☆いい女☆で行こう!

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WS報告079(2)/表現力を減らす、ないしは消す

回は「オラつきましょうのコーナー」をやった、もちろん気分だけでオラついても何もいいことにはならない。
どこかのラッパーのように、人を煽る動作をし、「ヘイ、ヘイ」と言い、「オラつけー」とやはり煽るのだが、このことが各員の「集中」のていどを浮き彫りにする。
集中といって、いわゆる「集中力」という考え方はいまいち適切でないし、また集中力の「つもり」のものは何の役にも立たないものだ/では集中とは何かといって、「ありうる要素の99.99%をカットする」ということになる、つまり表現力を減らすということ。
身体動作なら身体動作、「オラつけ」という声なら声、それ「だけ」にするのだ、そこにどんなキモチを持ち込んだとしても、それはキモチが持ち込まれているぶん集中ではなくなり、拡散になってしまう、それでカッコ悪くなる。

軽く踊りながら、ヘイヘイ言い、「オラつけー」と煽るだけだ、ただし衣裳やライティングやBGMのバックアップはなし、あくまで自分単体だけでだ/そんなことをやらされてみると、実は誰もそんなことはできやしないということがよくわかる、ほぼすべての人は「演出」でそれっぽく見せているだけだ。
演出をゼロにしてしまえば、実は誰もそんなことは「できない」「できていない」のだが、それが恥ずかしいため、その恥ずかしさを隠すのに、それぞれが演出の第一として「キャラ」をやり、周囲も政治的にその「キャラ」に迎合するのだ、現代人がやっているのはそうしたキャラと空気の読み合いであり、つまり「政治」でしかない。
当ワークショップではこの「政治」を徹底的に排除する、すると何一つ本当にはできやしないから、いいのだ、出来ないのはまったくかまわないのだ、ただ自分にこびりついた永遠の政治工作だけは剥ぎ取ろうということ、その政治工作の顔面を持ったまま地獄に落ちるために生きるというのはさすがに不毛で苦労に見合わずまっぴらごめんだろう。
ありうる要素の99.99%をカットする・消すということは、そこに関わる能がきわめて限定されるということだろう、つまり「限定能」だ、いわゆる「万能の神」の方向にはないこと/この限定能の極致には、それぞれ「天使」(仏教では○○天)という存在があって、これを使役できるのが人に与えられた権威、そこにまで集中できるかということをワークで試されることになる。

業務リアリティはクソだが、年寄りのような信仰も同様のクソだ。

だからどうすればいいかというと、限定能の極致にある天使の力を使役できていればいいのだ、それだけで何かしら主体に祈りが通じていて祝福と権威を授かっているということの証になる/感情を激するババアがサタンの証を実に示し、マウントの性分でしか生きられない女がルシファーの証を実に示しているように、逆の証を実に示そうということ、感情を激するババアやマウントしか頭にない女が明らかに「オわっている」ように、逆の明らかに「キている」を示そうというだけ。
実際に各員がやらされて、その録画が全員に共有されるのだが、そこにはもちろん醜態が映っており……ただ注目すべきはなぜそれがただちに「醜態」と視えるかということだ、それは実はソウル的なものをただちに視認できるだけの視力が本当はあるということだ/あとはそれぞれのテメーがその視えているものに向き合うかオリるかの問題、そしてこともあろうか「政治工作をして偽りのまま生き残ろうとする」ということだけは許さないということだ、政治工作に満ちた自分の顔面をHD画質でまざまざ見続けるというのはなかなか精神にクるものがあるぜ、それを全員で笑えるようになったのだから、その進歩はそこそこ偉大だとおれは正当に評価する。

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