☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< He loves you | TOP | 人の世と天の国はそっくりで正反対だ2 >>
「生きている」アンド「いのちがある」の法則

とえば小説や詩文のひとつを書くにしたって、その小説や詩文が「生きて」てなくては面白くない/死んでいる小説や詩文は、まあ平たくいえばゴミでしかない、ゴミだとするとそこに甘味料や興奮剤をたくさん付け足すしかなくなる。
あらゆる作品は、「生きていないと面白くない」のだが、それが生きているということは、初めから死ぬことが約束されているということだ、つまり作品には終わりがあり、終わりをもってその作品は死ぬ、生きている状態が終わる、ということになる。
作品は生きていなくては面白くなく、生きているということはやがて死ぬことが約束されているということなのだが、ただそれだけだとつまり「一時的に生きていました」ということにしかならないので、いわば「それなりに面白かったけど別に意味はねえな」ということになる/ここで言う「意味がある」というのは、イグジスタンスという最上のことを指しての「意味がある」だ、ミーニングやメッセージ性があるというようなゴミのことではない。
よって、「おもしろい」かつ「意味がある」というものを得ようとするなら、それは「生きている」必要があり、同時に「永遠のいのち」がある必要がある、生きているものは死ぬのだが、死ぬということと「いのち」は実のところあまり関係がない、今さらここのところの混同を説明する気にはなれないので、ここでは「きっちり死ね」「ただし永遠のいのちは得とけよ」とシンプルに言っておくことにしよう。

昔から小説家や詩人というと適当なタイミングで自殺するのが定番だが、なぜそういう人たちは自殺するかというと、むしろ言ってみればずっと「自殺パワー」でその創作を続けているからだ、自殺パワーが溜まりにたまって満期になったというだけであって、何かを思い詰めてとか行き詰ってとかで自殺するわけではない。
なぜ自殺パワーを溜めたりその力を使ったりするかというと、根本的に「面白く」するしかないからだ、先に述べたように「面白く」するためには「生きて」いなくてはならず、生きているということはやがて死ぬという約束で成り立っているので、死の約束が近いほうが「生きている」状態はビビッドになり、面白さも増すのだ、ここは「生きている面白さをディールするためには自家製死ぬパワーを使うしかないじゃん」とシンプルに説明しておこう。
生きている作品だけが面白いので、面白さのためには補集合的に死パワーを使わねばならないのだが、その中でけっきょく「永遠のいのちって???」ということが得られなければ、蓄積した死パワーの債務が取り立てにやってきて、「もう満期ですんで支払いお願いします」となって、自殺なり何なりで死なされる羽目になるのだ/いわば借りて使ってきた死パワーの、債務免除が得られなかったので、きっちり支払う羽目になりました、まあ当然っちゃあ当然ですがトホホ……というようなことだ。
ここで、死パワーをガンガン蓄積していっても、その途中で「永遠のいのち」を知ってそれに加入してしまえば、たとえ死パワーの債務が取り立てにやってきても、「いのちは永遠ですから死にませんね」と切り返すことになり、それを言われると取立人はグッと苦しく押し黙ることになるのだ、「そうは言っても」と取り立てようとしても「永遠のいのちがどうやって有限に死ぬんですか」と言われてしまうので、「ああこりゃダメだ」と取り立てをあきらめるようになる、まあそんなタチの悪い債務者を相手にしていてもしょうがないので、死神はもっとヨソの切り取り可能な債務者をあたることにするだろう、向こうとしては貸した死パワーが貸し倒れになるのみならず、その後も好き放題に死パワーを勝手に借りて使い込まれてしまうので、採算はドマイナスになってしまうのだった、それでも逆らえない「権威」の差があるので、死神・悪魔側としてはこのことをなんとか一般には知られないように営業を続けてゆきたいのだった。

有限はアホであり、永遠は叡智だ、よって「叡智に守られたアホ」だけが、面白くかつ意味があることになる。

つまり、有限の生死パワーを使いまくってこそ面白さがジャブジャブであり、にも関わらずそれをどれだけ使っても永遠のいのちがあるせいで取り立てできないという、いわば無限残高の口座を得ることになる、こいつはサイコーだぜ、無限残高の口座ほどサイコーなものはないということだけは、地球上のすべての人が拳を突き上げて同意するだろう。
無限のものを無限といえばそれは正しいのだろうが、正しすぎてあまり面白くないのだ、そうではなく有限のものを無限に使えるからこそ面白い、まあ面白さを必要としていない人はそんな複雑な手続きをしなくてもいいのかもしれないが/おれの場合、面白くなくてはならないというか、面白くしてやらないと、おれはよくてもおれを慕うアホたちには手掛かりがなさすぎるじゃないか、面白いということは有限のアホにもわかることだから、そのアホでもわかることの中に永遠の叡智を混ぜてやっているのだ、おれもなかなか慈悲深いじゃないか、すべてのニワトリはヴィーガンのもとで十年生きるよりおれにシメられてフライドチキンになることに天国への手掛かりを見つけるだろう、つまりおれにシメられてフライドチキンになるほうがニワトリの側で「面白くて意味がある」と見つけるのだ。

正しく見ないとな | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |