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女性主権とストレスの関係6/根源的なヒーローへの嫉妬

れでようやく決定的な話ができる。
当たり前だが、女性の 99.99 %以上は、おれのことをヒーローとは認めないだろう。
男でも同じで、やはり男の 99.99 %以上は、おれのことをヒーローとは認めないだろう。
もう面倒なので、さっさと本当に必要な情報だけを話すと、おれの前でとたんに「大丈夫な奴」になった人は、単におれのことをヒーローと認めたのだ/別におれに限らず、誰かヒーローを認められた人だけが「大丈夫」になるのだ。

現代の、女性主権派の人々は、すさまじいストレスの中を生き続け、毎日調子が悪く、イライラする上に、方針のすべてが翌日には雲散霧消するという果てしない苦しみの中を生きねばならないのだが、それはつまり、ヒーローを否認しているからなのだ。
この単純な尺度をもとに、おれはこれまでのすべての経験に整合を得ることができる、つまりどうしてもおれのことを一ミリもヒーローだとは認められない人が当然いて、そういう人はどうしてもストレスで神経をギャーと破綻させ、ずばりいえば転落していくのだ/けっきょく何も構築できず、その先はもう振り返ればただのストレスの貯蓄でしかない日々を生きることになる。
そうして考えると、おれは実に単純だった、おれが生きてくる中には色んなヒーローがいたのだ、それは特撮の中に出てくるものではなく、先輩であったり先生であったり、友人であったり私淑する誰かであったり、何かの登場人物であったりした。
色んなごまかしが利いているようでいて、根っこの仕組みはシンプルだ、つまり、自分以外の誰かがヒーローであるということの嫉妬に耐えられない人がいる! この人が内心でヒーローの格下げをしていて、自分の心理・嫉妬心との釣り合いを取っているのだ/この人々のことは、平等善意のパリサイ派と呼んでも差し支えないだろう、平等善意のパリサイ派は、けっきょくは何がなんでもヒーローを否定して人々を「平等」に引き戻したがる。

ヒーローのない人は「趣味」をやっている。

よし、この文言だけで、現代の多くのことを説明できるだろう/昭和の資料や白黒映像に残っている人々には「趣味」をやっている気配がまったくないのは、あれはヒーローを否定していなかったからなのだ、現代ではそれがすっかり逆転している、すべてのチャンネルは YouTube も含めて「趣味」をやっている。
いつからか「歌ってみた」というようなジャンルが隆盛し、そこからプロが輩出されるのも当たり前になったが、旧来との性質の違いは、そこにヒーローはいないということ、ヒーローは否定されているということだ、すべて「趣味」で成り立っている/そして「趣味」というのは、よほど偏執的でないかぎりは、やはり「どうでもいいもの」なのだろう、だから女性主権に革命されてから以降、あまりにもすべてのものが「どうでもいいもの」として過ぎさるようになった、その代わり根源的なヒーローへの嫉妬に打ちのめされることはなくなったのだ。

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