☆いい女☆で行こう!

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まったくわからない方法、よろこびを下さるもの
分のスコア "だけ" を信じるという方法、およびそれが報われる瞬間が、特殊な意味においてサイコーだということ、つまり「完璧」にサイコーだということを、わたしも少しは知っている。
自分のスコア "だけ" を信じ、最優秀スコアの者として、そこにいる一番いい女をブッコ抜いて、好き放題にヤッてしまうということが、どういう意味で格別にイイのかも、わたしはよく知っている。
わたしがその宗派を辞めてしまったのも、つまるところ、そのサイコーの味が、サイコーなのに「好きじゃなかった」ということに尽きるだろう、これ以上サイコーなものはありえないとわかっているのに、そのサイコーの味が「好きじゃない」のだ、アホみたいなプリミティブな話だが、けっきょくそれが事実だったと思う。
自分のスコア "だけ" を信じるという方法は、実にわかりやすく、いずれ報われたときに得られる歓喜も、その完璧さも、その無敵さも、よくわかるのだ、紛れもなく自分で信じ、自分で獲得したよろこびがそこにある、自分で獲得したものだからこそ、誰にも後ろ指をさされることがない、それはもう自慢する必要もなければマウントを取りに行く必要もない内なる誇りの達成感だ/この、よくわかる、自分で獲得するよろこびを、わたしは否定する側に立った、ただその味が「サイコーに分かる」ということが、味として好きじゃないという一点において。

自分のスコア "だけ" を信じ、自分のスコアを最上位にならしめ、その証をもって自ら獲得したよろこびにまみえるということは、誰にとってもよく分かる話だ。
一方、何のスコアもなく、スコアを並べるということにも参画せず、何か知らんが「うようよ、へぷんつるぎ〜」と言っている、そんなことによろこびがあるわけがない/少なくとも、そのよろこびは「分からない」、そんなことによろこひがある「わけがない」。
にもかかわらず、なぜか世界が、わたしによろこびをくれるということ、下さるということがある、つまり理屈に合わないということ、自ら獲得するよろこびをすべて放棄しているのに、このよろこぴゼロであるべきはずの者が、何かによってこの世界からよろこびを下賜されるということ/普通なら薬物を使わないと、錯覚さえさせてもらえないよろこびの下賜だ、わたしの生はほとんど、本当にそんなことがあるのかないのかを、己が身で試したような生だと言える。
結果的にわたしの知ったことは、「求める」ということについて、A.自分で獲得しにいく、という誤解があって、B.誰かがくれるまでピクリとも動かない、という正しい「求める」を、ほとんど誰も採れないということだ、何かを求めるというとき、自分でそれを獲得しにいくということは、それを自分にくれるようなものは存在しないと判断しているということになる/だからわたしは常々言っているのだ、偉大なるおれさまのところに、さっさと残高600億円と、献身的な美女と美少女会わせて7万2000人が "降ってこい" と、わたしはそのように求めているのであって、それをわたしから獲得しにいこうとは一切しない、それがわたしの知る「求める」ということだ。

わたしが獲得したものはゼロだし、これから獲得しにいくものもゼロだ。

わたしが言うのは常々、ただひとつのこと、「はよ降ってこいや」だけだ、とはいえ望めば何だって降ってくるのだが、実際に降ってきたらそれはそれで「忙しくなるからちょっと……」と怯んでいるところもある、だからその件については未だ降ってこないのだ、おれが自分でせき止めているだけだな、まあ今のペースがちょうどいいので……(怠慢)。
わたしが何かを獲得しにいくということはない、そもそも獲得しにいくという発想はザコのする発想なのだ、わかるだろ? といって、誰もがこの言いぶりに笑ってくれることをわたしは望む、おれには必ず降ってくるのだ、それは獲得しにいくなんてインチキをわたしが一切やらないからに尽きる。
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