☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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本当に厳密な場合の男女の現象
性の一部に、自ら「あたし女捨ててるからぁ」みたいな冗談を、まったく冗談でなく言う人がいる。
結論を急ぐと、そういう「女を捨てている」というパターンは、別に女を捨てているわけではなくて、「まともな男に相手してはもらえなかった」というだけであって、捨てるも何も初めから女を所有していたわけではなかったはずだ。
これは悪口で言っているのではない、もうそんな悪口がどうこうなんて時期はとっくの昔に過ぎ去ったのだ、今さらそんな間に合わないおしゃべりを展開するつもりはない/すでに現代、「まともな男に相手してもらえる」という可能性は極めて少なく、ましてどのように導かれても、そのまともな男の相手をできるだけ女がまともという可能性もたいへん少ない、このあたりの事実はすでに「まあしゃーない」と共通の認識になっているはずだ。
それで、男性は女というと第一にアニメに描かれた少女を恋人にするようになったし、女性はいわゆる腐女子のようになって自分は身体を鍛えたりゴロツキみたいなトークを女同士でやるようになった、もう男女の関係は映画「トップガン」を理想にするようなものではなくなったのだ、ソシャゲにハマる女と美肌を気にかけて笑っている男をユニットにとして映画「トップガン」は撮れないのだ、これは悪口を言っているのではなくて本当にそうして変わってしまったということを確認しているだけだ。

社会的には婚姻の形態は保存されているし、経済状況や家族からの圧力からむしろ婚姻の心理的強制性は二十年前より上がっているような気がする、そして婚姻の形態は必ずしも女が妻になるとは限らず単に「嫁」になるという捉え方もできるので(妻と嫁は違う概念だ)、婚姻によって「嫁」を形成するということについては、現代においてもあまり問題ないのかもしれない/江戸時代なんか敵方に嫁いでいた女が二回離縁して後に将軍家の嫁に入っていたりするデタラメを平気でやっているので、嫁というのは伴侶とかそういうのではなくて、本当に家系をつなぐユニットなのだ、だから女偏に家という字があてられている。
念のために「妻」と「嫁」の違いについて言っておくと、「嫁」というのは「当家の嫁」として承認されるもので、「誰かの嫁」になるという捉え方は単に国語的に誤りだ、息子が妻を持ったらそれは家の当主たる父親から見て「嫁」なのであって、たぶんこのことをまったく知らされずに幼い少女たちは「お嫁さんになりたい」という一種の洗脳を仕込まれているのだと思う/そして、一時期のオタクたちが「〇〇はおれの嫁」みたいな言い方をしていたのも国語的に誤りで、それはまあ彼ら自身が「妻」を持つ発想はないということが言語の端に漏れ出てきたのだろう(それの何が悪いわけでもない、妻なんてキモいが嫁は欲しいという男はいくらでもいるだろう)。
ボーヴォワールが「第二の性」というフェミニズムの書を著したのは有名だが、あれは読んでみたかぎり、そんなにボーヴォワール自身が女としての体験を豊かに得てきたというわけでもなさそうで、単に生理的な女性のショックについて書かれているという感じだった、おれはボーヴォワールとはややずれた意味で「第二の性」と言いたくなるが、おれが実際に見てきた現象は、初めから女がいておれがその女に触れるということではなく、おれがそいつに触れることでそいつが初めて女になるということだった、それはいわゆるアホのおっさんが言う「女にしてやる」とかそういうレベルのものじゃない、アホのおっさんはオスであって男ではないから、そのオスがいくら相手をつついても相手はメスにしかならない、そしてメスになるというのは人として未来のない不幸なことだ。
おれの知る限り、まあおれなんかまったく非日常的なレベルで女にモテるので、今になって誰かがおれに言ってくれたことが理解できる、「あなたに求められたら誰だって断れるわけがない」、それはおれの自慢話ではなくて、本当に厳密な男女の現象というのはそれなのだ、その点おれは本当にナゾの神話のように厳密に男性だから、この「男性」が女性に何かを求めて命じたら、女はこれを拒絶する能力も権限もないのだ、これはおれの能力とか相手との相性とかの問題ではなく、本当に厳密な場合の男女の現象だ、だからおれから女に何かを求めたとき、女はそれを断るためには、女という現象そのものを捨てるしかなくなる/女という現象においては女はおれの求めることのすべてを決して拒絶できないので、女という現象そのものを捨てるしか拒絶の方法がないのだ、それは確かに賢明かつ現実的な方法であって、この方法が主流になることで女という現象は消え去ってゆき、同時に男という現象も消え去っていったのだと思う。

おれは女性の声から、「女の声」と「そうでない声」の成分を同時に聞き分けることができる。

こんなアホみたいな能力を持っている奴は、そうそういないというか、ほとんどおれぐらいしか存在しないのではないだろうか、おれはいちいちこのことを自慢しているわけではないし、こんなことに今さら興奮しているわけでもない、おれにとってはすでに当たり前のことなので、ただ本質的な話としてレポートしているだけだ/そして本質的に何のレポートかというと、本当に厳密な男女の現象なんてものに、今さら誰が触れにいけるものか、そんなものからは遥かに遠ざかっていて「いやあ無理っす」と言わざるをえないのが良識だ、人々は厳密な男女の現象からものっっっっっすごい離れてしまった。
単純な話、たとえば過去には男同士、心おきなく殴り合うことで互いに認め合い、逆に友情を得たみたいな話があったと思うが、それこそ「いつの時代の話だよ」という草不可避のたぐいだし、そもそも「本当にかつての時代にそんなことがあったのかどうか大変あやしい」「ただの作り話じゃないの」という疑いが勝る、その作り話への到達が遥か遠すぎて「無理っす」と笑い話になるしかないのと同様というか、それよりずっと遠いレベルで、本当に厳密な男女の現象というのは存在している、女はおれを愛しているかに見えるが、それは実は付録のようなものであって、それ以前に女はもともと男を愛しているのだ、だからおれがおれの出力をゼロに設定してもそれでも女はおれの求めることを拒絶できない。
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