☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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作品と困惑
れ自身が、「偉大なるおれさま」に向けて、「何をどうすればいいか」と訊くと、「今のところ十分」と答えられる。
そこでおれは、「おれは十分だが、他の人々は不十分では」と訊く、すると偉大なるおれさまは、「うん、そりゃまあな……」と答える。
そこでおれは、やむなくおれ自身として活動を始めるのだが、何しろおれ自身はもう「十分」なので、おれが活動することはそれじたいあまり意味がない。
おれはすでに、ひたすら愉しんでいるほうがいいのだが、愉しむといっても今周囲はそういう状況でないため、「しゃーない」と、またおれが活動を始めることになる、これはあまりいい状態でない。

これ以上、おれがガンバってもしょうがないのだが、他にやり方がない。
だいたい、「んなこと言われても」というやつで、他の誰かだって何をどうガンバればいいのか、わけがわからないだろう、それはもう、当然のことなので、わけのわからないままでかまわない、誤解してヘンなことをおっ始めるべきではない。
おれはもともと、他人を救済して偉そうぶることに、趣味も悦楽もない、どちらかというとそういうことは苦手なたちだ、おれの場合は人を導くというようなことは当人がしょせん世界を見失ったあわれで近所迷惑な奴と感じる。
だから、他人に何かさせようというつもりはわずかもないのだが、ただおれが天から春の国を引きずりおろしてくると、自動的に他の人々が誤解をしてしまう……その誤解は、放置しておくとたいへんよくないので、修正に走り回らねばならないのだが、そんなこんなで何をどうしたらいいのやら、よくわからないのだった/ただ作品世界だけをやっていたいのだが、それはまた人々に誤解をさせることばかりにはたらくだろう、これをいったいどうしろというのだ。

「レディコミでオナニーしてトイレットペーパーを買い占めるアホ」という前提を忘れてはならない。

仮に、政府が全市民にゲーテの詩集を送りつけて読むように強制したとしても、市民というのはゲーテよりデマを信じてトイレットペーパーを買い占める者たちなのだ、そんなに危難の折にケツを拭きたいのかね!! この「市民トレペ説」とでも呼ぶべき説をわれわれは忘れてはならない。
いつぞや、オモシロ詐話師が「平成のベートーヴェン」と呼ばれ、号泣議員みたいなものか「○○と思テ〜ウァァァ」とヘンな慟哭をまき散らしていたのだが、その平成のベートーヴェンをちやほやした人たちが確実に存在するということだし、号泣議員を市民代表として送り込んだ主権の人々が確実に存在するということなのだ/というわけで、作品といってもなあと、二の足を踏んでしまうのだった、作品というのは彼らを誤解に膨張させてそれを「知らんわ」と見捨てることなのだろうか、うーんそうなのかもしれないなあ。
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