☆いい女☆で行こう!

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関係あるものを買うということは、関係ないものは買わないということだ
暮用で外出したおり、昔から使いあぐねていた商品券があったので、百貨店で何か買うことにしてみた。
久しぶりに、いわゆる「おハイソ」な地域で百貨店に入り、食品売り場など見ていると(食い気ばっかりだな)、物価の感覚に思わず苦笑してしまった、みかんジュースの小瓶が一本600円とか、本マグロの柵が8000円とか、それらは別にぼったくっているわけではないのだろうが、それにしても「おれの知っている飲食の価格じゃない」とおれは笑ってしまった。
とはいえ一方で、おれはショット一杯で数万円するスコッチを飲んだりしていたころがあるし、安物と高級品でいえば、割と高級品が好きなたちだ、それにしてもおれは百貨店で実際に商品券を持て余し、使うつもりだった半額も使えなかった。
「これではまた、手元に商品券を持て余してしまう」と思い、なんとか使い切ろうと店内をうろうろしたのだが、しばらくして「ダメだこりゃ」となってあきらめた、おれにはおれの買い物のルールがあるらしく、それを満たさないかぎりは、資産が何兆円あっても実際にはそれを「買う」ということはないらしい。

わざわざ使い切ろうと店内をウロウロしているのに、時間をかけて「ダメだこりゃ」とあきらめている、この現象は何なのかと考えてみた、「なぜおれはえぐい値段のスコッチを飲むことがあるのに、実にウマそうなメロンを見てもそれを買おうとはまったくしないのだろう」。
それで考えていくと、なるほどなという感触が見つかって、つまりどういうことかというと、スコッチはおれに「関係ある」が、ウマそうなメロンはおれに「関係ない」のだ、だから値段がいくらであっても買えないし、それがどれだけウマいものでもおれは買えない、おれは舌がバカなわけではないので高級品の品質をそれなりにわかるタイプだが、けっきょくおれにとって「よくわかる高級メロンのきわめて洗練された品質」ということは、どれだけわかっても得ても「おれに関係ない」らしい。
おれは万事、高級品のほうが好きなたちだが、そもそも目の前の商品それじたいが「おれに関係ない」場合、価格や品質と無関係に、そもそもが「買う」という検討対象に入らないのだ、だからどれだけ価格が安くて品質が高くてもおれは買わない、ひょっとしたら最高級品が0円でもおれは「要らない」と言うのかもしれない(うーん、実にそういう気がする)。
そういえば昔、マルチ商法が流行っていたときに、おれもそれなりの勧誘を受けたが、「お前に向いている」と力説されて、おれも「たぶんその気になったら向いているだろうな」と答えたのだが、おれは色めき立つ勧誘者に首を傾げ、「何か誤解しているようだが、おれはお前の言っている商売が、ウソだとかインチキだとか言っているのじゃない。おれは、たとえそれで荒稼ぎできるとしても、その荒稼ぎじたいが要らないと言っているんだ。だからさっきから勧誘するだけ無駄だぞ」と言った、勧誘者はおれのことを知ってはいたので、笑いながら、「お前ばバカだ」と、称賛するように言って去っていった。

おれの知る限り、破産する奴は「関係ないもの」を買って破産している。

おれは、貧乏性やケチのやつが、典型的に破産するというか、カネがなくなって追い詰められるのを何度も見てきている、そこには実に一定のパターンがあって、「自分に関係あるものにケチで、けっきょく自分の関係ないものを買う」のだ、男なら漠然と車を買ったり、女なら漠然とアクセサリーを買ったりする/そして肝腎な、当人に関係あるものはけっきょくきっちり買っていないのだ。
今、SNS等で知られるとおり、金持ちが承認欲求的なカネのばらまきをしたりしているが、これもけっきょく「関係ないもの」を買うことしかできないでいて、人としては貧しいほうへ貧しいほうへと転落しているのだ、誰が見てもわかる「この人は豊かではない」という感触がある/たとえ生涯に何千億円と消費しようが、買ったもののすべてが「自分に関係ない」のであれば、その人の財産は空っぽだ、安物のメロンも最高級のメロンも、「自分に関係ない」かぎり、その味がウマかろうがマズかろうが何の意味もないことだ。
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