☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
目の前の男性について考えるべきこと

つの間にかセックスは暗いものになってしまった(おれのことじゃないぞ)。
昔、「この街に五年住んでいますが、吉野家とマクドナルドにしか行ったことがないです」という人がいた。
そういう人は、自分の住んでいる「場所」を構造的に捉えるイマジネールの能力がないのだ。
そういう人がたとえば湘南に住んでも、湘南というイメージがわかるだけで、「湘南だなぁ」という手ごたえと歓喜は永遠に得ない、そうして自分の触れる対象を「なんとも思わない」という人がいるのだ、しかも現在はそれが主流なのかもしれない。

僕は神戸から離れるとき大いに泣いたし、新小岩から現在の目黒区に移るときも涙が枯れるまで泣いた、自分がコナゴナになるような哀しみに必死で耐えなくてはならなかった。
なぜなら、すべて「僕が生きた場所」だからだ、当時使っていた椅子がボロボロだが今も捨てられずに隣室にある(今はたまに猫の寝場所になっている)。
五年住んでいるが、吉野家とマクドナルドにしか行ったことがないという人は、引っ越すことがあっても涙なんか流さないだろう、それは彼にとって「生きた場所」ではないからだ。
それと同じように、自分の交際相手さえ「共に過ごした人」と構造的に捉えるイマジネールの能力がない人がいる、こういう人とセックスをすると、本当に性器の摩擦に興奮と慰めを得るだけになる。

思い出を抱きしめない人と寝るな。

思い出を抱きしめない人と寝たって、彼はあなたのことも思い出にしないに決まっているのだから、そんな人と寝たってたちまち強烈に虚しくなるに決まっている。
目の前の男性について考えろ、「これまでにこの人に愛された人は幸福だなあ」と胸に来て確信するか、それを確信できない人と愛し合うならあなたのしていることは支離滅裂だ。

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勝手にセックスで盛り上がるなああああ!!
に言うことが逆転するようだが、みんな、セックス以外のことにも少しは興味を持ったらどうかね!!
なぜそんなにセックスのことしか頭にないんだ、餓えているし満たされないし性的自信がクライシスで困り果てているという事情はよくわかるが……
そして、よりにもよって、自分の頭の中がセックスのことでパンパンだからといって、セックスのことを勝手にタブーにするな!! そんなことするから状況がシチ面倒になるんだろ!!
そして断じて申し上げるが、禁断の性欲ヌルヌルで自己解放〜みたいなものがセックスではないし、そんなもん自己解放でもねえよ!! 餓えている自分ベースで知らないセックスを勝手に定義するなあああ!!!

どこで自分をそんな清潔なモンだと思い込んだのか知らないが、たかだかセックスおよびそのことへの妄想ごときを、禁断のタブーみたいにして盛り上がるのは、コンコンチキ、とてもじゃないが子供の独善と杞憂である。
それはつまりアレだろ、家畜をブッ殺して自分のメシにしているという宿業のあたりも、受け止められないタブーみたいな扱いにしてんだろ、それはわかるけどそんな子供みたいなことに勝手に盛り上がるな。
よろしいか!! セックスを禁断の性欲アンド自己解放のタブーなんて思っているのは、はっきり言って痴漢やレイプ犯と同じ発想だぞ、性犯罪者はそこを誤解してハアハアしているから性犯罪者になるのだ。
そんなエキセントリックに心配とか危機感とか覚えなくても、正しく求めて正しく出会えば、何の違和感も不自然さもない祝福のセックスが手に入るよ、僕もあなたも立派なモンじゃないが、セックスもそんな立派なモンじゃないから盛り上がらなくていいの!!

