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生きものは機械であり、これから取って代わられる機械だ3
もむつかしい話ではなく、単純な話。
経営者は、人が生きものとして「機械」だということをよく知っているのだ。
経営者が、これまでその「機械」をアナログで操作していたところ、これからはAIでデジタルに操作するというだけ。
より単純化すると、たとえばカブトムシの飼育と繁殖をするのに、気温やら湿度やらエサのタイミングやらは、AIが判断して差し支えないじゃないか、今のところ予算が合わないから人力でやっているだけで/それと同じように、人も扱われるということで、何も珍しいことはない、ただこれまで隠されていたことが堂々と明るみに出るだけだ。

何も新しく危機的なフェーズがやってくるわけではない。
これまで隠されていたことが、堂々と明るみに出るだけだ、つまりこれまでわれわれはまるで社会に「人」として扱ってもらっているように錯覚していたが、実はそうではなかったということが明るみに出るだけだ/カブトムシの飼育と一緒じゃん!! ということが、これから「まあいいでしょ、今さら」と明るみに出るだけだ、確かに今さらそんな尊厳問題に立ち向かうような気力も知力もわれわれには残されていない。
経営者は、「機械的生きもの」としてのあなたをよく見ており、「霊的な命あるもの」としてのあなたは見ていない、見ていないというか、そんなものを否定しているのが経営者だ、もちろんそうではない経営者も一部にはあるだろうけれど、ここでは捨象して分かりやすくする/どういうカタにハメたらどういう挙動をするか、その機械的生きものとしての性質をよく知っているだけで、命がどうこうなんてことは「けっきょく、そんなもの "無い" よね」というのが経営者の持論だ。
経営者が知っているのは、高めのエサ(給与)を置くと、生きものがワラワラ寄ってくるという事実だ、この生きもので再生産を営み、また高めのエサを仕入れるということ、それで「結果的に生きものが繁栄するのだからいいだろ」と考え、それが自分の役目だと経営者は自負している、むろんそのことは間違っていない/ただ実際に、高めのエサを置いたらどれぐらい生きものがワラワラ寄ってくるかということを、肌身で知っている人は少ない、これらの経験的データと肌身の感触は、すべてAIに代入して合理的な演算の代行をさせることができる。

生きものは機械だが、機械として唯一の不明点は、ときどき「悲鳴」を上げるということだ。

生きものは機械であり、本能というメカニズムで駆動している、そして本能要件を満たして駆動していれば何の問題もありえないはずなのだが、にも関わらずときどきエラーのような「悲鳴」をあげる、これが何なのかわからないのだ、経営者は「???」となるし、悲鳴を上げた当人も「???」となっている。
「閉じ込めて」「生殺与奪を握り」「共食い競争させる」ということでプロになる、その中で誰かが頂点を獲ったり土に還ったりするが、そのことに誰も不平不満はないのだ、当たり前のことだから、ところがこのすべて納得ずくのシステムの中で、不明の「悲鳴」がしばしばあがる、「君は機械ではないのか」と恫喝されると一言も返せないのだが、納得ずくのはずが「悲鳴」があがる。
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