☆いい女☆で行こう!

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WS報告 of 175th /Reason, otherwise Poison
が動いているメカニズム、つまり人が動いている「理由」、その理由は Reason か、そうでなければ Poison しかないと話した。
「理由の中に自分がある、自分の中に理由があるのじゃない」「Reasonの中にいる人もあるし、Poisonの中にいる人もいる」「それぞれは、Reason こそ "おれ" だと感じるし、Poison こそ "おれ" だと感じる」。
 Poison 派の特徴は、「みんな同じことを言う」というところだ、たとえば「働かないと食っていけないだろ」「趣味でやっているだけだよ」「パチンコ打ちたいからパチンコ打ってんだよ」、なぜそうして "同じことを言う" かというと、われわれの生身の性質はみな同じだからだ、誰でも突き指をすれば炎症を起こすように、誰の生身でも体内に毒が湧いて焼けるというのは同じ、だから Poison 派は画一的で連帯感が強くなる。
そして、 Poison 派はそうして生身の毒焼けが「わたし」であるので、Poison 派は互いのことをジロジロ見合うと、その人のことがよくわかるという性質がある、生身とその顔面をジロジロ見ると「その人」がわかるのだ、画一的で連帯感の強い地域にヨソ者がいくと「ジロジロ見られる」のはこれが理由だ/一方で Reason 派は、生身の毒焼けが「わたし」ではないので、その人の生身と顔面をジロジロ見ても、「その人」のことはわからない、両者はそれぞれまったく別の存在なのだ、子供のころや若いうちはごまかされるけれども、気が付けばいつのまにか、加齢とともに自分の住んでいる国はどちらかに決定している。

画一的で連帯感が強い地域に行くと、第一に "ジロジロ" 見られ、次に " Poison をぶっかけられる" というという手続きをほどこされる、この「ジロジロ」と「 Poison ぶっかけ」は、驚くべきことに Poison 派の "マナー" なのだ、若いうちは誰でも「んなアホな」と思うものだが、やがてそういうものに出くわして体験することになるし、やがて自分自身もそうなる、その "マナー" を自らぶっかけていく側の人になる。
犬と犬とが、互いに肛門をかぎあって互いを知りあうように、人だって Poison 派は、互いの毒をぶっかけあって互いを知りあうのだ、これは大げさでもなければ極端な例でもなく、それが標準のことなのだ/たとえば芸術家が互いに表現した Reason を見せつけあって互いを知りあうように、 Poison 派は互いに蓄積した Poison をぶっかけあって互いを知りあう、人はどうしてもどちらかの国の果てまでゆかねばならない、そうでないと生きていけないからだ。
人は、誰でも知るように、努力によって能力を解発したりはできない、人は能力を解発できないので、そのままでは生きていけないのだ、だから能力を解発する方法が加齢するほど濃厚に必要になってくる/そして、能力を解発する方法のひとつが呪術、閉じ込める・鎖でつなぐなどして、業(カルマ)の毒(Poison)を溜め込ませて能力を解発させるか、もうひとつが Reason 、理由の中に自分を存在させて能力を解発させるかなのだ、人はこの Poison が Reason のどちらかに住ませるしか能力を解発できず、この解発なしには生きていくことができない。
どんなボンクラ女でも、金融業の窓口に鎖につないで閉じ込めておけば、金融事務作業の鬼になるし、どんなボンクラ男でも、たとえば警察に就職させてその生涯をずっと警察官として過ごさせれば、人をしょっぴくための法律の構造をイヤでも詳しく知る専門業者になるものだ、それが業(カルマ)であり呪術であり業者という現象だ、この能力が解発されると、基本的に元には戻らない/習字が達者になった人がもう二度と字がヘタクソには戻らないように、あるいは音感がよくなった者がもうオンチになることはありえないように、解発された能力は基本的に解発前には戻らない、同じように Reason から解発された能力も、基本的に解発前には戻らない、「あなたと歩く世界はどうしてこんなに急に鮮やかになるの」というような Reason からの能力も、基本的にはもう閉じられることがない。

極限まで短縮して言えば、「生きる仕組みおよび能力が啓かれる方法には、RタイプとPタイプがある」ということに尽きる。

 Reason タイプと Poison タイプは、互いに排他的であり、基本的にはどちらか片方に集約されていかざるをえない、子供のころはともかくとして、加齢とともにRの果てかPの果てのどちらが向かうようになっている/この二つのタイプが厳然と存在していて、そこをだまくらかした<<漠然とした「いい人」などは存在していない>>、そんな存在があるように見えるのは入念に化粧がほどこされたフェイクにすぎない、どのように偽装されていも内部は必ずきっちりRかPのどちらかの果てに向かっている。
「リーズンとポイズン、お前はどっちのズンで動いているんだ」というだけのことで、誰も自分がポイズンで動いているとは思っていないのだが、たとえば「じゃあお前はなぜ音楽を聴くの、その Reason は?」と訊くと、それだけでも「ええっと……」と口ごもるものだ、そうしてなんとか強引に答えてみようとするのだが、それはごまかしだ、答えようとするときに必ず体内に毒が巡るだろう、今回はその Reason という仕組みを、おれの持っているかぎりまとめて開示したのだが、みんなにとってそれらはほとんどすべて未体験の知識だったようだ。
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