴族について
週は特に「王」をやった。
王の特徴は、第一に「自分が言い張ることでしか成立しない」ということにある。
別に王にかぎらず、政治制度が拘束力を持つのは二代目からであって、初代はどんな政治制度も「言い張る」しかない、なぜなら王であれ議会であれ、それを承認する機関がまだないからだ、よって政治制度の初代はすべて追認に依存する「でっちあげ」にならざるをえない、このことがわかっていない人はすべての社会科・歴史を学ぶ意味がない。
そして王の特徴は、第二に、「出世する先がない」ということだ、王は「言い張る」ことからいきなり王になるのであり、王になったらその先はもう出世がないのだ、王には上位がない、そして王が辞めたら王国が消えてしまうので、王国あるかぎり王は王をやめることもできない/だから王というのは、身分が上がることもないし下がることもないのだ、もはや「何かになることがない」ということ、ずっと王でありつづけ、それ以外のものには理論上なりようがないというのが "王" の性質だ。

第三の特徴は、王国においては、あらゆる人・物・生物・分子・原子・素粒子のひとつにおいてまで、すべてが王のために存在するということだ。
王は王国の唯一主体・主権であるから、王国と王そのものは「合一」である、つまり王国に吹く風は王そのものであり、堅牢な建物、荒れる河、狼の遠吠え、ゆきかう自動車の喧噪であれすべてが「王」だ、王国の隅々に到るまで「わたし」でない箇所はどこにもない。
よって、王国において王は、王であると同時に「王国のすべて」そのものであり、王は王国において何かになることはできない、勝ったり負けたりさえできない、王国において主体・主格・主人公はひとつしか存在していないのだから、わたしとわたしが戦って勝ったり負けたりはできない、王はそのように王国そのものと合一するということだから、そこまで完璧に王は「何かになることがない」ということになる(それが視えていなければ王ではない)。
具体的にワークショップでは、「王」と、そうではない「庶民モード!」を区別して実演するが、庶民は常に何かになろうとする、出世しようとしたり勝利者になろうとしたりする、王にはそうした「何かになろうとする」という現象じたいが成り立たない、すると「王」の世界においては、具体的にまったく一般には未知の現象が起こってくる、「ななな、なんじゃこれ」「え? あ? は? なんで?」と、周囲も笑わせながら、何もされていないのに地面にへたりこんだりする。

劣等な人は庶民であり、優等な人も庶民である。

「王」と「庶民」では、レベルではなく所属する現象そのものが違うので、いかに優等な人でも庶民モードからは逃れられないのだ、だから優等な人もずっと意味のないマウント合戦をしている、そのまま死んでいくだけになってしまう、王に帰属できない人はいかなる優等も劣等も無意味なマウント合戦にのみすべての生を費やすしかできないことを看破せねばならない、その看破は生における最大の恐怖である。
現代、あまりに多くの人が、優等さの蓄積で自分が貴族たりえようと目論見、見当違いの、それだけに憐れさの募る庶民ぶりを白日に晒している、どれだけ意識を高調させて取り繕っても、内実を突き詰めれば自分は「無様」なはずだ、庶民モードの謎も解けていないのに、自分の無様さがなるべく覆い隠されるように必死に取り繕っている/すべては無駄なことだ、王への帰属無しに貴族が成り立つことは言葉の定義からしてありえない(社会科の先生に聞け)、賊なる庶民モードがマウント合戦の不毛と泥濘から逃れるすべを持つことは決してない、「王」という現象の権威に直撃されてゲラゲラ笑ってへたりこんでいるのが唯一貴族の入口だ。
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