☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< WS報告 of 177th /恥に倣え | TOP | これからの「痴愚世界」2 >>
これからの「痴愚世界」
とえば街中でも Youtube ででも、びっくりするぐらい "かわいい" 女の子がいて、年齢は十八歳だったり二十歳だったりする。
おれも典型的なスケベ男として、第一には「おっ!」と思うのだが、最近はもう直後には或る種の違和感を覚えて「うーん……???」となる、このごろはもはやそれが違和感ではなくて別の確信になってきた。
すでにおれにとって知られたことを述べてしまえば、これらはまったく目を疑うほど "かわいい" し、魅力といえば信じられないぐらい魅力たっぷりなのだが、本当に起こっていることは何かというと、すでに「猛毒状態」なのだ、本人が猛毒状態になって周囲に猛毒をまき散らしているという状態がすでにあって、そのことが一般には気づかれにくい、ないしはまったくそのようには知られていないだけだ。
現代のアニメ文化・アイドル文化・オタク文化・マウント文化を吸収して育つと、それらの毒を吸収しきって、やはりこういうものが育つのだろう、おれは間違ってもそういう女の子たちを悪く言っているのではない、もはや悪く言うとかそういう次元はとっくに過ぎ去っていて、当人も最早どうしようもない、取り返しのつかないレベルで猛毒状態になっており、その中毒に現在も苦しんでいて、この先その毒がどのような蝕みをもたらしてくるものか、今のところ誰にもわからないということなのだ、おれはその未来の恐怖に向けてわずかでも拮抗阻害の成分を配布しようとしているにすぎない。

目を疑うほど "かわいい" 彼女らは、それだけ見ていると、いっそ猛毒の成分に取り込まれて、何も問題はない、むしろ一種の「天使かな」と見える、特に性的魅力に無防備に干渉を受ける若い人(男女どちらでも)にとってはその甘みの干渉は強烈だろう。
だが、もし仮に、たとえば「サタデーナイトフィーバー」のような映画を、その "かわいい" 彼女らに見せてみる、その映画と彼女らの "かわいい" を交互に見比べてみれば、「サタデーナイトフィーバー」と彼女らは<<まったく噛み合わない>>ということがわかる、そしてその途端、彼女らがまさに「痴愚」という巨大な症状の中に閉じ込められているのだということが浮き彫りになって視えてくる/何度でも言うが、これはおれが彼女らを悪く言いたいのではない、彼女らは何も知らないまま実際にそうなってしまったというだけだ、今さら手遅れかもしれないがおれは万が一にも対抗に有効かもしれないということをここに書き話しているだけだ。
目を疑うほど "かわいい" 彼女らは、おどけてたまに「汚い声」を出す、けれどもその汚い声は割とガチのマジに深刻なもので、抑えきれない毒性が内部に渦巻いているものが、すでに外側に吐き出されているという状態だ/おれは経験上、そうしたケタはずれに "かわいい" 女の子たちが、本人らもよくわからないまま内側で苦しんでいるということを知っているつもりだ、それがまだはっきりとした苦しみとは彼女らには認識されていないが、自分の痴愚症状が精神の髄まですでに入り込んでとてつもない恐怖と苦しみを覚えさせていることに、彼女らの魂は完全な無感覚ではない。
映画「サタデーナイトフィーバー」が、彼女らと<<まったく噛み合わない>>以上、これから先サタデーナイトフィーバーのような映画が作られることはもうないということだ、観るだけでもまったく噛み合わないものが創造されるわけがない、彼女らの口からはこの先も痴愚の毒しか吐き出されず、同様に男性たちもその双眸から痴愚の毒しか漏らさなくなるのだ、おれは誰かのことを取り立てて悪く言うつもりはない、おれが言っているのはただ症状がそこまで深刻化しているということだけで、さらには彼ら・彼女らが最前線で苦しんで内部的には悲鳴をあげているにせよ、これをどうにかしてやれる方法は今のところどこにもないということだ、彼らをまったく別の病棟に隔離すればおれの言っているのがどういうことか誰の目にも明らかになるだろう(むろんそんなことは実際にはされないしされる必要もない)。

素直な子供の時代に毒入りチーズケーキばかり食わされるとこうなる。

別の角度から言えば、「毒はよく効く」ということなのだ、そりゃ当たり前だろう、人類のすべてが知っているように、あらゆる状況でいっそ万能的に、毒というのは「よく効く」/もしおれと同程度に、人の魂と、身と血肉と、毒がどのように干渉しあってその人を形成しているか、まざまざと視えるようになったら、多くの人はとてもじゃないがその "かわいい" 女の子を直視していられなくなるだろう、本当に起こっているのはそれほどまでに陰惨なことなのだ。
それでも彼女らは、人の魂として、なんとかして何かしらの世界を視ようとするだろう、むしろ彼女らの魂はいつもそのことを必死で求めて活動している、けれどもダメなのだ、ただちに別の増幅された「力」がやってきて、彼女らの視認しようとする集中力やその視力を、完全にコナゴナに砕いてしまう、まるで賽の河原で小石を積む子供たちが、三つでもそれを積もうとしたらただちに鬼がそれを蹴飛ばして砕いてゼロにしてしまうように、彼女らの魂は増幅された「力」に暴虐を受け続けている/もちろん仮におれの書き話しているこれが彼女らの目に届いたにしても、彼女らは救われた心地にはならないだろうが、そんなことはもうどうでもいいのだ、彼女らはすでにおれに対する敵愾心や不快感さえ覚えられないだろう、すべてのことは増幅された「力」に砕かれてしまう、この蹂躙され続ける魂を見て「かわいい」と言ってよろこんでいる者は、本当にまったく何も視えていないのであり、それはすでにそのようにまったく何も視えなくなるように当人も増幅された「力」によって支配を受け始めているということだ、今のところこうやってすべて暴き立てるぐらいしかこのことへの対抗策はない。
正しく見ないとな | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |