☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< 上下関係の神秘と、アホのする制度 | TOP | あいまいな祈りとはっきりとした祝福 >>
痛みと魂と三毒解離
れは今も完全解決の道筋を探っている。
それでいよいよタイトルからしてわけのわからない話が続くのだが、しゃーないのだ、状況のヤバさがコアになるほど、その解決方法もコアにならざるをえない/状況がどのようになろうとも、帰参する道筋を作っておいてやろうというのだ、さすが偉大なるおれさまはスケールが違うぜ。
キーワードは[痛みとポイズン]、[三毒解離と三毒呪縛]、「クリティカルとは "王手" のこと」、これぐらいで済む、まあ近々そういうコラムを書こうかと思っている、そんなにむつかしい話ではない(実現はむつかしい)。
まあこの期に及んでも、ますます偉大なるおれさまだけがまともだという状況が続き、よくわからんがおれの話を聞いてなんとなく救われた心地になるということを追跡するしかフツーないわけだが、そのことは一応[痛みの神秘]ということで説明がつかなくもない、痛みというとタンスの角に足の小指をぶつけると超イタいわけだが、そのときは宇宙で自分ひとりだけが痛いわけで、それがこの宇宙に自分が存在しているということなのだった、このことはモルヒネ鎮痛剤を投与するとわからなくなる。

もちろん医療行為としては鎮痛麻酔をフツーに使えばいいと思うし、いわゆる無痛治療や無痛分娩などは「フツーにそれでいいだろ」としか思わない、そういうところにおれの思想はない。
問題はそういう外傷や炎症に関わる痛みではなく、なんというか魂の痛みだ、この痛みに対してポイズンを投与すること、つまりオピオイド系麻薬を投与することが、魂の行く末を決定してしまう/2017年、アメリカはオピオイド系麻薬の蔓延について、大統領が公衆衛生の緊急事態を宣言した、毎日オピオイド系麻薬で100人以上が死んでいるそうだ。
麻薬・ドラッグでわかりやすいように、ポイズンというのは実は「痛みを打ち消すため」に選択的に用いられるのだ、オピオイドポイズンをぶっこむと痛みは消えてくれるのだが、そのぶんポイズンの作用が蓄積されてしまう、このポイズンの作用はどのようにはたらくかといって、おれはそれを「実際の三角形」と呼んでいわゆる仏教説の煩悩三毒に引き当てて捉えている/三角形の重心から離れて魂がそれぞれ毒の作用によって "解離" してしまうのだ、だから何をやっても自分の魂の足しにならず全てが何かウソくさいウソになってしまう。
こうしておれの書き話すことだけが、なぜかこの時代にも影響されずまともであり続けるのだが、なぜコイツだけずっとまともで、なぜこいつのやることだけずっと無意味化しないのだということについて、「痛みを引き受けてポイズンを拒否しているので解離が起こらず魂と行いが合一している」と説明することができる/そして多くの人がおれの存在とやっていることを肯定できず反射的に攻撃・迫害しようとする気分になるのは、おれのやっていることがつまり「痛み主義」であって、卑屈的ポイズン主義に逃避した人々に積もり積もった痛みを返済させようとするからだ、そんなものぶっこまれたらフツー耐えられるわけがないので、痛みの債務が降りかかってこないようにおれのことは潰したくなってしまうのだ、それは生理的な反応でもあるし呪縛による拘束でもある。

痛みは友人を与える、ポイズンは人間関係を与える。

たとえば極端な話、ボブディランとアイドル声優を比べてみるとわかりやすい、別にどちらが善いとか悪いとかの話ではなく、「痛み」ということに魂の親和性がありそうなのは、どう考えてもボブディランであってアイドル声優の側ではない、だから予想されるところボブディランの「友人」とアイドル声優の「友人」はまったく性質が異なると予感される。
善し悪しの話をしているのではなく、「痛み主義」と「卑屈的ポイズン主義」の話をしているのだ、魂と人格・行為が "合一" しているのはどちらの側か、 "解離" しているのはどちらの側か、そしてどちらが偉いとかいう話ではなく、今多くの人々はアイドル声優の側をこころの癒しとせざるをえないだろうという状況を指摘している、なぜそちらを癒しにするしかないかというと、前者ボプディランのほうは痛みの債務を思い出させるからだ、だからアメリカがオピオイドにむしばまれるように、今多くの人は痛みを打ち消してくれるポイズンのほうを癒しと言い張って摂取し続けるしかなくなっているのだ、これは時代の文化ではなく症状でしかない。
 
正しく見ないとな | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |