☆いい女☆で行こう!

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つまり人は相対であり、人より先にあるものは絶対だ
 "OUTSIDE" 、世界の知識は、むろん人の存在より先にある、人が存在する以前から世界の知識はある。
なんのこっちゃということなのだが、たとえば 440Hz や 442Hz は人が存在する以前から存在しているということだ、こればナゾの数値を出しているのではない、単に日本のオーケストラではAの音が 440Hz でヨーロッパでは 442Hz という割と一般的な知識を例に出しているだけだ。
人が存在する前から、 440Hz や 442Hz は存在している、それが「ラ」の音であろうがなかろうが存在はしているのだ、当たり前だ、そしてそれをドレミのうち「ラ」にあてがったのは人のする「相対」の都合であり、そもそもの周波数は「絶対」として存在している。
あるいは、 440 なら素因数分解して 2 2 2 5 11 の積と言えるかもしれないが、少なくとも素数は相対でなく絶対として存在している、仮に数が人の発明であるなら数の並びは物理にまったく無関係でなければならないが、素数が人知を超えた周期性を見せて物理現象と重なってくるからには(リーマン予想の問題)、数そのものも人より先に存在しているとみなさないといけない/つまり人由来のものはすべて相対・レイシオゥ(比率)であり、人以前からある存在は絶対・ forms だ。

いったん素数の問題は捨象するとして、たとえば 440Hz と 442Hz なら、後者のほうが「高い」のだが、それを「高い」と見るのは相対的なものであって、あくまで「比較的高い」「比較すると高い」にすぎない、比較しなければそれぞれはそれぞれにおいて絶対的に存在しているのみだ、いわば人以前にさかのぼれば「高い音など存在しない」ということになる。
高い音など存在しないし、善い・悪いなども存在していないのだ、だからこのことを指して聖書は「善悪の知識の実を食った」といい、仏教説では「行識の因果によって輪廻をめぐっている」という。
絶対的な周波数のみが本当は存在しており、ドレミファソラシは本来それぞれに眷属ではない、実際に和音が生じることに人類は目をつけて、そこに相対的比率関係を見出したのだが、その結果、「シンセサイザーが合成する純正調はクソで何も意味もない」という奇妙な事実をわれわれに与えた。
存在に依拠した絶対同士の和音と、比率に依拠した相対の恣意的な和音では、なぜか響いてくるものが違うのだ、もちろんオシロスコープで測れば同じにしか見えないが、われわれが体験するものは違う/何が違うって、そりゃ前者は絶対的なものが響いてくるのであり、後者は相対的なものしか響いてこないのだ、これほど当たり前の話もあるまい。

 "それ" が響くように、おれは相対的に間違ったことばかり言い続けている。

たとえばおれは、「ツタンカーメンはこんにゃくパンチだ」と言うことにしよう、相対的にはこれは間違い倒している、だがもしおれが相対的に正しくなったらどうなる、それはおれがあなたのおっぱいを揉んだときにあなたにクソ体験が起こるということだ、相対的に正しい奴に乳を揉まれるなど、重機関銃でハチの巣にしてやりたいだろう、人類の機関銃は性能がいいので相手はハチの巣どころか肉片になって荒地に砕け散っていくはずだ。
 "それ" が響くように、おれはずっと相対的に間違ったことばかりを言い続けている、そしておれの言うことを相対的に解釈しようとした者から順に、やはり肉片になって砕け散っていくだろう、おれの世界ではあなたは砕け散らないのに、おれをあなたの世間に持って帰ろうとするからあなたが砕け散るのだ、残酷なことをしているのはおれではなくあなただ。
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