☆いい女☆で行こう!

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WS報告 of 198th/お金の使い方
198回は「お金の使い方」が語られた。
ところでよくよく見たらもうじき200回だなあ、ここまで一回たりとも同じ回はなかったということを自慢しておこう、毎回「今回は特に新しくてすごかった」と言わしめてきた、それはおれが「前と同じこと」がやれない体質だからしょうがないのだ、さすが芸術家の天才っぷりがハンパねえな。
お金というのは、守ろうとしても守れないものだ、良いように使うことでしか守れない、なぜ守れないかというと、表面上の倹約・節約をしても、水面下で蓄積していく「さびしさコスト」がやがて地表に噴き出て、そのときにすべてのものをガサッと奪っていってしまうからだ。
人は五万円の靴を買ったからといって破滅しないし、100g 58円 のブラジル産鶏肉だけを食べていたからといって救われはしない、けっきょくは高い靴を買おうが安い肉を使おうが、水面下に溜まっていくさびしさコストを打ち砕けなかったら同じことだからだ、のちに人生規模での出費をドカーンとやらかすので、コツコツやってきた節約など「何の意味もなかった」という具合に一撃で困窮に陥れられてしまう。

たとえばこのワークショップは、アホみたいな内容に対してアホみたいなメンバーが参加しており、ふと気づくと金曜日から日曜日までウヘヘヘとやっているうちに、「そういえばもう数か月、週末というものがないですねウヘヘヘ」という状態になる/加えて最近は「〇月の宿題」というネタに各員が熱心だから、週末どころかウィークデーまでワークショップに呑み込まれる事態だ、特にこの数か月で各員は信じられないくらい知性があがった(つまり以前がどれだけバカだったんだという話だな)。
今、オンラインでやっているのでワークショップは実質無料だが、スタジオを借りてやっているときはスタジオ代が掛かる、とはいえわれわれが真に知らなくてはならないのは、「ワークショップに参加していなかったら、お前らは週末に別のことをしているだろ」ということだ、ワークショップに参加していなかったらスタジオ代は掛からないけれど、そのあいだ何か別のことで遊んでいるのでそちらでお金が掛かるのだ、そのことを冷静に差し引きするなら、週末にこのクソボリュームのワークショップに突っ込むことは決定的な「コスト削減」になる。
まして、われわれの人生を砕くことがあるといえば、デパ地下でケーキ買っちゃったとか短距離でタクシー使っちゃったとか、そういう表面上のコストではないのだ、あるとき突然に水面下から噴き出してくる爆発的さびしさコストなのだ、この点でワークショップでも何でもいいが、「あれは本当に面白かった」「あのときのあの時間は本当に何かの命があった」というものがあれば、このさびしさコストを水面下で打ち砕くことができる、そうして命あるものだけがさびしさコストを破壊することができ、さびしさコストが破壊された者のみ、この世界の99.9%のものに対して「本質的に要らない、別に欲しくはない」とはっきり感じることができる、それは欲をガマンしているのではなく、欲そのものに対して「???」になるのだ/「以前はやっきになっていたものが、今ではなぜそんなものを欲しがっていたのか、本当にわからなくなりました」とよく言われる。
「脱サラして、企業して、開店した店が二か月でつぶれて、借金だけが残るというようなこと、これが特殊な例ではなく "よくある話" なんだ」「彼は車を買うお金があったんじゃない、ダブついたお金が彼を許さなかっただけだ、お金があるから "車を買わされた" んだ」「彼はその後、まったく同じノリで、結婚を買わされたし、マンションを買わされた」「ただしそれは彼のさびしさコストをむしろ増大させることになったので、彼はその後……」「つまり彼は、真には車を買えなかったし、真には結婚も買えなかった、家も家庭も買えなかった、つまり彼はお金を使えていなかった」「生を費やして命に替えられなかったならそれはお金を使えなかったってことなんだよ」とおれは話した。

水面下で減価償却が企業を食いつぶしているように、水面下でさびしさコストが人を食いつぶしている/それがあるときの "決算" でいきなり出てくる。

A君が遊び好きで100万円使ったとする、一方でB君は貧困恐怖があったので一銭も使わなかった……このとき表面上の収支はB君の側にプラス100万円の軍配があがるように見えるが、本当にはそうではない、A君が命を得て水面下のさびしさコスト500をついに打破したのに対し、B君がさびしさコストを募らせて500から1000に増大させたとすると、本当の決算はA君がプラス400でB君がマイナス900だ、その差は1300、B君は恐ろしいマイナスとビハインドを抱え込んだことになるが、表面上B君は自分のほうが賢明で強いと思っている、その思い込みはあるときの "決算" まで続き、その決算のときにはもうまったく耐久性がなくなっている。
「脱サラして、起業して、数か月でつぶれて借金が残るというのは、実によくある話なんだ、その話を持ち掛ける専門の、カゴ抜け詐欺野郎だっているんだよ、飲み屋でひとりでやけ酒を飲んでいるとシレッと言いよってくる、そのことには目の利く専門家がいるんだ」「起業して、客は実質ゼロ、借金だけが残ったという定番のパターン、これは経営したとさえ言えないだろう」/「なぜそんなことになったかというと、彼はこれまでずっと、自分が万事に対して "しぶしぶ" お金を使う人だったのさ、だから彼は、豊かに文化的にお金を使う人や、太っ腹に粋にお金を使う人の感覚なんてわからなかった、彼はそうやってお金を使える人とは話が合わず、彼に話が合う人は全員同じ "しぶしぶマン" だったのさ、だから彼が何を経営しようが、彼のところには極端な "しぶしぶマン" しかやってこない……そんなことで経営が成り立つわけないだろう? 結果、彼が自分では賢明だと思っていたしぶしぶ合理主義が、トータルで見ると何ら有利ではなく、彼の致命傷になっていたってことさ、お金について、自分がまともな使い方をしたことがないから、自分にもまともに使ってもらえないんだよ」。
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