☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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肉体は父母から、魂は天才から
あああああ〜 と偉大なるおれさまでも溜息をつきたくなる具合に、違うじゃないか、一般に思われているのと仕組みが違うじゃないか!!
こんなもんそれぞれが個性だの自己実現だの眠たいことを吹き込んできたのが諸悪の根源だ、魂っつーのはそういうふうにはできていない、古くから「身体髪膚これを父母に受く」というように、肉体は父母からで、魂は天才からだ、肉体は父母から遺伝で与えられているが、魂は天才から愛で与えられているのだ。
魂とはなんぞやといって、それは「わたし」だ、「わたし」の "存在" であって現象、つまり "主体性" だ/主体性というといわゆる「自分で」「自分が」という感覚だと思われているが、そんな単純なものではないのだ、主体性こそ実は譲られて与えられている。
肉体は父母から与えられ、魂は天才から与えられるのだ、それが気に入らん奴は自分で天からダウンロードしてこい、肉体と同じく魂だって自分で作れるわけではないので、どこかから引っ張ってくるしかないのだが、そのことに誰の仲介も必要とせず、ダイレクトに天から魂を引っ張ってこられる奴のことを天才という、それで引っ張ってこられなきゃどうなるかといって、周囲を見たらわかるように魂のない空っぽになるのだ、あなたは吾我が膨張しながら主体性は空っぽという人を今すぐでも周囲に見つけられるだろう。

天才というのはただ頭のいい奴のことを言うのではなく、いわば「魂の一次産業」と言っていい、つまり農家が土から作物を引っこ抜いてくるように、また漁師が海から魚介を引っこ抜いてくるように、天から魂を引っこ抜いてくるのだ、そしてわれわれが農家の米を食って漁師の魚を食うように、われわれは天才の取ってきた魂を摂取するのだ/もちろん誰だってそれを自家製でやってみて構わない、自分で米を作ってもいいし魚を獲ってもいいように、天から魂を引っこ抜いてきていい。
だが、なんといっても魂の話だ、「どうやったら引っこ抜いてこられるか」といって、そんなわかりやすい方法論はない、実際には天から愛によって魂をブッこまれてしまうという具合であって、天に向かって祈るようなヒマな小芝居は使用されない/それで、天から愛をブッこんでもらえなかったら、どうなるかというと、たいてい自分に失望するのがイヤだから、代わりのものを仕入れようとするじゃないか、そうしてキッチリ悪霊を自ら取り込むもんだよ、「これでアタシも主体性〜」みたいなつもりになって、真っ黒に呪われて帰ってくるのだ。
主体性・魂を、天才から譲り与えられるといって、そのことにブーブー言わなくていいし、不安がる必要もないのだ、肉体は父母から受けたといっても、それは自分の肉体になるじゃないか、そして農家の米を食ったって漁師の魚を食ったって、そりゃ自分の肉体になるだろう? それと同じように、天才が仕入れてきた魂だって、自分に入れば自分のものになるんだよ、正しくは「あの人」と「自分」がそんなに区分けする必要がなくなるひとつながりの魂になる(もともと魂は個数で存在してねえ)。
何を言っているかわかるか? 現代に通用している一般の感覚では、各人がなんとなく主体性を勝手に持つと想定されていて、誰もが「これがアタシ」みたいなことになれとされているのだが、そんなふうに魂・主体性は得られないのだ、にもかかわらずそういうインチキ自己実現のスタイルを砂糖漬けでアピールしたから、その結果どうなったか/天から直接魂なんか引っこ抜いてこられない人は(当たり前だ!!)、しょうがないから汚らしいマンガを読むしかなくなった、そして魂の授受がないものだから、友人というもの一切に用事がなくなっていった、それで人々は孤立してマンガを読み続け、マンガみたいな体形とマンガみたいな顔面になろうとしている、そこまで完全に行方不明になった、若い人々はふざけてそんなことになったのではなく、真剣に唇を噛みながら生きてそうなったと言える、もともとの仕組みが違ったからこんなことになってしまったというトホホな状況だ。

肉体には感覚があるが、天には感覚がないんだぞ、そんなものどうやって仕入れるんだ。

眼で見てカワイイとか、食べてみてオイシイとか、そんなのはわかる、そんなのは「感覚」だ、肉体の感覚で、研ぎ澄ませばセンスという言われ方をする、それはそれで別にかまわんが、天には感覚が "ない" んだぜ、感覚で接触できないものをお前はどうやって仕入れるつもりなんだ/周知のとおり、おれの作ったメシが、あるいはおれと共にした食事が、ウマすぎて震える奴、ウマすぎて泣いちゃう奴までいるだろう、おれは "感覚にないところを調理" しているんだぞ、おれは感覚にないところを調理してお前の「感覚にないところ」に届けているんだ、頼むからこのわけのわからないことを何かしらの気分や思いやセンスで補えると誤解しないでくれ、ますます話が混乱するから(切実)。
センスセンスと言うけれど、センスの源流って何かわかるか、センスってけっきょく源は「痛み」だぞ、よく「痛い人」「痛い奴」って言うじゃないか、センスある人というのはその痛い人の反対なのだから、いわば「マイナスの痛みがある人」のことだ、そりゃもちろん痛い人よりはマシだとは思うが、実はどちらも同列の対極に位置しているにすぎない、感覚というのは第一に「痛い」なのだ/これまでのすべての文章を見てもらったらわかるように、おれには痛みもセンスもないのだ、痛みもセンスもないもの、つまり「感覚にないものがあるだろ」ということを見せつけるためにこのことを続けている、こんなわけのわからんものをフツー仕入れられるわけがねえぜ、仕入れたって何の感覚もないのにそんなのフツー捉えられねーだろ。
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