☆いい女☆で行こう!

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卑屈主義からの脱却
そらく自覚のないままに、日本人は「卑屈」を自らの主義にしている。
誰しも、さしたる能力をもってはおらず、さしたる美をもってはおらず、それどころか基礎的な教養も経験も持ち合わせていないのだが、卑屈になっているからこそ、そのことを受け入れられずに居直ろうとしている。
ほとんどの奴は、しょーもない奴なのだ、それどころか迷惑で不快な奴でさえある、けれどもそれをもっていじけた性格と振る舞いになるという、そのことを「卑屈」というのだ。
「お前には何の能力もない」「何の美もない」「ろくな経験がなく、あって当然の教養もない」、いいじゃないか、そりゃそういうものだろう、それだからといって卑屈になる必要はない、むしろ卑屈になるからこそ、そうしたスッカスカの自分に合意できないのだ/「自分スッカスカなんすよ」と晴れ渡るようであってどこが悪いのか、自分に染み込み切っている卑屈主義に気づいているか。

もう老人になってしまった人はまだしも、そうではない若さの残る人たちにおいて、どう考えても必要なことは、未来に向かうことだ、未来が拓かれることだ。
未来が拓かれるために、ありもしない苦渋を舐めるのはよせ、ほとんどの人には青春も経験も才能もないのだ、なぜいつまでもそのことを突っぱねて否認し、自己を凍結しているかというと、卑屈主義に陥っているからだ、自分に何もないということは晴れやかであってよく、居直って何かを言い張るということには値しない。
つまんない男と一緒にいても女はつまらないし、つまんない女と一緒にいても男はつまらないのだ、だからどうした、それは「当たり前じゃないか」ということで、笑っていればいい、自分のつまらなさを正当に認めることは、一抹のさびしさを伴いつつも、天下に堂々とそれを認めるかぎり、こころは晴れ渡るのであって粘ついた闇は生成しない、「何の才能も経験もないポンコツは出しゃばるな」と、しばしばそういうシーンはあるのであって、そのときは堂々と、「ポンコツの出る幕じゃない」とすっこんでいればいい、なぜありもしない闇や苦渋を自家生産してそれを舐めようとするのか/ポンコツがただちにこの世界の敗者になるわけじゃない、この世界の敗者になるのは卑屈主義によって自ら闇と苦渋の生産者になりきった者だ。
ありもしない才能を気取るのはやめよ、得られもしない能力を得にいくふりはやめろ、経験のないものを情報で補う偽装はやめろ、すべてにおいて自らに「卑屈」だけは禁じよ、卑屈主義に支配されているから居直って偽りの傲岸が出現する、おれは体育の授業で跳び箱を飛ぶのが苦手だが、跳べないものは堂々と跳び箱に激突すればいいのであって、それをもとに卑屈主義の起こるのを許してはならない。

あなたは控え目なのではなく、猛烈に卑屈主義を振り回しているだけだ。

少しでも控え目に、公益性と近所迷惑のことを考えたら、そんな自分のための卑屈主義を振り回すことなんてありえないはずだ、周囲のことなんか知ったこっちゃない、きわめて自己中心的な傲岸不遜の卑屈主義があるからそんな傍若無人ができるのだろう、「卑屈」はただちに正当性なしと断じて撤廃しなくてはならない。
能力も美もないものが出しゃばるべきではないし、かといって能力や美があるものが出しゃばっていいわけでもない、それらはどちらにせよ卑屈主義の横行でしかないのだ、何もかもから走って逃げてよいが、ただし広大な青空の下をよろこびながら走って逃げろ、そのことは卑屈主義の中で向上心を言い張るより遥かに清い魂のあらわれなのだ。
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