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子分は親分が怖いという病的風土
の中には上司と部下という関係があったり、親会社と子会社、師父と弟子、下請けと元請け、取引先にもカスタマーとサプライヤーという関係があったりする。
日本の場合、これらを異様なほど「親と子」にしたがり、自分を「親分と子分」にしたがるのだが、この精神的風土はおそらく徳川時代に最も陰惨な形で日本人の血に入り込んでしまったのだと思う、江戸時代の二百五十年が天下泰平だったというのはおそらく(わたしの感じるところ)真っ赤なウソで、おぞましい暗黒の上にフタをして偽りの中を作り笑顔で過ごした、何の値打ちもない二百五十年だった/ヨーロッパの中世がいわゆる暗黒時代と呼ばれたように、日本にもきっちり、時代遅れの憐れさも併せ持ちつつ、まったく別のテイストで暗黒時代があったということだ、そこで現在に至る日本人の精神的風土が決定的に形作られた。
徳川時代というといわゆる鎖国のイメージがあり、鎖国はもちろん病的なほどの引きこもり精神だったにせよ、より本質的な焦点はそこではなく、本当は徳川を親分として、「子分が親分を怖がるだけ」という二百五十年があったということだ、すべての子分が親分の顔色をうかがって、偽りにゴマスリを続けるだけの二百五十年だった/本当に何の意味もない二百五十年で、何もかもが根本から不毛、そしてこころの本質は「不快」でしかなかった二百五十年だった。
なぜこんな「親が怖い」というだけの不毛な暗黒時代が形成されたかというと、もちろん初代の徳川家康が病的に、怖がりの闇を抱えていたからだと思う、徳川家康が後の徳川家安泰のために施した政治は晩年に至るまで正気を逸脱している/もちろん当時、信長の治世が継承されてゆけば穏やかでない国になっていただろうし、秀吉の治世が継承されていけば野暮の国になっていただろう、何をどうすればよかったという話ではなく、ただ結果的に「親分怖い」という病的な精神的風土が二百五十年かけて入り込んでしまったということだ、この事実の上に日本は形成されている。

これは、日本が諸外国と比較して劣っているという話ではなく、たとえば現在のアメリカの暴動を見ていてもわかるように、人の世というのは潜在的にはいくらでも汚らしく、どこの国でも例外なく、ふだんは何かしら表面を糊塗して偽りに過ごしているだけなのだろう/アメリカが南北戦争やインディアンの駆逐をしていたころ、日本は江戸時代で、諸外国にビビった幕府が、なぜか身内にストレス発散の「弱いものいじめ」をしていた、そのあたり「マニフェスト・ディスティニー」へ吹っ切れてしまうのがアメリカの精神的風土であり、「親分怖い」の悲鳴ヒステリーと「弱いものいじめ」のストレス発散へ吹っ切れてしまうのが日本の精神的風土なのだと考える。
現代から江戸時代を振り返ると、徳川家のやりようはすべてヤクザのするそれだと誰の目にも明らかだが、これは話が入れ替わっており、徳川家がヤクザだったのではなく、現在知られているヤクザの風土が徳川家の封建制風土を引き継いでいるのだ、徳川家がヤクザなのではなくヤクザが徳川家と捉えるのが歴史からの順序だろう/そしてあちこちの家庭や企業で、やたら親が子を怖がらせようとし、上司が部下を怖がらせようとし、元請けが下請けをいじめようとするのは、何か正当な理由や事情があるわけではなく、ただの精神的風土なのだ、「子分が親分を怖がってヒステリーの悲鳴をあげる」「子分が親分の顔色をうかがって偽りの親睦だけを過ごすようになる」というのが、日本人にとって泰平の人の世という感覚なのだ、日本人は毎日この「親分怖い」を成り立たせるためにだけに生きているところがある。
現代の日本人でも、何か江戸時代の封建社会に肩入れをし、郷愁を覚えるところを大いに持っているので、そこはかとなくわれわれの脳内には「時代劇」が残っているのだが、この「時代劇」というのはもちろん当時の真相をレポートするものではまったくなく、当時から日本人が抱き続けることになった、「親分怖い」の天下泰平ファンタジーをそのまま現代に引き継ぐだけのものだ、たとえば「暴れん坊将軍」なる時代劇があって、八代目徳川吉宗がそれまでとは毛色の違う将軍(といっても紀州徳川家から割り込むことになっただけにすぎない)が存在したのは事実だが、吉宗自身がそうして将軍に就任するまでには、「ひょっとしたら……」と思わせる謀略や暗殺の暗い影があるし、吉宗が行った改革は保科正之の idea を再興させただけでしかないし、何より吉宗が晩年に見せたのは強烈な権力への執着であって、自分の子孫たちに権力を継がせるためだけに「御三卿」なる強引なシステムを我意のまま導入し、のちの徳川家の構造をめちゃくちゃにややこしくした/これらのことをすべて見ないようにして「暴れん坊将軍」なる夢想は成り立っている、それはおそらく当時の人々が縋っていた将軍日本・天下泰平の夢想とたいして変わらないのだと思う。
江戸時代の天下泰平やら、町人文化やら旗本退屈男やら、そういったものは "全部ウソ" で、本当は「親分怖い」の病的精神、弱いものいじめをして子分にヒステリーの悲鳴をあげさせると落ち着くという、徳川家康のゆがんだ精神が、ひたすら二百五十年間も押し付けられただけの、何の意味もなかった時代なのではないかと、おれは考えるようになっている/おれは今、歴史の話をしているのだが、過去の話をしているのではない、今現在も「親子」や「親分と子分」があり、元請けやら下請けやら、師父と弟子、カスタマーとサプライヤーなどがあって、これらが泰平と文化を為しているという夢想が、 "全部ウソ" なのではないかと考えているのだ、少なくともおれが実際にこれまで見てきて「???」と感じさせられてきたすべてのものは、この徳川封建制の地縛霊と考えるとすべてつじつまが合うのだ、人々は親や上司や取引先や先生のいる世の中を生きているのではなく、本当には「親分怖い」というゆがんだ精神的風土の中を無意味に生きつないでいるだけにすぎない、親分は子分を怖がらせるためだけに存在して、子分は親分を怖がるためだけに存在しているのだ、これをもって何をしたいのか、おれはずっと「???」と首をかしげて生きてきたことになる。

あなたが相手を怖がれば、相手はニコッとし、相手があなたを怖がれば、あなたはニコッとする。

ありていにいえば、日本の風土が露出した地域や人柄というのはそういうことで、さらに簡略化して言えばその本音は、「わたしのことヒステリーのように怖がってくださいね〜」「そうしたら平和で穏やかですからね〜」というだけでしかない、精神が病的に親分を「怖がる」ということのためだけにこの国は存在している、少なくともあなたがこれから(あるいはこれまでに)わけのわからない人を目撃したとき、このことを知っていたらすべて説明がついてしまう、そうしたわけのわからない人は、当人が病的に親分を怖がっており、また自分自身についても、子分から病的に怖がられたいと思っているのだ、そのことにもはや理由というような理由はなく、ただの精神的風土、その病的怖がりそのものが第一義に求められているのであり、たぶんそのほかのことに考えが及ぶようなことは生きているうちに一度もない。
思えばおれがこれまでに出くわしてきた、「???」のパターンはすべてこれだった、おれにとってはそれはずっと意味不明の「???」で、ずっと目の前で何が起こっているのかわけがわからなかったのだ、それが今、相手はおれをなんとかして「怖がらせよう」としていたのが、いちおう理屈として理解できる、そして多くの若い人がおれの前で精神的に恐慌していくことの「???」も、おれが相手を怖がらせないから逆にパニックになるのだと今になってわかる/といっておれは、その日本的精神風土、子分が親分を病的に怖がってバンザーイというわけのわからないものにどうしても馴染めないというか、その素質がないので、おれとしてはどうしようもない、おれは水戸黄門に印籠を出されても何を怖がればいいのか感覚的にわからない奴なのだ、それは日本においては一種の障碍者なのかもしれないと思う……けれども、いまだに日本人が大マジにそんな「病的に怖がれ」の風土をよろこんで生きているということに、やはり本音としては単純に「バカじゃねーの」と思ってしまう。
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