お前の性欲ごときをタブーにするほど、この宇宙が狭いとお思いか。

あなたが内心でセックスにバリバリの関心と危機感と願望があり、そのことにすっかり支配されていることなんて、大人から見りゃミエミエのことで、偽装しているふうのつもりはあなた自信と周辺の子供にしか通用してねえよ、そんな御冗談で話をややこしくするのをやめてね!!
あなたは唐揚げを喰っても「うまい!!」って言わないじゃないか、そのくせ食ってるだろ、あなたが「やりたい!!」って言わないのもそれと同じ仕組みだよ、とにかく勝手にタブーハアハアで盛り上がるな!!
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卑猥さに定義されたあなたに向けて
か測定装置でもつけて実際に調べてもらいたいと思う。
僕は女性の裸身に触れているとき、おそらく心拍数も呼吸数も低下している。
アドレナリン的興奮と反対方向に情動が起こる、脳波を調べればどうせアルファ波とかシータ波とかだろう。
或る女性は僕のことを、「なぜ濡れるのかわからない」と言ってくれた、性的興奮がまるでない物珍しさについて。

これは自慢話をしたいのではなく、僕としてはどうしても重要だと看做さざるをえないレポートを、恥を忍んで申し上げているつもりだ。
誰が好きこのんでこんな恥ずかしい話をするか、だが敢えて科学的にレポートしておく、僕は性的興奮によって女性と交合はしていないし、そういう交合は容易に実在すると報告しておく。
誰か僕をそういう測定装置に掛けてくれ、僕はおそらく、アイドルグループの全員が裸で駆け寄ってきたとしても、性的興奮によって彼女らを眺めることは一切しないだろう。
「なぜ濡れるのかわからない」と言ってくれた、正直なコメントに感謝している、そして僕は「こっちで濡れるのが本来だったとしたら全体どうするんだ」と焦っている。

あなたの身体に、卑猥なところなどありはしない。

僕は猥雑なものや、おぞましいものが苦手なのだ、もしあなたの股間に猥褻物が出現するなら、僕はその途端に走って逃げだすだろう。
「卑猥さに定義されたあなた」にとって、僕は定義に違反する敵対者かもしれない、それなら僕は敵対しつづけよう、あなたがどれだけ僕を睨みつけても、あなたはうつくしいだけで僕にとっては猥褻物では絶対にありえない。
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さびしさとセックス、お気をつけあそばせ

代、人々は全身に穴が空くようなさびしさにおびやかされている。
さびしさは、人間関係の虚無さ、アイデンティティの得られなさ、場所のなさ、イグジスタンスの得られなさに引き起こされていて、かつしがらみと強制性だけが強硬にあることによって加速もされている。
つまり「何も得られないのに、きついことをやらされる」という二重の責苦が人々のこころをさびしさの穴だらけにしている。
さびしさにお気をつけあそばせ、さびしさで自分が穴だらけだったと気づいた人間は、第一にセックスに慰めを求める、そのことはあなたも例外ではない。

さびしさに穴だらけにされると、男性は異様な妄執でセックスを追うし、女性は悪霊に憑かれたように戸締りを忘れる、男女とも歯止めがきかない中にいる。
そうして、さびしさに強迫されてセックスに陥れられたとき、どうなるか? その味わいは甘露に思えながら、全身の臓腑はさらに真っ黒に濡れていっているのだ、本当には何も向き合えていないから。
唯一の慰めが、自分をますます穴だらけにすると知ったとき、なんとかそれを否定する言い訳を探そうとするし、また慰めのセックスは力ずくでどこかへ到って解決を得ようとし、蛮性を強めていく。
こんなおぞましさの構造に取り込まれないために、方法の一つは、さびしさに気づかないようにすることだ、自分が穴だらけだということに気づかないようにすること、けれども当然、こんな方法は破局まで眠って過ごそうとする姑息的手段でしかありえない。

全身が穴だらけなら、風よ全身を吹き抜けろ。

友人のいない世界を歩くことは、そんなに貧しいことだろうか? マンガを読んだり、わたしの人生はどうこうだという言い訳を整えたりすることは、そんなに必要なことだろうか?
あなたを苦しめるさびしさは、実はあなたの敵ではないし、あなたを慰めるセックスは、実はあなたの味方ではない、お気をつけあそばせ。

