☆いい女☆で行こう!

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卑屈主義からの脱却2
屈だから話が進まない、という状況がずっと続いている。
誰しも未来を拓かねばならないのだ、にもかかわらず、卑屈主義の採算のことしか考えていない、目先の卑屈帳簿に振り回されるだけで、これではアホの極みだ。
たとえば、不美人で野暮ったい女にハイブランドの服は似合わないだろう、それでどうするかというと、鼻息を荒くして「似合うようになります!!」と言い出すのが卑屈の発想だ、卑屈だからそういう目先の採算のことしか見えていない/それはハイブランドの服を着て見せびらかしているアホと同列の卑屈主義だ、この大空の下でそんなアホなことをドロドロやるためにお前らは生まれてきたのか。
卑屈主義が全身の細胞をこわばらせて、何ら爽やかな風が入り込まなくなっていることに気づけ、卑屈主義の中で点数を取ることには何の意味もないのだ、テンションも鬱も傷ついたも個性も全部ウソだ、大空の下には何の疑問もない、卑屈主義が自家製で疑問を産生しているだけだ/いろんなことに成功したり失敗したりするけれど、大空の下の成功失敗は、卑屈主義の中での成功失敗とまったく異なるものだ、どうしてわざわざこんなドロドロのゴミで遊ぼうとするのか。

卑屈主義というのは、「何一つこころの底からは認めない」ということから成り立っている、こんなバカバカしい時間の無駄が他にあるだろうか。
仮に、「あの人には愛がある」「あの人には愛がない」として、愛のあるなしだって大空の下では風が吹き抜けている、それを卑屈主義の中で考えるからわけがわからなくなる/「あの人には愛がある」なら、そのとおりだとこころの底から認めればいいし、「あの人には愛がない」なら、そのとおりだとこころの底から認めればいい、それについてグズグズした気持ちや心理的なものが渦巻くように錯覚されるのは、すべてただの卑屈主義だ。
大空の下には、愛のある奴もいるし愛のない奴もいる、反省する奴もいるし反省しない奴もいる、どうしても陰気で人に嫌われる奴もいるし、どこか陽気で人に好かれ続ける奴もいる、なぜか余人には真似できない才能を持っている奴もいるし、どうしても根本的に頭が悪いような奴だっている、だがすべての人は公正に評価されながら、同時に大空の下でのびのびとその姿を風にさらしている必要がある、卑屈主義はこじれた人の血のカタマリが生み出した錯覚の主義に過ぎず、もともとこの天地にあるような性質・現象ではまったくないからだ。
いじけるのはクソだし、自慢するのもクソだ、それらは卑屈主義の中からしか生じないものだからだ、ごまかし続ける人はクソだし、偉そうに説教を垂れる人もクソだ、目をそらすということは腐った眼球でにらみつけるのと同列のことだ、何も見つめる必要はないし何も目をそらす必要もない、デキる奴デキない奴、モテる奴モテない奴、幸福な奴そうでない奴、輝ける奴くぐもる奴、すべて等しく大空の下にある、自分がどんな奴であってもいじける必要はないし、またどんな奴であっても自慢するには値しない、いじけたり自慢したりという卑屈主義の一点を放棄せよ、こんなことで永遠に話を頓挫させておくつもりか。

努力も勇気も方法もきっかけも要らない、卑屈主義を捨てればすべて正常に拓かれる。

卑屈主義の、唯一の長所を述べておこうか、それは多くの人と話が合うようになるというところだ、そりゃ同じ主義の人同士なら話は合うに決まっているし、主義が違う同士なら話は合わないに決まっている/あなたは多くの人と話が合うようになるというメリットだけで、その卑屈主義を自分の旗にするつもりか、そして同じ旗を揚げている人たちのことを本当に自分の友人だと認めるのか、そんなとんでもないウソを死ぬ間際まで抱えていって一体何の得があるんだ。
おれは一人でも多くのまともな人に、おれの話を聞いてもらおうと思って、このわけのわからない書き話しを続けている、その出来がよかろうが悪かろうが、小規模だろうが大規模だろうが、おれはそれをもっていじけたり自慢したりという、卑屈主義の材料には決してしないだろう、やりたいことなんか見つけなくていいし進む先なんか持たなくていいんだ、卑屈主義をやめたら人はどこまでも大空の下にしかいない、優れたところにも足りないところにも等しく大空の風が吹き抜けている。
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