☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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人は成長すると不味くなる
代が進み、人々は豊かな情報とツールを得て、成長した、そして成長すると人は不味くなるのだった。
情報が増え、人々が賢明になると、「分かる」ことが増えてゆき、分かることが増えたぶんだけ成長しているのだが、分かることが増えるというのは「何もかもがわたしのものでなくなる」ということなのだ、「わたし」から分離しているからそれを「分かる」という。
たとえばモナコに住んでいたとしても、成長した人にとってはモナコに住んでいるということが「分かる」のであり、「分かる」ということは主体から分離されているということだ、この場合の分離的主体(何も得ていない主体)のことを、字義のとおり「自分」という、「自分」と「モナコ」は分離されているので、まさに自分がモナコに住んでいることは「分かる」のだが、けっきょくわたしはどの場所も獲得していないということになる、自分はモナコに住んでいるのだが「モナコはわたしの場所ではない」となる。
一般に言われている「成長」というのは、そんなくだらんことなのだ、時代が進むにつれて情報とツールが豊かになって「分かる」ことが増えた人々は、大いに成長したが、「何もかもがわたしのものではない」という中で生きてゆき、現在ではすっかり自分の人生だって「分かっている」という状態になった、自分の人生が分かるのだが、それが「わたしのものではない」という状態、これが現代では当たり前になった。

この急加速した「成長」、けっきょくは「分離しますたw」でしかないこの急成長を、今さらどうにか転覆できるものかというと、馬鹿げて困難を極めると言わざるをえない、このおれですら途方に暮れる感じがするのだ。
このような「成長」であるから、「成長」に対してネガティブになるかというと、そうではなく、成長への願望と肯定じたいも日々加速し続けている、このところは自分の夢やメンタルでさえも「わたし」からは切り離して分離されたものとして持っている人が多数派だ、夢も人生もメンタルも「わたし」から切り離されているというのではもはや「わたし」というのは何の存在なのかまったく意味不明だ。
「分かる」というのは業(カルマ)であり、それに肩入れが加速するはたらきはもはや魔物の作用でしかないのだが、今さらこんなことを言ってもな……おれの言っていることは誰にでもなんとなく「分かる」と思うが、分かっているはずのこの話、おれが「じゃあ実物はこうよ」と、「わたし」から分離されていないすべてのものを実際に見せると、そのとたん「分からない」といって、けっきょくは分かる教信者であるふうを自白して暴れだすのだ、このパターンを解決する方法がない。
このあたり、つまり「分からないものをどうやって分かれというんだよ」という話になる、それで、分からないものは分からないので、分かるかわりに結合しろということなのだが、結合ということになると急に、自分の側が「わたしの中に何もない」という事実に突き当たって、急激にひがみ・呪いという反応にすり替わっていくみたいだ、もちろん「そんなこと言われましてもな」とおれとしては頭を掻かざるをえない/おれまで空っぽならおれの話はスムースに伝わるのだと思うが、そんなしっちゃかめっちゃかな話に付き合うことはできないし、別にこれは貧富の格差でもないのだからそんなに必死にならんでもと思う、とはいえこれは貧富の格差ごときでは済まないことだからこそどうしようもない反応なのかもしれない。

「分からせる体制」には初めから無理がある。

分かるという機能は、それじたいは別に悪ではないのだが、分かったのちにそれが「わたしのもの」にならないのなら、何のために分かったのやら意味不明だ/このところは「わたし」というそれじたいさえ「分かる」までに人々は成長してしまい、「わたし」から分離した「自分」をいじくって、そのメンタルやらモチベーションやらを見物している、唐突な言いようになるが世の中の何かがあなたの「わたし」に加勢することは一ミリもない、世の中はあなたの「わたし」に寸分も興味がないのだ、世の中はあなたに「分からせる」ことにしか興味がない。
子供というのは主体としてまだ空っぽだから、結合といってその代替品でしかない「甘え」の中を生きるのはまあわかる、わかるといってそんなものせいぜい十歳かそこらまでだと思うが、そこから分かる分かるの分離だけ蓄えて成長したところで大人にはならない、空っぽの木偶(デク)が出来上がるだけだ、内部に甘えの衝動を抱えたままの木偶を前提にしてまともな話なんかできない/自分は成長してきたけれど空っぽの木偶なのではないだろうかとギクリと思い当たる人は、たぶん掛け値なしにそのとおりなのだと思う、それについておれはどうすることもできないのだ、何しろおれの話はとても分かりやすいと思うが、分かりやすくしたところでおれの話はあなたのものにはならないからだ、それはあなたが選択していることだからおれにはどうしようもない(意地悪で言っているのではない、本当に方策がないのだ)。
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