☆いい女☆で行こう!

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聖なる慈悲と悪魔の慈悲
ういえば煙草とスコッチが尽きたので、また誰ぞヒマなやつはおれのために仕入れて奉納するように、相変わらずPEPEのリッチグリーンを吸っている、遊び倒して書くほうが追いつかない(といって書くのも遊びだが)。
おれにはすでに、わからないことを直接視る能力があるので、それを今さらわかりやすくする必要はないのだが、それは「慈悲」なんだということに気づいた、慈悲もしくは憐れみという言い方をする。
おれは、そういうふうに、自分を強引に持ち上げて偉そうぶることが本当に苦手で、もう無理やりそう定義づけるしかないという具合でやっているのだが、そうやって無理やり自分を持ち上げると、本当にいろんなことがピタッと嵌るので、どうやら本当にそういうことらしいのだ、ここまでくるといっそうぬぼれ体質の人がうらやましくさえ思う、何をどうやったらそういううぬぼれを自動的に持てるのかアドバイスがほしいぐらいだ。
おれの場合は正当な理由が必要で、なぜ「こりゃだめだ」と急に慈悲スタイルを思いきるようになったかというと、このことについては悪魔の側のほうが意欲的で、悪魔の側のほうがぐんぐん行っているからだ、それを見ていると「こりゃあさすがにだめだ」と思った/近年に流行しているやさしげなものはすべて何かにピタッと嵌っており、それは慈悲・憐れみなのだが、それはもうゴリッゴリの悪魔の憐れみなのだ、よくもまあそんなに思い上がれるよなあとうらやましい限りなのだが、おれだってなんとかささやかに対抗勢力を為していきたい。

たとえば音楽があって、音楽というとメロディや音程や和音やリズムや調性やら表現そのものやらがあるのだが、そんなものはおれにとってはどうも面倒くさいのであって、何かうまくいかないストレスがあるなあと思っていたのだが、どうやらおれの場合本当におれはフツーの人ではないらしく、そうやって「わかりやすく」してやるのが慈悲だろと何かで気づいて(なぜそんな突拍子もないことに気づくのかナゾだ)、そのよう気づくと急にピタッとすべてが嵌るようになった。
つまりおれの場合、おれの到達しているところはすでにナゾ of ナゾであって、このおれが何かしら向上心やら献身やらの発想を持ってはいけないのだ、おれ個人としての向上心はかまわないのだがそれを人に向ける形にするとメチャクチャになってしまう/一般に言われているそうした「芸術」のたぐいについても、おれにとっては向上心ではなく下に向けた慈悲なのだ、そんなアホなと思いたいところなのだが、すべてがこの捉え方でピタッと嵌るようになってしまうので、この場合はそうした事実の現象を優先して認めるしかなくなってしまう。
このことに思い至ったのには、もうひとつきっかけがあって、ふとおれは学生時代のころを思い出したのだった、おれがなぜかよくわからない合唱団の指揮者になっていたとき、なぜか音楽の展開が勝手に視えるようになっていて、楽譜を見ながら「これはこうだからこうなるので……」とスラスラ解説していると、二つ下の後輩が「す、すげえ、なんでそんなことわかるんすか」とビビっていたのを思い出した。
それで、今はやっぱりおかしいのだ、当時のおれと現在のおれでは能力のレベルは話にならんぐらい違うのに、現在のおれがどのような能力を発揮しても、女子中学生の一人だっておれに対して「す、すげえ」とビビることはないだろう、それは差分からいっておかしな話だ、当時のおれが二つ下の後輩にビビられていたのに、現在のおれは三十も下の女の子にビビられないのだ、なんであれば現代の女子中学生は何であれ「自分のほうがイケてる」ということを強制的に思い込むだろう、おれはそのことにまったく無頓着で、当人がそう言い張りそういう態度を決定しているなら、何の違和感もなく「じゃあお前のほうがイケているのだろう」とおれも一緒になって決定してしまうのだが、これがもうメチャクチャなのだ、何をどう考えてもやはり何の経験も才能もない女子中学生の能力がおれに倍するとは言えないはずなのに、おれはつい、「当人がそう言うからにはそうなんじゃね」とあっさり認めて、何ならそのように世界に報告してしまうのだった。

まるで世界中の全員が、おれに対しては「あなたになんか負けません」と堂々宣言するようなので、おれは自分の能力ていどを「人として最低限のレベル」としてきた。

これが基本メチャクチャだったのだろう、これのせいでおれはもう何年間も、いろんな人たちに対し、「あれ? なんでこんなことがわからないんだ」「なんでこんなことができないんだ?」と、不満に思うのではなく首をかしげてきたのだ、おれには本当にそれが「???」だった。
人々の言い分を聞いていると、つまりおれが女子中学生に平伏して、おれが彼女からいろいろ教わらないといけないということになるのだが、そんなことははっきりいって荒唐無稽だ、人それぞれが視るもの視えるものというのはとてつもない差があるということを最近よく知るようになったが、おれが学生時代に二つ下の後輩に差をつけてビビらせていた当時と比較すると、現代のおれと女子中学生の差なんてもっとはるかに巨大な差になっている、これをおれは下向きに取って慈悲を為さねばならないのだ、おれはそういう発想に本当に慣れていなくて、なんとか今も無理やりその定義をおれになじませようとしている/そうでないと、すべてがピタッと嵌らないのはおれにとってもストレスなのだ。
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