☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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言葉は常に "真相" だ
れはまだこの世界を生きているのかと自分で驚く。
おれはまだこの体験の中を生きているのかと自分で驚く。
あるいは正確には、あの体験にはまだまだ続きがあったということなのか、それにしたって驚きだ。
街があり、秋空がある、世界があるのだが、これらはすべて言葉の直接体験から成り立っている/言葉の直接体験は、常に危険であり、だからこそ唯一のものだ。

言葉から意味を抽出して理解・認識することにあまり意味はない。
いや、意味はなくはないが、そうした理解や認識は体験ではないということだ、赤ずきんが狼に食われたことは誰だって理解・認識しているがそれは何の体験でもない。
言葉は常に "真相" なのだ、その真相を無視して意味だけを抽出することは、安全で理解に足りるが物語としては何の意味もない。
 "真相" といって、事件の真相というような安易なものではない、真相は真相なのだ、その人の言葉のありようで、お前は真相に直接接触しているかどうかが明るみに出るだけだ、今やこの現象と感覚は誰にも理解されないだけに、必ず誰にも誤解されるだろう、おれの言っていることが「どうやらわからないらしい」と取り扱うのが一番健全だ。

人は "真相" に平等でない。

われわれが人との関わりで困難を覚えるのはこの点だ、われわれは互いに平等であろうとし、その平等主義は万人が平坦に、「誰も真相に接触はしていない」という状態ならそれなりに成り立つが、ごくまれにこの言葉=真相に到達してしまっている奴がいる、こいつが入ったとたん、人はその点で平等でないということが命題になってしまう/言葉が理解や認識以外のものを決定してしまう、そういう権威を得てしまっている奴がごくまれにいるのだ。
理解や認識以外のもの、それは「問われる必要のないもの」とも言えるし、「疑われる必要のないもの」とも言える、これを否定することですべては安心で平等になり、その代わり世界や街、出来事、物語のすべてを失う/その点で、おれはもうちょっと大切にされればよかったのになと他人事のように思う、おれから離れていった人というのはいない、いるのは真相から離れていった人だけだ。
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