☆いい女☆で行こう!

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慾望の資格とまともな国
「慾望」を言い出していい資格はハッキリしている。
「自ら隣国を攻め取って、旧敵国の女に愛されること」だ/この場合の隣国とは国家や国籍のことではなくただ「隣人」「身内でない他人」のことを指している。
逆に「慾望」を言い出す資格がない者も、はっきりしていて、それは安全な身内の中で幅を利かせてセックス相手を探そうとする者だ。
といってふつう、自ら隣国を攻め取って、旧敵国の女に愛を受けるなんてことはできないので、だからこそ身内の中でセックスするには「婚姻」という制度がある、長老と神職に承認を得たら婚姻仲としてセックスしていいというシステムだ。

古来、日本の村落には「夜這い」の文化があったが、なぜそんな文化があったかというと、まともな「国」がなかったからだ。
誰が誰のことも慈しんではいない、ただの「群れ」という状態だったので、群れの中で誰が交尾しても誰も知ったことではないという状態だった、夜這いというのはラブロマンスではなくて未開の哺乳類状態だったにすぎない。
もしわれわれがまともな「国」を求めるなら、気の向くままの交尾なんて認められなくて、それでもなお慾望を言い立てようとするならば、まだまともな「国」たりえていない隣国を攻め取って、そこにいた女にまともな国を与えて愛されろということになる/重ね重ね、ここでいう「国」というのは国家や国籍のことではない、ただの共同体のことだ。
つまり男の場合、安全な身内の中で「慾望!」とかアホなことを言わず……世の中にはまともでない父親の下で、まともな世界をまるで与えられずさびしがっている女の子がいくらでもいるのだから、そこに攻め入って女の子に世界を与えろということだ、その女の子が父親や家族のものでなくなり、自分の与えた国の民となったなら、その女の子はいくらでもその世界を与えてくれた男の慾望を受けてそれをよろこびとするだろう/隣国を攻め取ることができなければその者には力がないのだし、その国の女に愛されなければその者には力しかないということだ、その両方があってはじめて「慾望」というのも当然の言い分になる。

ヤリサーがダサいのは、力のない者が慾望を言い立てようと、あわれな共同体を形成しているところだ。

いまどき、単に多数のセックスがしたいなら、わざわざサークルなんか仕立てなくても、自分の力と愛でいくらでもやれるはずなのだ、そこでけっきょく安全な身内としかヤレない・口説けないというのは、どうしたってダサいのだ、あるいはナンパ目的でナイトクラブに行く男も、けっきょくその「仲良し空間」に頼ってセックス相手を得ようとしているところがどうしてもダサい。
ヤリサーというのは本当に日本土着の古い村落とまったく同じ体質のもので、だからこそヤリサーはまさに「まともな国がない」という様態を実物として示す、それは未開の哺乳類の群れが祭りを口実にセックス相手を見繕うというもので、本当にただの「生態系」の一形態にすぎない/別にそれを悪いとは思わないが、まともな「国」のない民なら、それなりに俚人の態様を公示すべきで、これが文明ある人のふりをするべきではない、つまりただの性交牧場を「サークル」ふうに言い張るべきではない(でないとまともな側の大学生が迷惑する)。
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