☆いい女☆で行こう!

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人類の歴史は全部ウソだ

泉に行って完全回復してきた、もはや絶好調である。
今回、ずっと引っかかってきたナゾについて、ついに大きな解明が得られたのでそのことを報告しておきたい。
それは、人類の歴史なんて全部ウソでゴミだということだ、いきなりぶっぱなすようだが、これはもうさっさと認識を改めないと間に合わない、人類の歴史なんてものは基本的に全部ウソでゴミでインチキでカスだ、むしろそのことまで知り抜いたなら「歴史」の本質を学びえたのだと思う。
個人に青春があるというのが、多くの場合ウソであるということが後年になってバレるように、人類の歴史なんてものはウソなのだ/もちろんおれには本当に青春があったし吉田松陰は当時から世界愛の本質を得ていたと思うが、そういうのはむしろ個人としても歴史としても「例外」なのであって、人類の歴史というのはそうではない大多数の「ハズレ」が形成してきたウソへの未練でしかない。

なぜこんなギタギタに切り刻んだ上に踏みつぶすような話をしているかというと、もう本当に思っているよりもはるかに状況は悪く、これぐらいさっさと言って先に進まないとすべてが間に合わないからだ/今ならまだ助かる人もそれなりにいるのに、もたもたしているとそれらの人も助からなくなってしまう(すでに助からなくなってしまっている人はもういい、どうしようもない)。
冷静に考えろ、たとえば大坂城は建設当時ヨーロッパにもない世界一の城塞と謳われたのだが、そういうデカいものをババーンと建てて「おわしますは〇〇公!」とか言っているのは、よく見りゃとてつもないアホだと思わないか? 「こんなデカいものを建てて権勢を誇るとかいうアホには何の意味もない、ただちに全員死ね」と言ったのは700年間の武家政権の中で唯一保科正之だけだ、この人は愛を知っていたのだろう/何度でも言ってやるので冷静に理解しろ、「デカい城デカい城デカい城デカい城デカい城ォォォ」、ほれどう見てもやっぱりとてつもないバカじゃないか、あれは歴史的遺物ではなく残念ながら「アホの遺物」だ、おれはたとえ世界のすべてを統べる唯一の皇帝になったとしてもデカい城なんか建てないだろう。
人類の歴史といって、日本の場合、中国で三国志をやっていた二世紀〜三世紀ごろ、日本(邪馬台国)には卑弥呼が神権をもって君臨し、その後その神性を引き継ぐような形で天皇が台頭した、そこから古墳を作るのがしばらくブームになった、その後しばらく天皇による政治が続いて、一族の中から天才聖徳太子が出て律令制の実現と中華思想(朝貢システム)からの離脱に成功し(飛鳥時代)、途中で蘇我氏が力を持って政権を牛耳っていたが蘇我氏は暗殺されてやはり天皇家の政権に戻った、その後仏教とのつながりから奈良時代が栄えたが(平城京)(注、飛鳥時代も京は奈良です)、仏教が「祈ってばっかりで使えねー」とバレたので、奈良に置き去りにして京都に遷都することにした(平安京)、ここまではすべて天皇と公家による貴族政治だ、ところが天皇家の内部でだって揉め事は起こるので、その揉め事が源平の合戦になった、壇ノ浦で那須与一がカッコイイところを見せつつ源氏が勝利、ここで源頼朝がついに日本初の「将軍」に任命され(注、こういう「将軍」というのはぜんぶ征夷大将軍のこと)、幕府を開いて鎌倉時代となる、ここから武家政権が始まる(注、当時の人たちがそれを「幕府」と呼んでいたのではない、幕府という呼び方は近代になってから)、源氏の将軍イケイケ時代が終わると北条家が実権を握り、しばらく幕府エライ時代が続くが、やがて天皇家側が反撃しようと画策し、これを見抜いた幕府は首謀者(後醍醐天皇)を島流しにする、その後もジタバタする後醍醐・反幕勢力を追討するために足利尊氏軍を出撃させたら、足利尊氏(当時は高氏)が後醍醐天皇側に寝返っちゃった、それで鎌倉幕府は敗北してオワリになる、足利尊氏が征夷大将軍に任命されて室町幕府スタート、ところがこの後醍醐天皇・足利尊氏コンビがそりが合わずモメにモメる(まだモメるのかよ……)、後醍醐天皇はまた脱出して南に朝廷をつくって南北朝時代になる、けっきょく60年ぐらい揉めてついに南朝が力尽きる、その後室町幕府でしばらくゆっくりしたあと、まーたお決まりの派閥争いが起こり、いいかげん「この将軍家もうダメじゃね」「足利家はオワコン」と見限られるムードになり、群雄割拠(諸藩が言うことを聞かなくなる)が始まる、あとはご存じ織田信長の桶狭間以降の驀進(ついでに京都で足利将軍を追放、室町幕府おわる)、統一間近のところで明智光秀の急に「やったった」本能寺アンド三日天下、秀吉の速すぎるくさい中国大返しで光秀グッバイ、最後に秀吉が小田原を攻め落として天界統一バンザーイ、ところがその後秀吉があっさり死んでしまったのでまた派閥争いが始まる、その中で徳川家康が「待っていました」と謀略フルスロットルで関ヶ原の戦いに持ち込み、謀略のせいでグズグズになった関ヶ原はグズグズのまま勝敗を決して東軍の勝利、その後家康はこっそり天皇のところにいってこっそり征夷大将軍になる、豊臣方の大坂城は激怒、けれどもこれに対しても家康の謀略フルパワーでやりこめ、大阪冬夏の陣で豊臣を滅ぼして独裁体制に入る(トップになったとたん諸藩を急にイジメ倒すモードに切り替え)、三代目家光は島原の乱にドン引きしてスーパー鎖国モード始める、参勤交代で縛り上げて「とにかく逆らったら取り潰す」体制を二百年堅持、ささやかに起こった忠臣蔵事件だけを武士の物語にし、大塩平八郎の民間攻撃だけでビビりにビビり倒す腑抜け幕府になっていく、だからこそ鋼鉄の鎖国を張り巡らしていたのだが、アメリカが軍艦で「いいかげんにしろ」とあいさつしにきたら急遽へりくだってジャパンオープン、ときの天皇が「ふざけんな」とキレたところ、その孝明天皇の怒りを公家の岩倉具視がこっそりバックアップ、そうして鎖国攘夷ネタで幕府をイジメていたら幕府ギブアップしちゃった、「もう将軍やめます」と大政奉還、これで700年続いた武家政権というシステムそのものが終わる、「ええええ」と騒ぎなって、騒ぎが収まらないのでよくわからない戊辰戦争で日本列島大流血、大流血が収まったあとも西郷隆盛が「やっぱり気に食わん」と西南戦争で流血おかわり、こうして日本は貴族政治から武家政治を経ていちおう国民国家になったと言える、その後日本は文明開化して日清日露戦争で勝利し「これ割とマジで攘夷じゃね」と浮き上がったものの、大東亜戦争(太平洋戦争)にまで突っ込むと大ダメージを負った、その後東西冷戦の陰で大儲けをして復興、大儲けの背後では大儲けを嫌う共産主義者が声を上げたが、ソ連と一緒に自壊して地下に潜伏していった、そして現代に続く。
それが日本の歴史だが、これらのすべてが実は単なるウソで、事実ではあるがウソでゴミだと言っているのだ、こんなものはまったくどうでもいいカスでしかない、歴史の重みなんてものはゼロなのだ、これらの歴史っぽいものなど、吉田松陰の見つけたジョークのひとつにも及ばないし、おれが温泉に浸かっていい思いをしていることに一ミリも及ばないのだ、真の人類の歴史はごくごくわずかな個人が愛を見つけたということだけのささやかな積み重ねであって、その他の歴史っぽいものはすべて「ゾンビのうごめき」でしかない、このことをさっさと知っておかないとあなたはいずれ出くわすゾンビを理解できず混乱するし、自身がゾンビ化していくことにも対抗できない。

誤ったものを仰ぐと、人はあっさりゾンビ化する。

その誤ったものの一つがあのデッカイ城だ、建築物の技術として感心するのはよいが、あれはこともあろうにバカ殿をワッショイするため "だけ" に作られたアホ建造物なのだ/江戸時代の二百五十年間が太平で犯罪が少なかったのは、人心が豊かに満ちていたからではない、「バカ殿と城を仰いで全員がゾンビ化していたから」だ、そしてまったく同じことが現代でも続いている。
その証拠に、中学高校で六年もかけて習ったはずの歴史がまるで頭に入らずに、おれがここでちょこちょこっと書いた歴史部分1500字のほうが頭に入りそうに感じるのはなぜだ、わざわざ専門の教師と専門の教科書を立てて習ったことよりもおれのズタズタな話しぶりのほうがあなたに何かを教えるのはなぜだ、仰ぐものが違うからだ、吉田松陰が教えていた松下村塾はただの物置小屋であって(山口県萩市に現存しているそうだ)、それに比べれば現代の学校なんてバカでかい城みたいな大きさだ、誤ったものを仰ぐと人はあっさりゾンビ化する。

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