☆いい女☆で行こう!

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「何にも勝ったことがない人」

こ数年は、他人のことを、理解させられるというような局面が続いている。
今日もそれで、唐突に気づいたのだが、おれが「人は勝たねばならない」と思っているところ、よくよく考えたら何にも勝ってきていない人のほうが多いじゃないかと気づかされた/あのわけのわからないおじさんやおばさんは、これまで何にも勝ったことがないから、ああいう様相でああいう行状なのだと、今さらになって発見するのだった。
おれはこれまで、自分を評価するということがまるでなかったので、逆に整理が混乱してしまったのだが、よくよく考えたらおれの生きてきた時間はことごとく勝ちっぱなしで、勝つ以外のことを経験したことがないのだ、それで逆に「勝つ」ということがどういうことなのかよくわかっていなかった/うーむここまで自己評価をしないというのも実用上のこととして問題があるような気がしてきた(気がしてきたというか事実上問題になりまくっている)。
よくよく考えれば、おれには友人がいない時期がなかったし、楽しくない時期は一日もなかった、インチキで人付き合いをしたことはないし、なぜか知らんがおれは異様に頭がいいし、十代のころはテレビゲームに没入してずっと遊んできただけなのに一年間浪人して独学するだけで国立大学に入っちゃうし、その後も遊びほうけて二年も留年したのにあの超氷河期に丸の内の総合商社に入っちゃうし、その総合商社を蹴って遊びほうけていてもなぜか生きていられるし、インドでタクシーの運転手をどなりつけても代々続く家業をテキトーに蹴り捨ててもなぜか豊かに生きていられるので、よくよく考えたらこんな奴は勝ち続けているに決まっているのだった/おれは何とも争っていないのになぜか勝ち続けており、勝つという経験しかしないので、何にも勝たずに生きている人の感覚がどうしてもわかっていないのだった、おれがいつも「うるさい他人」に対して「???」と首をかしげるのを繰り返してきたのはどうやらこれが原因らしい。

就職活動のとき、何千人かで知能テストみたいなものを受けたが、おれはそのスコアが単独トップだった、ふつうそうして何千人もの大学生が受ける知能テストで単独トップを獲ったりすることはないのだろう、そりゃ数的割合として当たり前のことではある/おれはどうしても、そういったことが「どうでもいい」と思えていて、わざわざ思い出さない限りは忘れている、おれにとっては「調子がいいときにはそういうスコアが出ることもあるだろうな」というのが当たり前の感覚だが、よくよく考えたらそんな感覚で生きていられるのは決して多数派ではないし標準でもない。
ガラの悪い土地で育った人は誰でも記憶に残っていると思うが、学校で授業中に「まったく授業を聞いていない」「ずーっと何かして遊んでいる」というどうしようもないアホみたいなガキがいたはずだ、あれがおれだ、おれは一人の塾の先生とは気が合ったのでその人からは数学を学んだが、学校の先生から何かを学んだということはまったくない/中学のとき、国語の先生はおれに作文を書かせてみたところその内容と知性にビビっておれの作文だけ全クラスで朗読してまわるし、試しに漢字の難読熟語を出題してみたら案の定おれだけがスラスラと口頭で全問正解するのでクラス中がビビるし、英語の教師が「教科書の1センテンスを暗記して口述したら5点あげます」というのでおれはその授業中に4センテンスを暗記してその場で口述して「ほれ20点よこせ」といい、おれが毎回英語の授業でそれを繰り返すので「あなたはもう加点なしです」という不平等な扱いを受けた。
おれは学校の授業をまったく聞いていなかったので、高校のときに数学で0点を取ったことがあるし、高校卒業時点で全国偏差値は40を切っていた、典型的な落ちこぼれというやつだが、そこから一年間の独学で国立大学に入るというのはまあそれなりに勝ったということになるのだろう/ただおれの場合、その一年間、一日15時間勉強したというようなことが、別に苦しくはなく「はっきりとしていて楽しい日々だった」ということがあり、そのせいでまったく戦ったとか勝ったとかいう感覚がないのだ、第一おれは勝つのは好きだが戦うのは苦手で、戦うというのはすでにモメてこじれている奴のやることだろうと思っている(チンタラ戦っている時点でもうどうなっても負けだ)。
最近になって主催しているワークショップも、おれはそもそも何かを習ったことがないくせに堂々と指導者ふぜいでそれを主催しているし、ありとあらゆる技術だって、その筋ウン十年という人が「いつかは実現したい、奥義の境地」とあこがれるようなものがおれにとっての入り口だ、たとえばおれにとって合気道をやるというのは、道場に通って基本を習うということではなく(道場なんか行ったことねえよ)、とりあえずおれにとっては奥義ができて、組んだ相手がわけのわからないうちに転んで「ええっ!?」となるのが入り口だ/よくよく考えれば、おれは小学生のときに絵画コンクールで大阪府の金賞を獲っているし、ホームルームで書かされた面倒くさい詩文もちゃんと自治体の雑誌で入賞しているし、手品をやらせても指揮者をやらせても、基本的にプロまがいというかそれ以上の、必ず「人並外れた才能がある」ということを見せるのだ、そういえばむかしタイ出身の女性に「あなたはセクシーで、実にタレンテッド、ギフテッドだわ!」みたいなことを言われたことがある、おれはずーっとこの中を生きているので、たぶん本当に人並み一般の、勝ったことがない人のことがわからないのだ。

何にも勝ったことがない人は、実に「異質」だ。

ふーむ、われながら面白い観点であり看破だ、多くの人は表面上、朴訥で柔和で、人柄がよく人懐こい善人(笑)ふぜいを醸しているが、このところはもう一皮むけばその中身は「ゲッ、マジでヤバいやつじゃん」みたいな人が増えている、毒まみれ・業(カルマ)まみれのおぞましい異質さが、このごろは各方面で隠し切れなくなっている/数的割合としては、「何にも勝ったことがない人」のほうが多いはずなのだが、困ったことにその多数派のほうが「異質」になるのだ、たとえばわれわれは直観的に「宗教のつどい」みたいなものを見ると、見た目は温厚でも「ゲッ、特級にヤバいやつだ」ということを感じるが、そうした「宗教のつどい」みたいなものに直観するヤバさは、そうしたつどいに雁首を並べている人たちが「何にも勝ったことがない人たち」であることに由来している。
「何にも勝ったことがない人たち」は、多数派であれ、そりゃ中身はヤバいに決まっているだろう、そこのところが、おれのようなアホにはわからない・視えていないのだ、おれは万事について自己評価をまったくせず、また転じてはけっきょく他人のこともいちいち評価なんかしていないので、漠然と誰でもおれと同程度に勝っているものだと思い込んでおり、だからこそ誰も勝ったことがあるとかないとか「気にする機会なんか一度もなくね?」と思っているのだ、それでおれは目の前にたまに出現するギャーギャーうるさいおじさんやおばさんのことを、本気でまったくわからないと感じて「???」と首をかしげているのだ/誰でも知っているように、ギャーギャーうるさいおじさんやおばさんというのは、何であれ「わたしの本当のことを暴かないでくれ!」と悲鳴をあげているだけだ、うーんそこまで考えても、本当に何にも勝ったことがない人のことは想像しきれない、それはそれで想像を絶するものがあるのだろう。

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