☆いい女☆で行こう!

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WS報告 169th /無関係成功

れやこれやで忙しく、ワークショップ報告とやらをグイグイ忘れていた。
もう回数がわけわからんようになったので、ワークショップの号数と重ねて表記しよう、オンラインでもおれはしつこく続ける、どんなことでも「オメー正気かよ」というところまでやらないと何の足しにもならないからだ。
もう二か月以上、各員はおれの作った動画と問題で座学をしていることになるのだが(当日始まってから強引に動画を作るのだ、それで間に合わせるのだからスゲーだろ)、この二か月で各員はどえらい知性が進歩したと思う、やはりこういうまとまった座学の期間は必要なのだ。
みんなで集まって通常のワークショップができないのは残念だが、みんなで集まるとワチャワチャしてそれだけで楽しくなってしまう向きもあるからな、おれは各員に楽しい奴になれと言っているのではなく、ヤバい奴になれと言っている、なぜならフツーの人が気さくで楽しくても何の意味もない(は言い過ぎだ)からだ/何かがヤバいレベルに到達している人が気さくで楽しいからステキなのであって、何もかもフツーというか停滞しきっている人が気さくで楽しいとかいうのはただの「長所」であって、長所ごときが自分の足しになるわけは一ミリもない。

第169回は、ガラにもなく「成功哲学」をやった。
成功哲学というとナポレオンヒルが有名で、いわゆる「思考は現実化する」というやつだが、その思考が現実化するというのは本当というか当たり前のことだけれども、ほとんどの場合はその前提になるマスターマインドやらエンスージアズムとかいうのがまったく到達できないレベルのものなので、ナポレオンヒルの成功哲学はけっきょく成功できない奴にとっては絵に描いた餅でしかないという笑い話の構造がある。
まあ、冷静に考えて、ああまで丁寧に書かれている成功哲学を、なぞろうとすることもできないようなら「もう成功なんか諦めろや」というのが正常な感覚なのであって、その意味でおれは成功哲学などというのは基本的に苦手だ、成功しない奴が成功哲学で成功できるなどという妄想は衛生面において捨てるべきだ/そういえば、なぜか最近は、諦めない奴を励ますのでなく、諦めがちな奴を励ますムードが盛んだ、そして断言したいが「諦めがちな奴」なんてスタート時点でゾンビなので、それを励まそうと発想する側もたいがい所属としてゾンビだということを自覚するしかない。
おれは偉大なる成功哲学を展開したが、つまりおれは「アキレス腱や心臓や髪の毛の細胞が "成功" するのか?」「 "人" が成功するというのは錯覚だ、生身の水分やホルモンやビタミンがどう変動しても生きものが "成功" にはならん」と唱えた、成功という現象はいわば「成功口座」と呼ぶべき口座に振り込まれるのであって、人の口座に振り込みはされない、このことを誤解しているから逆に成功とまったく無縁になるのだ/「成功という現象(存在)はお月さんの向こう側にあるようなもので、人の手元に下りてくる存在じゃないんだよ、このことを誤解している人は、自分の手元に "成功" をガメようとして、必ず別のマガイモノにしがみつくことになる」「成功が存在していりゃ成功だろ、行方不明になる奴は成功の存在を捉えていないんだよ」「おれが何をしたって、お月さんの向こうに何か関係があるか? おれがガンバろうがハナクソをほじろうが、お月さんの向こうには何の関係もないだろ、そしてその無関係なところにずっと成功が存在している、そして成功が存在しているなら成功だろ、成功というのはもともとそういう性質のものであって、これは "無関係成功" と呼ぶべきだ」「お前と成功は関係ない、お前と関係があるのはお前の "成功願望" であって、成功そのものじゃない、結婚した人に結婚願望はないだろ? それと同じで、成功が存在している人は成功願望がない、そりゃ当たり前のことだ」。

「幸せは雲の上に、幸せは空の上に」(上を向いて歩こう)と坂本九が歌っているのは、幸せがそこに "存在する" という意味であって、手が届かないという意味ではない。

手が届かないという意味ではなく、そういったものはその場所に存在する事象だというだけだ、この事象が捉えられる人には幸せがガチで "存在する" のであり、この事象が捉えられない人には幸せが事実上 "存在しない" という、ただそれだけのことでしかない/そしてなぜ、幸せが存在する人と存在しない人があるのかというと、幸せが事実上存在しない人は、マガイモノを自分の手元にガメようという誤った発想を自分で正しいと信じ切っているからだ、マガイモノを信仰しているので正しいほうの事象を捉えられないで切り離される。
 "成功" という事象も同じようなところにあるものだ、だからおれは今これを書き話しているのだって、何一つ思考を巡らせているわけではない、プロットやら文体やら文脈やら、問題提起やら結論やら5W1Hやらは一ナノ秒も考えたことがない、おれは自分の手元の文章なんか見ていないのだ、おれはお月さんの向こう側にある無関係成功という事象しか見ていない、だから何をどうテキトーのデタラメに書いてもおれの文章は成功する、そりゃ成功は永遠に存在し続けているのだし、成功が存在するのだから成功してしまうというのはもはやおれの意思でさえない(おれの意思に無関係だ)。

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