☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< 手入れと装飾 | TOP | 生きものは機械であり、これから取って代わられる機械だ2 >>
生きものは機械であり、これから取って代わられる機械だ
とえば「音楽の演奏」を考えたとして、音楽の演奏じたいは誰でも出来るのだ、それじたいは機械的なことだから。
その機械的なことを、どのようにして学ぶかというと、人を機械にしてしまえばいい、つまり閉じ込めて肉体に「この作業をせねば生を奪う」と通告すればいい、そうすると思いがけず、人体は機械化して機械的作業を驚くべき精度で学習する。
要点は「閉じ込める」ということ、そして「生を人質に取ること」だ、この二点に加えて「共食いさせる」「同業者で競争させる」という三点目が加わると、学習は加速して次の段階まで「発達」するということが得られる。
これがいわゆる、業者でありプロフェッションであり、また単純な「職人」だ、肝腎なことは「閉じ込めて外に出さない」ということ、大昔でいえば遊郭と同じ仕組みだ、それで女だって苦界のプロになる(むかし遊郭の女性は遊郭の塀の外に出られなかった)/子供をピアノ部屋に閉じ込めて、決して外に出さないこと、そして「弾かないならそこで飢え死にしなさい」と通告すること、この通告がマジだとわかったとき、生きるというシステムは勝手に学習する、それ以外に熱血やら厳しい指導とやらは無用だ、これらはすべて生きものの持つ「生きる」というシステムを凄絶化して運用しているにすぎないので、精神的なものは関係ない。

だから世の中の「職業」すべてを見ればわかるが、職業のすべては、1.「毎日そこに一定時間閉じ込められている」 2.「その職業を失えば生きていくことが困難になる」 3.「同業他社がおり、競争に負ければマウントされ生きていけなくなる」、という性質で形成されている。
それが「プロ」ということなのだ、プロフェッションというのはこのように機械的に形成されるもので、生身が健常であれば当人の意志や資質に関係なく、何かしらのプロになれる、ただ「閉じ込めて生を人質に取る、および同業と競争させる」という手続きで人体の生を機械化すればいいだけだ。
学業だってそうだし部活動だってそうだ、部活動だって「閉じ込め」「将来の生計や繁殖の有利さに関わる」「共食い、レギュラー争い、ライバルチームと競争させる」ということで成り立っている、こうして生のシステムにあやかれば、精神的なものは必要ないし、当人の意志も必要ないのだ。
問題はその逆、「解放されて」「生には無関係で」「競争相手もマウント対象もない」となると、こちらのほうは精神的なものが要る、本人の意志も資質も要るのだ、師も必要になるし指導も必要になる/閉じ込め教室もなければ試験もコンクールもない、ましてプロでもないのにという状態でピアノを弾こうと思えば、もう音楽の世界そのものが聞こえている必要がある、そうした原理から音楽を演奏している人はごくまれだ、つまり機械的に演奏している人が99.9%以上で、音楽的に演奏している人が0.01%未満というのが事実だ、それはつまり99.9%の人が「精神」などというものとは何の関係もなく、ただ生のシステムによって生きてそのまま死んでいくだけという事実の反映に他ならない。

そして今後、一切の機械的プロは、「AI」というより優れた機械に取って代わられる。

AIで動くセックスアンドロイドが出来れば、遊郭のプロ女性は必要なくなるし、職業的な「妻」も必要なくなるだろう、役所の手続き受付も、兵隊さえも要らなくなる、養殖した魚を捌くのはAIロボットがやってくれるだろう、そうしてやがてはすべての「職業」そのものがなくなるのだ/事実、音楽の演奏を例にしたとき、器楽もヴォーカルも、AIに「調教」を与えれば、機械的な演奏は優れて得られる、あとはその「調教」をAIじたいがやるようになればいいのだ、AIによるAI調教、このことはすでに数年後には一般に具現化しているだろう。
ことの本質は、「AIに取って代わられる」ということではなく、「なぜ人が機械のふりをしてきたの」「機械ではないクセに」ということだ、今後は機械的に優秀な演奏は何の用事もなくなるということ、それより「愉快なお前を聞かせてくれよ」ということになるのだが、そう言われると機械的な99.9%以上の人は沈黙して逃亡するのだった、マウントで育った彼らには何の精神もないからだ。
正しく見ないとな | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |