☆いい女☆で行こう!

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無神論者でも仕えるものがある
あ、脳みそをやわらかくして、衝撃の事実を知ってホンゲーと驚愕するように。
無神論者でも仕えるものがあるのだ、ちょうどわかりやすいように、聖書でキリストは「神とカネの両方に仕えることはできないのです」と言っている。
このキリストの言は、なんとなく「なるほどなあ」とわかった気にさせられるが、そういうことではないのだ、これは「神とカネのどちらかにしか仕えることはできない」ということであり、「神に仕えないならカネに仕えている」ということなのだ/驚くべきは、「仕える」といって、実は人が仕えることができるものは、神や悪魔だけではないということ、カネ・通貨にも仕えることができてしまうということだ。
世の中の大多数は、まさか神に仕えているわけではないので、大多数は無神論者……ということではなく、大多数は一般的な宗教を持ちながら「カネに仕えている」ということなのだ/そう言われると、やはり「なるほどなあ」という気がやはりするが、なおも "そういうことではない" のだ、まさかおれがそんなフツーの話をするわけがないだろう、おれの書き話すことはいつももっとおっかなくてスリリングなもので、今回もその例に漏れない。

世の中には、思いがけず借金が好きな人がいる、借金そのものというか、それ以上に借金の力と権威が好きだという人がけっこういるのだ、典型的には「男はローンを組んで一人前」と発想するタイプの人などがそれ/驚くべきことに、人がカネに仕えているという状態は、何も金持ちに限ったことではないのだ、借金の力と権威を認めている人も、それはそれでカネに仕えている人たちなのだった。
あなたが何かしら、家やインフラの修理をするとき、自分ではどうしようもない修理には業者を呼んで、見積もりを取るだろう、そしてこのところの日本なら、まず確実にとんでもない値段の見積もりを業者は出してくるはずだ、冗談でなく50万円で直せる屋根に1000万円のハイテク大規模工事の見積もりを出してくるのが日本の業者のマナーだ、もちろんそうでない良心的な業者さんもいるが、それはもはや業者さんではなくてただの「人」だ、業者というのはある意味で「人を超えている()」と前もって知っておいたほうがいい、フツーの「人」の感覚ではそんなことできないからな……そのことを知らないのはただの世間知らずということになる。
そんな逆方向に破格の見積もりを出してくるのは、もちろん身内を海外旅行にいかせ、自分はスナックで幅を利かせておばちゃんといい仲になりたいからで、さらには「自分がバカにされる側であることに耐えられない」からだが、もっと本質を知らなくてはならない、50万円で済むところに1000万円かかる大規模工事の見積もりを出してくるのは、その人の「信仰が厚い」からだ、その人がカネに仕えるところが敬虔で、こと金額といえばデカイのを出すのが「帰依することだ」と、本当にシャレでなく魂でそう覚えているのだ、だから独特の迫力がある。
「人は神とカネの両方に仕えることはできない」のであって、これは思いがけずマジなのだ、世の中には神仏に仕えるといって「マジかよ」と思わせるようなレベルの人がいるのと同様に、カネに仕えるといって「マジかよ」と思わせるレベルの人もいるのだ/いわゆる業者さんの多くがどことなく幸せそうな、人懐こい、澄んだ瞳をしているように見えるのは、皮肉ではなく信仰のせいなのだ、あれは営業スマイルではなく、ガチの信仰の笑顔だ、だから独特の迫力がある、人はそうして「仕える事」を覚え、自分の信じるものと一つになってゆく。

業務でお金をもらうなんて、つまらないことは誰もやっていられない、だから彼らはそれに「仕える」ことにした。

だから本当に、彼らにとってはそれが「仕事」なのだ、業務をこなすのではなく魂の仕事をしている、ただ思いがけず仕事=仕える事といって、その仕える先がカネだというだけだ、神に仕える人は神だけは売り渡さないであろうように、カネに仕える人はカネだけは売り渡さない/無神論者といえばほとんどの人が実際的には無神論を採っていると思うが、無神論ということは仕えるものがないということではないのだ、何かしらの神仏や主に仕えないということは、消去法的にカネに仕えているということだ、これは驚くべきことだろう。
誰にとってもお金は、なくては困るし、それなりに大切なものだろうが、それに「仕えている」人もいるのだ、なぜ人はそうして「仕える事」を覚えるのか/それは、人はけっきょくのところ、仕えるものがないとすべての日々に対して一ミリも「何をしたらいいのかわからない」からだ、カネに仕えている人は何百億ともっていてもカネに仕えているし、逆に借金で身動きが取れなくなっていてもカネに仕えている、彼らが実際的に無神論を確信していられるのは、神を信じないからではなく「仕えるものがもうある」からだ。
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