☆いい女☆で行こう!

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マンガとアイドルの疲れ/「えっちかわいい」は公害になりつつある2
れだって、たとえば早朝にテレビを点けて、かわいい巨乳のお姉さんがえっちなお肌でほほ笑んで天気予報を伝えてくれていたら、いちおうそれを見るのだ。
そういうお姉さんは、本当にかわいくて、おしゃれで化粧もきれいで表情もキラキラ、まるでマンガみたいだしアイドルみたいだ、アイドルみたいというか実際アイドルなのだと思う、所属団体がアイドルを決定するものでもなかろう。
おれは彼女の、えっちなお肌とマンガみたいにセクシーなプロポーションを眺めながら、同時に自分の体内がメタメタに疲れていくのも感じ取るのだ、何に疲れているかといえば、そのマンガみたいにかわいいお姉さんの内部に、本当にマンガしかないのが看て取れるからだ、内部にマンガしかないので彼女はマンガみたいな表情と振る舞いをしているのだった。
マンガみたいにセクシーと言ったが、それは便宜上のことであって、本当にはマンガはセクシーではない、そりゃ当たり前だ/だがここで強調しておくべきこととして、今の人々にとってセクシーというのは「マンガみたい」「マンガのキャラクターみたい」ということだ、なぜなら思春期の恋もオナニーもすべてマンガのキャラクターがその対象だったのだから、ここでは逆転して「セクシーということは、マンガみたいってことだ」と言い直さないとと実情に沿わないのだ。

くれぐれも、おれは女を罵っているのではないし、また、罵りたいと思ったことも一度もない、そうではなく、おれぐらいは「なぜか疲れない奴」であってやりたいのだ、おれの書き話していることはいつもメチャクチャでポリコレもクソもないような暴言の専門家みたいになっているが、それでこそ誰かにとって「なぜか疲れない奴」でありえる、おれまでこの「マンガアニメえっちかわいい」に同調したらもう何もかもが疲れてしまう。
今、多くの人は疲れていて、何をするにも穴が空いたように疲れ果てていて、休憩が必要だ、休息と癒しとケアが必要だと自ら感じていると思うが、そうではないのだ、疲れ果てているのはずっと休憩をブチ込まれているからなのだ、ずっと休憩をブチ込まれているから、自ら認めるところ、自分はひどくダサい顔をしており、ひどく濁った眼をしていて、ひどくだらしない呼吸、寝起きで怒鳴ったみたいなひどい声をしている、そのことが四六時中じぶんの事実として付きまとってくるから、そのことに嫌気が差しすぎて疲れ果てているのだ。
それで多くの人が、何かしら意識を高めて、強度のトレーニングに傾倒したりするのだが、そうすると一種のギラつきやオラつきは得られるものの、それは興奮物質が出ているだけで、根本的な疲れおよび、その疲れにむしばまれた薄汚さは解決されない、そしてけっきょく疲れているからソシャゲをして、たまに彼氏とデートはするけれども三回に一回は気分の悪いケンカをするのだ、むしろそうしてケンカしてムカつくことさえ自分の筋トレのエネルギーにするというのが習慣になっている人も少なくない(冷静に考えたら怖すぎるだろ)。
朝から巨乳のお姉さんを見て、そのマンガポーズを見て元気を出して、今日も一日がんばろう、と奮起するかというと、そんなことにはならない、朝から映像でえっちかわいい巨乳を見て自分を奮起させるというようなありさまの、どこに夢や希望があるというのだ、そのとき本当に魂が叫んでいるのは、「ああ今日もしんどいだけの休憩を一日過ごさねばならないのか」という痛哭だ/何度も言うが、おれは女を罵っているのではない、おれが言っているのは、「まともな女は全員、すべての日々を胸に突き刺さる日々として生きたいと叫んでいる」ということだ、魂からえっちかわいいがやりたいなんて望んでいる女は一人もいない、ただそれしか出来ることがなくて、また自分に与えられてあるものがそれしかなくて叫んでいるだけだ。

禁欲なんかしたって何にもならない、禁欲という発想がすでにマンガ漬けのアホの思考だからだ。

「禁欲」という発想のアホさは、「巨乳」という発想のアホさとちょうど同等ぐらいだ、そしていくら過酷なトレーニングを積んでも、あるいはどこかの国の宗教兵士になって戦場でドンパチやっても、このアホは治らない、そういう過酷でシリアスなことをしたら何かになるという発想がすでにマンガ漬けのアホ思考なのだ/冗談でなく、今の人なら「自分を鍛えなおすために禁欲とトレーニングをすることにした」と自らSNSで報告しかねないし、それに大量の「いいね」がつきかねない。
そうして考えると、「えっちかわいい」の包囲網によって、己の顔面と声と脳みそを「アホにされる」というのは、けっこう強烈な攻撃であり、けっこう強烈な痛苦の責めかもしれない、自分の大脳も小脳もすべて「コンビニの端っこに置いてある一番要らない本」になってしまうというのはなかなかの拷問だ/このとおりおれの書き話すことは今日もメチャクチャでおれ自身の立つ瀬がないが、少なくともおれの提出するものは巨乳マンガのえっちかわいいからはかけ離れている、おれはなぜかあなたを疲れさせない奴でありたい。
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