☆いい女☆で行こう!

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慾望の資格とまともな国3/慾望は英雄のもの
「慾望」を言い出す資格は、「隣国を攻め取って、その国の女に愛されること」なのだが、実はそんなことは誰だってわかっているのだ。
本当は誰だってわかっているのに、直視できないから、わからないふうに自分を洗脳しているだけだ、その証拠として現代の「なろう小説」、特に「異世界転生モノ」がある。
少年がテキトーな仕組みでわけもわからず「異世界」に行き、その異世界でブイブイ言わせて、異世界の半ば王のようになり、その国の女に愛されてウハウハということなのだが、こうしたファンタジー(いやいや)が自然発生してくるからには、本当はわかっているのだ、そのウハウハは「隣国を攻め取って、その国の女に愛されること」でしか得られないと。
重ね重ね、その隣国というのは、国家や国籍ではなく、ただの「他人」「共同体の外側」ということなのだが、とにかく異世界にいかなくても、隣街に行って実力でその街の王になれるのなら、わざわざ作為的な「異世界」なんてものにワープする必要はない、こうして異世界転生モノは夢があるのではなく、もう夢がないから妄想に浸ることに決め打ちしたのだ、だからこれはファンタジーではなくただの「願望」への逃避にすぎない。

「慾望」といって、女性の側も本当はわかっているのだ、本当は異国の力ずくの荒くれものを、女がその徳をもって諫め、愛とやさしさに開眼させ、その結果その荒くれものは騎士となり、騎士は七つの海から財宝を集めてきて姫に献上するということだ、それが正規の慾望であって、慾望というのは「乳とオマンコで男にウッフンしたらヘンなムードになって引き返せなくなった」ということではない(そんなものを言い張られてたまるか)。
ふつう、料理というのは料理人にしかできないものだし、歌というのは歌手にしか唄えないものだし、絵というのは画家にしか描けないものだし、ダンスというのはダンサーにしか踊れないものなのに、最近の人はなぜか何でもかんでも「自分にも出来る」と思っているのだ、これは幼児的万能感の一種の病癖だ/そしてこの病癖と同じたぐいで、そもそも「慾望を言い張れるのは英雄だけ」ということがわかっていないのだ、やはり何でもかんでも「自分にも出来る」と思っている、そのことが全体をブキミにしている。
「異世界転生モノ」でいうと、凡人が異世界に転生して英雄になるというのは、むろん英雄ではなくただのゴミだと思うが、このことはおそらく、英雄でもなければ英雄になる気概さえ持てない、そもそも英雄に対して尊崇どころかひがみしか持てない者が、「自分も英雄になれる」という発想から強引な手続きとしてこの「異世界転生」の仕組みを思いついたのだろう、ふつうに考えれば恥ずかしくて手が出せるわけがないような発想なのだが、それでも現在人気を誇っているからには、もうそれに外聞もなく飛びつく人たちが増えているということだろう/もちろんそれをただの趣味と言い張るなら何のことでもないが、いざ正規に慾望という話になったらさすがにまともな話し合いはできないだろう。
慾望は英雄のものであって、英雄とはまともな国たりえない隣国を打破し、そこに住んでいた女に誇らしい「世界」を与える者のことだ、力と愛があるのであり、ほとんど女はこの英雄の栄光に寄与したくて英雄の慾望をよろこんで受けるにすぎない/そこでどうして安全な身内の中に住みつづけるおじさんやお兄さんの「モンモン」を「慾望!」と言い張るのだ、ましてこれに乗っかってウッフンする女も少なくないのが痛々しい、これはまともな国のない人がやることであって、正直そんなことを続ける民は隣国に侵略された上に見放され、生涯劣悪な「奴隷」になるのがふさわしいのだ、それは冗談でなく本当にそうなってしまう。

正規に慾望を言い張るには英雄にならねばならず、非正規に慾望を言い張った者は奴隷になる。

なぜそうなるのか、じっくり読まないとわからないかもしれないが、若い人はお楽しみに、たとえば学生時代に非正規に慾望を言い張っていた人は、その後本当に「奴隷」のように生きねばならなくなる、あるいは現時点でも妙齢の人は、周囲の人々の成り行きをそれぞれに総括してみると、全体的に「本当だ」ということが視えてくるかもしれない/また現時点において、すでに奴隷のように生きざるをえなくなっている人は、今まさに内心で非正規に「慾望」を言い張っているということが観察してみればわかるはずだ。
慾望は英雄のものであって、多くはこの英雄と、小人たる自分の区別がつかない者が、英雄にあこがれるうち自分にも英雄の権利があると錯覚して――妄想して――慾望に支配されたあげく「奴隷」の身分になる、だから共同体で幅を利かせるおじさんアンドお兄さんも、ほじくってみると自分を英雄だと錯覚している、単騎で隣国にいくと縮こまるのに自分は英雄だという妄念に支配されているのだ。
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