☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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手入れと装飾
「手入れ」と「装飾」は別だ。
どんな庭でも手入れをしていないと、落ち葉だらけの雑草だらけになる。
一方、庭に金ぴかの灯籠を置きまくるというのは、装飾であって手入れではない。
女性が髪を切って爪を整えて化粧するのだって、手入れという側面があり、また装飾という側面もある。

基本的に、人は己の身ひとつで勝負するつもりでいなくてはならないから、装飾に頼るのは誤りだ、装飾してはいけないということではなく、装飾に "頼る" のが誤りということ。
単純に言って、化粧して十万円のドレスを着ていて「魅力的!」という女が、化粧を落としてジャージを着た途端に「魅力減!」というのでは、話としてバカバカしすぎる/舞台でライティングとズンドコ音響を受けているときは「かっこいい!」となって、化粧を落として路上で見たら「凡人!」というのでは、要するに単なるフェイクになってしまう。
マイケルジャクソンのプライベート映像を観ても、やはりそれはマイケルジャクソンにしか見えないし、桑田佳祐のプライベート映像だってやはり桑田佳祐にしか見えないのだから、すべての人はそうあるべきだ/装飾に頼った途端「○○!」に見えて、装飾を除去したら「○○に見えない」というのでは、フェイクだということ、それは装飾を使っているのではなく、装飾で人をダマしているだけだ。
一方、そうした装飾を否定するとして、一切の「手入れ」までしなくなる人がいるが、それは傲慢だ、手入れなしで様式を保てるものといえば大自然しかないのだ、ただの一個人が大自然ぶるのは不遜というもの/おれも人のことはいえないが、手入れはちゃんとするべきものであって、一方で装飾を加えるにしても、よりその人が「○○」であることが見えるようにするべきであり、ありもしない人物をフェイクで作り出すのは正しい装飾ではない。

誰でもない者が、装飾でごまかすことはできないし、また「手入れなし」でごまかすこともできない。

装飾でフェイク人物を作り出すのはごまかしだし、「手入れなし」で無頓着ぶるのもまたごまかしなのだ、それは「ありのまま」という思想を資格無しにイージーに標榜しているにすぎない。
装飾しないと「恥ずかしい」「負ける」と感じる人もいるだろうし、「手入れなし」と言い張るしか恥ずかしくない方法がないという人も多いだろうが、それらはすべて偽装であって、つまり「なぜわたしは恥ずかしい本体なのだろう」と考えねばならない、それを取り繕う方法は "無い" のだ/「どうすればいい」というのではなく「どうにもできない」ということ、己の恥ずかしさに耐えるしかないのだ、そこにフェイクやごまかしを取り除いてはじめて自分に向き合うことができ、そこから何年でも生きる値打ちが出てくる。
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