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肌が合う、合わない2

(感覚の鋭い人ならわかるかもしれない) 相手の身体の上にずーっと手のひらや手の甲を滑らせてみる。
すると、滑らせていく手が、身体のどこかでズンと重くなったり、どこかでスッと軽くなったりする。
相手の身体の重いところに及ぶと、こちらの手も重くなるし、軽いところに及ぶと、こちらの手も軽くなるのだ、一種のセンサー現象みたいなものだ。
ちなみに、ある種の施術ができる人なら、そのズンと重くなるところを、軽いタッチングで軽快させることができたりする、まあそれは専門的な職業をされる方の話。

この「手がズンと重くなる」という現象は、実は男女それぞれの性器にもある。
あなたが彼の身体に手を滑らせていき……手が彼のペニスに重なったときに「ズン」と重くなるようだったら、それは彼のセックスが「重い」という状態だ。
当然女性のヴァギナにもこの現象はある、むしろ女性のヴァギナにこそこの現象は露骨にある、ここの重さ・軽さが異なるとき、男女のセックスは「肌が合わない」ということになる。
いわゆる「相性が合う・合わない」というのも、ほとんどこの現象のことを指している、もちろんこの重い・軽いは変動していくものではあるが、その変動は重大でそう簡単には起こらないし、そう簡単に起こっていてはたまらないものだ。

ヴァギナの重さ・軽さによって、「あなた」という女は変わる。

もちろんヴァギナだけでなく全身がそうなのだが、男女ともに性器の存在は特に性的な自己感覚に直結している、よって性器の重さ・軽さが変われば性的な自分も変わるし、恋人も別の人に変わってしまう。
性器が重いとか軽いとか、なかなか非道な言いようだが、それを承知であえて申し上げている、知っておいて損のないことだし、「いつかのときのため」知っておいたほうがよいことだ、性的な中心である性器に誰も施術なんかできないのだから。

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肌が合う、合わない

間の身体には「重い」「軽い」がある。
ストレスが掛かると「重く」なるし、執着や怨恨があると「重く」なる、あるいは人間は周囲の人と「気を合わせて」暮らしているので、その中でも身体は「重く」なったりする。
若い人間は、身体が重くてもそれをパワーで動かせるのでごまかしが掛かるが、いくらパワーが強くても重い・軽いの本質は変わらない。
そして一般的にいう肌が合う・合わないというのは、この身体の重さ・軽さに大きく重なっている、たとえば身体の軽い女性と身体の重い男性は「肌が合わない」ので交際することはほとんどない、これはもちろん体重のことを言っているのではない。

身体の重い人と軽い人とでは、「肌が合わない」ので、事実上セックスも合わないものだ、実際に「気持ちよくない」「わからない」「痛い」という状態が起こる。
それでも男と女だから、愛し合おうとする意志によって、少々の肌の違いを突破できることはある、そうするとどうなるか。
身体の重い・軽いというそれぞれの状態が干渉しあう、そしてほとんどの場合は男性側から女性側へ身体の状態が輸出される。
男性の身体が女性の身体より軽かったら、セックス後に女性の身体は軽くなるし、男性の身体が女性の身体より重かったら、セックス後に女性の身体は重くなる。

事後に、部屋を飛び出したくなるセックスと、昏々と眠り続けたくなるセックスがある。

どちらがいい、ということではなく、そういう干渉効果が起こる、そして身体の重さ・軽さが違う間柄は、互いに「好き」にはなれても「恋人」にはふつうなれない、なぜなら「肌が合わない」ということによって。
セックスで身体の軽さが輸入されるというのは魅力的な話だが、実際には「肌が合わない」という状態が前面に出るので、事実上セックスは不能になる、それを突破しようとすると特殊な強行の技術が必要な上にダメージを負うリスクもあるので、これは現実的ではない。

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証拠ゼロの相互確認
ぜ僕の話があなたにわかるわけがあるか。
なぜあなたの話が僕にわかるわけがあるか。
わかりあわなくても愛し合えるだろ。
僕があなたを愛していて、あなたが僕を愛していたら、それで済むだろ。

そんなにわかりあっていたら、世界が消えちゃわない?
やることも、どうしたらいいかということも、消えてなくなっちゃわない?
どうして自分のやることを、他人にわかってもらわなくちゃならないの。
孤独になんか、なりようがないよ、愛が起こらないことを責任転嫁するなよ。

