☆いい女☆で行こう!

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ストレス本位制について
れがカワイイ女の子に「半日ずっとフェラチオしてろ」と命令することはあるかもしれないが、おれはあなたの母親のように、あなたに向かって「そのへんのどうでもいいおっさんと結婚して子供を作りなさい、そうするとわたしのメンツが立ちます」みたいなエグいことを強制することはない。
おれは命令するといっても、強制するわけじゃないし、そもそも強制する権限も慣習もないので、命令といってもその命令をすんなりきいてしまうコがたまにいるというだけだ、おれは頭の弱いコは苦手なので頭の弱いコに命令することはない、当事者はよく知っていると思うがおれは頭の弱いコには「勉強しろ、学門しろ」と命令するばっかりで、いわば頭の弱いコに対してはセクハラではなく向学ハラスメントを仕掛けるばかりだ、おれは頭の弱いままの女の子がウッフンにハマって未来のない闇へ落ちていくことを許さない(それでおれが嫌われることもあるがそんなことは知ったことではない)。
というわけで、おれがカワイイ女の子に対してひどいことばっかりしているようなイメージがあるが、よくよく見るとそうではないのだ、そんなもの彼女の母親が仕掛ける真の残酷さや、地域が仕掛ける真の残酷さ、習慣や風土や宗教が仕掛ける真の残酷さには遠くおよばない。
なぜあなたの母親や、あなたの地域、習慣や風土や習慣が悪魔のごとくあなたに対して残酷なことを強いようとするか、それはあなたの母親もそうした残酷な暴虐を受けてきて、実のところ「怨み」だけで数十年を生きてきたからだ、この猛烈な怨みと苦しみが「自分だけに降り注ぐ」ということが耐えられないので、そうした人々は「他人も同じ目に遭うべきだ」と絶対的に信じているのだ、それは確実に彼らの宗教であって、おそらく死後もその怨みの国から脱け出ることはない。

だいたい世の中の上司や、地域や風習の世界というのは、実際には何の能力もなくて、唯一の能力としては「人に不快さ・ストレスを与える」という機能しか持っていない。
ちょっと想像してみたらわかるが、仮に能力の全体が高くて、本当に利益を生み出し続けるだけの優秀な人がいたら、その人は立場上はあなたの上司ではあっても、いわゆる「上司!」みたいなイメージ・感触はないはずだ、そんなイメージや感触がないのは、そうした人々はそうしたイメージや感触を必要としないからであって、実際にはそうした能力がない人が、それぞれの立場に合わせた不快さとストレスを人に向けることで、疑似的に何かの能力があるふりをし続けている。
あなたの母親はあなたにとってストレスだし、地域といえばただちに「ストレス」だし、習慣や風土といえばストレス、宗教なんてそのストレスの最大だろう、「今日は宗教さんが来ますよ」というとその半日はとてつもないストレスで一日が台無しになるはずだ。
そうした人々は、当たり前だが本当は何の能力も持っていなくて、そもそも「存在」さえしていないので、唯一の自己主張の方法として人にストレスを与え続けているのだ、そうした人は当人としてもずっと周囲にストレスで圧迫・恫喝されるという "だけ" の世界を何十年と生きてきており(まあ死んでいるようなものだが)、そのことに対する膨大な怨みと苦しみが積み重なっているので、その蓄積がむしろ「あれ? これって呪いとストレスを産生するのに良い材料じゃね」となり、その人の顔面と声を汚物にしているのだ、なぜ顔面と声を汚物にしているかというとむろんそのほうが人にストレスを与えやすいからだ、どうしようもないがこんなサイテーな人生があるのかと想像すると率直にめまいがして「おれがそうじゃなくてよかった」とこころの底から安堵する。

おれが「コーヒー買ってこい」と命令すれば、あなたの頭上高くに青い涼風が吹き抜けるばかりだが、母親が「来週あなたに紹介する人がいるからね」と言えば、あなたは暗黒に押しつぶされてのたうつ血の泥濘と呪詛が始まるだろう。

ストレス本位制の中を生きている人は、まあずっと死んでいるようなものだが、そういう暗黒とのたうつ血の泥濘、その怨みと苦しみの中をずっと生きているのだ、だから当人のするパフォーマンスも、すべてが「ザ・ストレス」、当然ながらストレス本位制のパフォーマンスしかできないのだ、この人は家族にストレスを与え、部下にストレスを与え、近隣にストレスを与え、顔見知りにストレスを与え、わざわざカネを払ってスナックのおばちゃんにストレスを与えている、それしか通貨がないのだからしょうがない/ということは、過去から現在にわたるすべての人が、彼について「早くこの宇宙からいなくなってくれないかな」とこころの底から祈っていることになる、これは誇張でも何でもなく本当にそうなのだ、そりゃ "ストレス本位制" なのだから「早く消えてほしい」と万人が祈っているのは当たり前だろう、そうしたおじさんやおばさんが亡くなったとして、その葬式で誰かが涙を流すということは<<実際にはまったくない>>し、そうしたおじさんやおばさんが病気になって入院したと聞くと、その噂話をうれしそうに話題にするのは、ストレッサーがひとつ減ったことが原始的にうれしくてしょうがないからだ。
何がどうなって、あなたの母親と近所のおじさんは、あなたをストレスで圧迫し、そのへんのおっさんにあなたのオマンコをファックさせて子供を作り、その辺鄙な家の中に閉じ込めておこうということを、ニヤニヤうれしそうに相談しあうのだろうか? ストレス本位制という理屈はわかるが、おれは感覚的に「わけがわからん」とも思っているのだ、何しろおれはストレス本位制ではないので/おれは言わずもがな、おれ本位制だ、おれがカワイイ女の子に命令することはいつもひどいことばかりだが、おれがあなたに与えるのはひどいことであってストレスではない、おれがあなたに与えるストレス成分を一億倍したって、あなたの母親や上司や地域や宗教の与えるストレスの一万分の一にも及ばないだろうよ。
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