☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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痛みの嵐に立てない現実
う説明したらいいのだろうか、「自分」から離れた何かを上手にやっても何の意味もない。
「自分」という、「わたし」の現象、これから離れて何かをやっても、何の意味もないし何のよろこびもない、その代わり何の痛みにも触れなくて済む。
誰でもわかっていそうなものだが、青年ビリージョエルが唄うことと、歌ウマ声優が唄うことは、意味も性質も異なるのだ、この「誰でもわかっていそうなもの」が、実はここ近年、本当に誰にもわからなくなっているフシがある/痛みを避けたがる人々によって、何もかもが本当にわからなくなっているみたいだ。
青年ビリージョエルが「唄っている」ということ、つまり青年ビリージョエルの「やっていること」と「存在」は完全にぴったり重なっていて、やっていることがイコール存在なのだが、近年のすべてのものはまったくそれではない、存在のないものが存在と無関係な趣味や技術で何かを上手にやっているだけ、「ネタ」でそれをやっているだけだ、別にそれが悪いわけではないが、よいとか悪いとかではなくただ「意味がない」と指摘している、本来「ネタ」というのは本編に添えられるオマケであって、本編のない者がオマケだけ派手に積み重ねても本編のある者にはならない、こんな当たり前のことが近年は本当に誰もわからなくなっているフシがあるのだった。

何か解決策があるわけではなく、そもそもこの段階において解決策なんて馬鹿げた話だ、そうではなくおれは「とびっきりヤバい状況がもうずーっと放置され続けて行き着くところまで進行しきった」と指摘しているのだ、まるでそのことを視認しようとせず「解決策」みたいなことを妄想・期待しはじめる人の神経は本当に根こそぎやられているとしか言えない。
状況のヤバさを理解するためにも何か手がかりがいるだろうと考えている局面だが、過去、「やっていること」と「存在」がピタッと合っていた人というのは、つまりは「痛みを引き受けてきた英雄」だったと言える、現代はそれが「オピオイド麻薬で痛みを避け、自分が引き受けなくて済むよう痛みは人に投げつける」というのがメインの勢力になった、つまり自分だけはネタやキャラで痛みを避け続け、必要とされる痛みは他人に投げつけて、自分は痛みなしに何かエキスだけ吸い取ろうとしているのだ、そんな厚かましい奴がいてたまるかと思うだろうが、残念ながら本当にそうなのだからしょうがない、こうした人々の多くは自分が何をやっているのか自覚がないので、むしろ自分のことをマジメで献身的で自己犠牲的で被害者側と思っているものだ。
今さらこの壮絶な痛みの嵐となった状況の中に、誰が立てるというのか、よほどの勇気と実績および強大な庇護でも受けていないかぎりは、神経が秒でダウンするだろう、もちろんここで言っている痛みというのは長時間正座したからといって得られる痛みではないので、そういう勘違いした苦行やガマン大会や自傷で補填できるものではない/ここで言っている痛みというのは、あなた自身とあなたの知人のすべてがたとえばおれに吐きかける唾の痛みだ、そんな場所に誰が平然と立ち続けられるか、どうしても自分の側を「まとも」だと言い張らないと神経がやられてしまうだろう。
おれは別に自分が痛みを引き受けて立つことや、誰かのぶんまで痛みを肩代わりしてやるようなことを、自慢したいわけではない、おれはただ自分のやっていることと自分の存在がズレて「意味がない」ということが耐えられないので、おれ自身のために痛みの中に立ち続けるだけだ、それは別にどうでもいいのだが、問題はポイズンその他のことだ/痛みを避けるために毒を自家生産するということ、および痛みを避けるために痛みは他人に投げつけるということが自動的に起こっていくのだが、これがヤバいじゃないかと指摘している、このポイズンは最近「痴愚」のパターンを創り出していると前に述べたし、この痴愚が無条件で「痛みは他人に投げつける」ということをやり続けるのだからおっかない話だ。

あなたが「やさしい人」と言われないのは、「痛みは他人に投げつける派」だからだ。

このことに、同情の余地はなく、また同情なんかしても何の意味もないのだが、あくまで現実的に、現在の状況で「この痛みの中に立てるわけがない」という冷静な理解もおれは持っている、だからどちらがキチガイかというとおれがキチガイに違いないのだが、かといってキチガイではない「ふつうの人」について、「痛みは他人に投げつける派」だからふつうでOKとも言っていられないのだ、そんな意味のないネタだけのごまかしで生きている者が痛みを他人に投げつけているのをふつうでOKと言い張るのにも早晩限界が来てしまうだろう、そうなると本当にその先はもう薬物依存しか残っていない。
このように、おれはまったくひどいことばかりを書き話しているが、これによっておれは痛みを誰か他人に投げつけているだろうか、もしそんなクソみたいなものだったらあなたはおれの話なんか聞く気にならないだろう、おれは痴愚であったりネタであったりするだろうか、おれの書き話すことはおれの存在から離れていて意味がないと感じられるだろうか、おれは自分が一種のキチガイであることは認めるが、あなたが「どうしたらいいかわからない」というのはウソだ、どうしたらいいかは今おれが見せているとおり単に痛みの嵐を引き受ければ済むというただそれだけであって、問題はどう考えてもあなたがそれを数秒でも引き受けられるわけがないということだ、だからこそあなたは引き受けられないそれをおれに投げつけるしかないわけだが、せめてこのことがはっきり視えれば自分の魂と自分のいる場所ぐらいは知ることができる、そのときどうか反省と謝罪と感謝だけは二度と取り出すことがないように。
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