愛し合うのは、愛し合っているあいだ。

どうだ、きれいだろう。
愛し合うってことは、証拠ゼロの相互確認、確かめてないものがビンビンいっちゃう、すさまじいもんだね。
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love letter to my girl
イ・ガール、大切な秘密を教えてあげる、世の中には人々に知られないところで、熱いラブレターを届け合っている二人がいるの、たとえそれが電子メールであったとしても。
マイ・ガール、あなたの知っているとおり、それを授受する権利は特別のもの、それは愛の深さではなく秘密の深さによっている。
誰だって愛は深いもの、それは当然そう、でもそれ以上のものは秘密にやりとりされている、夜な夜な、マイ・ガール、誰かが秘密をむさぼりあっている。
愛は公然でも、ラブレターは秘密だ、誰かが誰かにこんなお熱いことを言うなんて、知られたら誰だって外国へ高飛びしたくなってしまう。

マイ・ガール、だから秘密の関係を。
マイ・ガール、上ずった声ではなく、秘密の声を、その取り返しのつかない声を、ふさわしき誰かに向けて。
多くのことを学び、なるべく問題を解決し、マイ・ガール、すべては誰かと秘密を持つため、深い深い花園へゆくため。
汚れた街角で、健全さを主張する活動はさておき、正当性より秘密性がものを言う、僕はそのとき耳元でありったけの積乱雲を吐きだしてみせよう。

指先から、秘密のラブレター。

マイ・ガール、あなたを誤解させるぐらいなら、僕が恥を掻いたほうがましだ、いつだって笑ってくれ、やがて僕が力尽きたらあなたはまたふさわしい誰かを見つけるだろう。
それでいいんだ、届かなくても、それが僕のラブレター、あなたを苦しませるような奇跡なら僕は要らない。
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祝福はエッチな女の子

ッチな女の子というのはとてもすてきだ。
が、たまにそこを誤解している人があって、なぜか見当の違う「性欲とエロス願望を自慢してくる」という人がある。
誤解しているのだが、性欲とエロス願望は誰にでもあるのだ……それは何一つ自慢にならない。
そして、性欲とエロス願望に相反して、清楚願望もあるのだが、これも誰にでもあるのだ、それもやはり何一つ自慢にもならない。

男性でも同じだ、きっと「エッチな男の人」というのは女性から見て悪くない存在に違いない。
が、たいていの男性は残念ながら、性欲とエロス願望、そしてときどき主張する清楚願望しか自慢してこないだろう。
「エッチな男の人」は悪くないものだろうが、「性欲とエロス願望をなぜか自慢して、ときどき清楚願望で駄々をこねる男の人」なんて女性から見て目も当てられない存在に違いない。
シンプルな話、「エッチな男の人」は数少なく、同程度に「エッチな女の子」も数少ないのだ、エッチな女の子はすてきで貴重な存在と言える、実にすばらしい。

エッチな女の子になれなかった場合、それは一定の不幸と言うしかない。

もちろんそれだけですべてが決まるわけではないが、どうせなら「エッチな女の子」の時間があったほうが青春は堂々としてまぶしいし、男だって「エッチな男の人」になれたらかなりの幸福だ。
だがそういった幸福はたいてい限られた人のみが手にする特権的なもので、凡人はせめて欺瞞せずにうつくしいものを祝福するしかない、誰だって本当はエッチな女の子/男の人になりたかった。

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八月のアイスティー
「親が」というと、まず暗い話に聞こえる。
親子というシステムがとっくに破綻していることの証拠だ。
「今週は土曜日も仕事だ」と、明るく言う人はほとんどない。
「こないだ、カレに話聞いたんだけど」というと、たいていその「話」はロクでもない暗い内容のものだ。

