☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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口が腐った人々
のところ、コロナ騒ぎもあって、人々は「めちゃくちゃ」を言い合っている。
おれはこの数年間、なぜ人々がこうも、「めちゃくちゃ」を言って躊躇がないのか、不思議でならなかった/人が「めちゃくちゃ」を言うようになったということを、おれはこのコロナ騒ぎで確信した。
何の根拠も立場も責任感もなく、ただ本人が衝動のままに、「日本は壊滅する」だの、「ただの風邪でしかない」だの、本当にめちゃくちゃを言うのだ/元来人々には、己の口で「めちゃくちゃ」は言わないという制御が掛かっていたように思うが、いつのまにかその制御はなくなり、人はもうめちゃくちゃを言うようになったのだ。
なぜその制御がなくなり、「めちゃくちゃ」を言い出すようになり、もうそれが止まらなくなったのか、おれは数年来ふしぎでならなかったのだが、このコロナ騒ぎで確信した、「口が腐った」のだ、口が腐ったので、腐敗というものは自分で止められるものではなく、もう自動的に口がめちゃくちゃを言うようになってしまったのだ、これはいっそ割り切って、口の腐った人々のことはもう「妖怪・口腐り」とでも捉えておいたほうがよいかもしれない、もう本当に当人らもそれを止められないのだ。

以前から、たとえば「腐女子」というのがあって、なぜ「腐る」という表現をあてるのか、面白いなあと思っていた/腐るというのはおそらく、身体の一部・臓腑のどこかが腐るということで、それが糜爛して戻らないということ、進行し続けるということを指すのだろう、そしてそこからおびただしいものが漏れるというのは、腐敗ということの性質上しょうがないのだ。
口が腐った人々は、本当にもうめちゃくちゃを言い続ける、しかもそれが腐女子の場合と同じように、腐れば腐るほど当人は「調子がいい」と感じるのだ、アガるというかノるというか/そしてそのアガる感じは当人にとってとてもハイなので、当人はそれをやめることができない、無理に止めたとしても強烈に離脱症状で落ち込むし、そのストレスには耐えられないから再び「腐」をやり始めるしかないのだ。
他人から見れば、「その、何の責任も負わずめちゃくちゃ言うのやめたら」と思うのだが、この一見すると冗談のようなものが、意外に強烈に根深くて、当人はもうやめられないのだ、当人がやめるというよりすでに器官としての腐敗が始まっているので、もう当人の意志ではない状態だ/すでに現在でも成り立っているある種の状況があるが、この先はますますそれが決定的になっていくだろう、つまりこの先、「人が互いに話すことにまったく意味も価値もない世の中」が待ち受けている。
すでに賢明な人から順に、ツイッターやらYouTubeやらまとめサイトやら、かつては賑やかに見えたウェブツールに愛想をつかして離れていっているだろう、テレビにしてもすでに似たような状況が侵食している、「口の腐った人々がめちゃくちゃを言うだけ」「しかもそれがやめられないだけ」なので、聞いていても本当に意味がないのだと、思うというより事実に直面するときが来たのだ、これから先はしばらく「口の腐った人々」の "絶好調" を目撃することになるが、いいかげんその価値のなさに万人が気づくだろうし、そうして見捨てられた状況でなお、「めちゃくちゃを言う」ということは絶好調で加速していくだろう、それは口が腐るという現象であって人の営為の現象ではないのだ。

口の腐った人々は、ずっと何かを言い続けるが、「話を聞いてもらえる」ということは生涯に一度もない。

これは一種の「症状」なのであって、誰もそうとは気づかないから、放置されてそのまま進行してしまったような状態だ、口が腐った人はもう自分で「やめてくれ」と懇願しても、自分の口がめちゃくちゃを言うことを止められないのだ、口の腐敗は人為でなはく進行しているからだ/何をどうしたらいいかという話は、もっとはるか以前に考えられるべきことだったので、今さらになって何をどうしようということもできないだろう、ただ「口が腐る」ということが本当にあるのだと、まざまざ正視するしかない。
この先ずっと、自分が話を聞いてもらえることは一度もないのだと、先にわかっていながら、それでも自分の口がめちゃくちゃを言い続けるというのは、なかなかシャレにならずキツいことだ、自分の口があれこれ言い続ける以上、自分の話を聞いてもらいたいという希求は止まることがない、が、本当にその話を聞いてもらえることは生涯に一度もないだろう、コミュニケートを中心にした人生の大半が空回りのストレスに費やされるのみということになるが、しょうがない、将来的には冗談でなく、そうして口の腐った人々に対して表面上の話し相手になるAIが作られるのではないだろうか/これは馬鹿にして言っているのではなく本当にそれぐらいの装置がないと辛すぎて耐えられないだろうと予測しているのだ、自分の話が決して誰にも聞いてもらえないというのはすさまじい苦痛だ。
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