☆いい女☆で行こう!

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わたしがキャバ嬢をうらやましく思う瞬間のこと
るほど、わたしはどこかでルールから離れたわけだ。
多くの人は、ルールの中で生きている、たとえばカネを出せば女が買えるなどだ、このルールの中で遊んでいる。
そしてわたしの場合、女を買わずレイプする、ということではないのだ、レイプという非合法が成り立つのは、あくまで合法が先にあって、それに反するから不法・非合法が成り立つという仕組みだ、そもそものルールから離脱してしまうと合法も非合法もなくなってしまう。
これが、多くの人がわたしの前でパニックないしは茫然自失になる理由だ、わたしはルールを守っているのではないし破っているのでもない、ルールそのものから離脱してしまったのだ、だからわたしがどのように遊んでいるのかがふつうの人からは視えないのだ。

むろん、神の存在を除いては、宇宙創世から「ルール」があったわけではないので、ルールというのは人類社会の秩序や習慣から生じた後付けのものだ、だがこの後付けより以前にさかのぼる感覚の人はほとんどいない。
宇宙創世なんてことを言い出せば、人というのはわけもわからないままその魂や存在が宇宙にぽつんと置かれているのであって、それこそまさにわたしの感覚であり「そりゃそうでしょ」のところなのだが、ふつうの人はこの感覚に生涯一度も至らないのだ、それが突然わけのわからない宇宙にわけのわからない自分がぽつんと置かれたら、そりゃあパニックにもなるし茫然自失にもなる、これはむしろこれまでのわたしがうかつだった。
わたしはたまに、茶髪の下品でないキャバ嬢を見て、何かうらやましく感じることがあったのだが、このうらやましさの理由がわかった、そうした彼女たちはルールを頭から信じ込んでいて、ルールの中で遊んだり、ルールからはみ出してドキドキしたりしているのだ、それで何というか、人として素直な色気を放ち、人として素直なセックスを楽しんだり売ったりしている、陽気で明るくて善良だ、「おれの場合はそうはいかないな」というのがわたしにとってはうらやましかったのだ。
わたしがそうした彼女たちを目の前に置いた場合、どういうことが起こるか、もうさんざん繰り返してきたのでよくわかっている、彼女らはいつもの素直で陽気な振る舞いを収めて、夢遊病のような目になってわたしに魂を乞うのだ、魂を乞いながら自分の視認しようとしているものに恐怖が勝ち、何かを閉ざしたり錯乱したりする、「ルールなんか本当は存在していない」ということを視認してしまうのだ、わたしはそうしたことを自慢しているのではなくて、そうではない彼女たちをどこかうらやましがっているのだ、まあ単なる一種の未練なのかもしれない。

世の中が彼女らに良くしてくれますように。

わたしとしては、そう祈らずにはいられない、まあいずれはルールというものは架空の存在であって、そうではないナゾの事実だけが本当には存在しているのだと、知っていくよりしょうがないと思うが、それは何も今このときでなくていいじゃん、といつもわたしは思っている、新しく買ったお気に入りのイヤリングをぶら下げて、好きな人やそうでもない人と楽しくセックスする夜が、彼女たちをやさしく笑わせ続けることを祈っている。
大真面目に魂だの存在だのと、血眼になってみたところで、それで当人が救われるというわけでもない、若いころはたくさん遊んだ、そしてたくさんの夢を見たわ、わたしバカだったからね、と世の中に良くしてもらって生きてきた素直で明るいエッチな子のほうがよほど救われるというのは事実としてある、フェアなのだ、おれもたまにはこのずっと視ているとんでもないものを脇において、ありもしないルールの内外で明るく遊ぶこともしてみたいなと、やはりうらやましく憧れるのだった。
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