「先週、ある人とセックスして」という話も、まず暗い話として聞こえる。
何もかもを誤解している、こんな状態で何をどう工夫してみても全てが無理だ。
「親が最近忙しくて、ほとんど行方不明らしい」「土曜日もみんなで仕事やっちまおうって話になって」「あいつに話聞くと、もうジッとしていられなくなってな」「先週、あの人と寝たけど、あの夜はもう何もかもうつくしくてね」。
現状、暗いものがあるのはしょうがないけれど、そんなの信じていたら阿呆だぞ、暗いものがあなたのお好みというだけで、本当はそれ自体が暗いというわけではまったくない。

セックスを暗いものだと思っている。

セックスを暗いものだと思い、人間関係を暗いものだと取り扱い、仕事を暗いものとして努力し、家族を暗いものとして順応する。
暗く生きるのは個人の自由だが、生きるのが暗いことだと誤解されては近所迷惑だ、憂鬱合戦がそんなに肌に合うか? 僕はセックスなんて八月のアイスティーのように穢れなく明るいものだと思っているけれども。
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女の人の敏感さ
の人は敏感でいつもとんでもない反応をする。
ほんのわずかこちらが構えを変えただけでも……バレないようにそうしたはずがただちに「あっ」と反応されてしまう。
「わたし今どうなってる?」とほほえんで訊かれたことがあった。
女の人によくあることは、そうして全身が人間の感触に敏感でありながら、その全身に起こっていることを自分では把握しきれないということだ、僕は耳打ちをして彼女に彼女の身体の現状をこっそり教えた。

女の人はただやさしくしてくれる男のことが好きなのかもしれない。
だから僕の経験上、僕が少しずつ男としてまともになるにつれて、何をどう口説かなくても、向こうから僕を好きになってくれた。
女の人の身体は頑丈でなく、またリスクも背負いながら生きている、それゆえだろう、その敏感さは男のものとは性能が違う。
「あなたには何をされても大丈夫なの」と言ってもらえることがあり、ほとんど僕などはそう言ってもらえるために生きているようなものだ。

女性の身体は天才だ。

問題は、その身体の持ち主が、その身体の天才にどこまでついていけるかだ、たいてい身体の天才が告げてくるいちいちの真実は生活上で都合が悪い。
僕がほんのわずか……本当にほんのわずか、何かを"やる"、すると女性は本当にただちに反応する、「こんなに敏感なの?」と僕はいつも驚嘆させられている。
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やさしくされちゃみだら
般に女性の身体は性的に興奮すると「濡れる」と思われている。
確かにそういう側面もあるし、間違いではなかろうが、これは正確ではない。
実際には、たとえば女性の肘から指先にかけてを、そっと持ってスイッと動かしてやるだけでも、女性の身体は性的に濡れ始める。
一般に性的な接触というと、「愛撫」、つまり「触れる」ということしか知られていないが、実際には「動かす」ということも大きく影響する、動かし方がヘタだと女性は性的に高まってゆかない。

つまり女性の手を持って左右に動かすだけでも女性は感じ始め、濡れるという状態になってくるのだが、このことには注意が必要だ。
この「動かす」は、とんでもなく「やさしく」動かさなくてはならないのだ、それは一般に思われている「やさしく」というのとは次元が違う。
「やさしく」といっても、遅くチンタラしていたのでは、余計に力んでしまい逆効果になる、だからある程度スイッスイッと素早く動かさなくてはならない(それでいて完全に「やさしく」ないといけない)。
スポーツをしている女性や、活動的に生きている女性などは、しばしば自前の「力み」が身体に入り込んでおり、動かそうにも女性の身体側の事情で「動かせない」場合がある、こういう女性はたいていセックスが「痛い」ということで悩んでいる。

慣れた泥棒のように、物音を立てない。

泥棒がタンスの引き出しを開けるとき、どうする? チンタラしていられない、かといって物音を立てるわけにもいかない、そこで必然的に「やさしく」「ササッと身を寄せ」「スイッと物音のない」動作が出現する。
コソー……っとしていたのでは、手際が悪すぎる、かといって「ミシッ」と軋む物音がしたら泥棒はオワリだ、男性が女性の脚をスーと開かせる動作は、慣れた泥棒が書斎の襖を開けるときの丁寧さによく似ている。
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性愛のなぶりごろし
まり説明したくないが、性愛はなぶりごろしに似ている。
なぶりごろしとはどういうものかというと……最近はひどいことに、動画で検索できるようになってしまった(検索しなくていい)。
とにかく、男は女を抱くわけだし、サッと終わってくれるものでもないので、なぶりごろしにたいへん似通う。
もちろんそれは、「そこまでやれば」の話に過ぎないから、ふつうはそこまでしなくていい、そこまでしないと女性は満足しないが、別にそのことに万人が満足しなくてはならないわけではない。

性愛については、せいぜい、わかったふりをしないことだと思う。
よく言われる、「愛を確かめ合う」というようなことは、単にその場しのぎのうまい言い方にすぎない、真に受けるようなことではない。
人々は"一般的"に、性愛に強いこだわりを持っているのだが、強いこだわりを持っているわりに、その行為が「何なの?」と訊かれると、まともに答えることができない。
今も世界中で、敵をサッと殺すのではなく、なぶりごろすということが行われていると思うが、なぜそんなことをするのかというわけのわからなさと、性愛は似ている。

わけがわからないのに、「なぶりころされたい?」という口説き方だけ通用する。

なぜかわからないが、女性もそのとき、「うん、せっかくなら」と答える、性愛は夜のあちこちで密かに不穏だ。
性愛はなぶりごろしで、女性は悲鳴をあげたい、だからこそ女性は、男性をよく選んでね。
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体目当て
ぜだかわからないが、男性が芸術その他、何かを「創り出す」には、膨大なエロスのエネルギーが必要だ。
女性の場合はどうなのだろう? こればっかりはわからないし、聞いたこともないのでよくわからないし、まあ興味もない。
エロスのエネルギーというのは、エロ本を眺めて済むものではない、それは逆で、エロ本はむしろエロスを低下させるものでしかない。
エロスのエネルギーのためには、とにかく女の、できれば裸の胴体を、そばに置かねばならないのだ、だから必要なのはあなたの意見じゃなく身体だ、それでいつも体目当てばっかりでごめんね。

体目当てといって、誤解があってはならないのだが、それはあなたの身体に射精を済ませたいということではない。
射精の欲求とは違うのだ、射精だけならオナニーで済む、そうではなくて「女の身体」なのだ、何か知らんがとにかくそれが「要る」ということだけがわかるのである。
もちろんそれで交合して射精しないのはカッコ悪いから、ちゃんとしたほうがいいと思うが、どうも本質はそこではない、性器は本質だが射精は本質ではない。
何の話かというと、つまりあなたが一肌脱ぐだけで、あなたはおれに何かを創らせることができるのだという、これはあなたに何のトクもない話をしているのだった。

あなたが数時間、僕の犠牲になってくれれば。

たぶん史上最低の口説き方だと思うが、少なくともウソはついていない……ということでカバーできるような内容じゃないなこれは、史上最低で申し訳ない。
でも僕みたいな奴に、「愛を深め合いたい」とか言われるより、「犠牲になってくれ」と言われるほうがわかりやすくてまだマシだろ、断られるのはわかっている、むしろ受けてくれたらびっくりするわな。
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陽気な秘密のlady
もフタもない話をするけれども……あなたの身体にはそれこそフタもないヴァギナの器官がついていて。
そこに殿方の、たとえば指先を受け入れて、途端にあなたは間違ったほうを選択する。
セクシャルなキモチ、エロティックなキモチ、頼りなげな眼差しになってという、これらの全ては間違いなのだ。
そうではなくて、照れくさいけれど「アイラブユー」、あなたのこと愛しているのがバレちゃうわという、陽気なものが噴きだすんだ、淫靡になるのはまるで間違い。

つまりあなたはなんだかんだ、エロマンガみたいなものに浸されてきただろう? それが間違いのオオモト。
ヴァギナに侵入を許した途端、そこに陽気な秘密のladyが出現するの、照れくさく陽気な「アイラブユー」、それが正解。
さて問題です、世の中でセクシャリティにつき、最もシリアスで真面目で真剣で、かつ激しい興奮を秘めているのは誰だ?
このとんでもない発見に、あなたはこれまでのすべてをやめちゃって、季節柄デニムフレアスカートを穿きladyの準備をするように。

セクシャリティに、シリアスと淫靡、そりゃつまり「痴漢」の精神だ。

だってそうだろ? 痴漢ほどそのことに必死で、シリアスで、淫靡なムードたっぷり、エロマンガみたいな存在は世の中にない、アレってやっている本人は大真面目なんだぞ、人生の大リスクをかけて痴漢をしているんだから。
痴漢ならしょうがない、ヴァギナに侵入を許したとき、そりゃ陽気な「アイラブユー」になるわけないな、でもなぜかみんなしてその痴漢の風情が大好きだ、僕は痴漢が「解放されている」とはまったく思わないけれど。
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不穏の洪水3
くの人はオナニーぐせがついている。
セックスというのは断じて「性感に耽る」ということではない。
オナニーはもちろん性感に耽るものだ、だからこのクセがセックスに出る。
セックスにおける官能とは、ペニスとヴァギナの摩擦ではない、それは副産物に過ぎず、ただのオナニー青年の夢だ。

セックスしようとすると、男は不穏な気配になり、女もベッドに寝転ばされて不穏な感じになる。
この「不穏」はもう本当にやめよう、申し訳ないがどれだけ必死なつもりでもオナニー青年とオナニー女には何の文学性もない。
正しくセックスができるように教育する方法もあるが、さすがにそんなことをする気にはなれない、誰かいい人を見つけるしかない。
ベッドに寝転んで「正常位」とか、それってただの「体勢」でしかないぞ、そのままペニスをヴァギナに突っ込んだからって何がいいことになるんだ、そんなわけないに決まっているだろ。

ボールをぶつけあうのがドッジボールじゃない、ボールをよけあうのがドッジボールだ。

だってそうだろ、よくよく考えてみろ、「ぶつけあう」なら突っ立っていればいいじゃないか、突っ立っているほうが「ぶつけあう」はガンガン成り立つだろう。
オナニーぐせのついている人は、その「突っ立っている」という状態でベッドに寝転んでいる、それじゃ動く理由がないだろうし、そうして性感に耽ろうという体勢を取り合うのがセックスではまるでないよ、やることを丸ごと誤解している。
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セックスに必要な二つの「合意」
性が「苦しまない」セックスをするためには、合意を得るべき二つの関門がある。
一つには、自己の所有する「ヴァギナ」に合意すること、もう一つには、男性のする「射精」に合意することだ。
「ヴァギナ」について合意するには、自己の所有しているそれがどういうものなのか、女性はマスターベーションをして「親しむ」ほうがいい。
「射精」について合意するには、彼と裸で抱き合ったまま、彼に自分でしてもらって、あなたの手のひらに「射精」してもらうといい、それだけで大きく解決することはよくある。

胴体=こころの体験として、ゴムつきとはいえヴァギナに射精を受け止めるのは、現代の生活様式においてはショックが大きすぎるのだ。
二つの合意をしないまま強がってセックスだけしても、それは体験として激しすぎて受け止めきられず、「ワーッとなる」「正直あそこが痛い」という結果にしかなってくれない。
あなたと彼が裸で抱き合い、彼にマスターベーションをしてもらって、その間あなたは彼をずっと抱きしめキスでもしてあげていればいい。
彼が次第に射精に向けて高まっていくとき、あなたの胴体の内に彼のことを「抱きしめたい」「受け止めるべき」というこころが熱く起こってくる場合がある、それが「射精への合意」だ、これが得られないうちセックスは女性にとってわけがわからないものだ。

彼があなたの手のひらに射精したとき、あなたは彼に「ありがとう」と言うかもしれない。

セックスに強い嫌悪感を持っていた女性でも、抱き合ったまま手のひらに射精を受け止めた瞬間、何かが「わかった」となって、その行為を尊ぶこころに目覚めることがよくある。
また、十分にセックスの経験がある女性でも、一度はそうして手のひらに射精を受けてみたらいい、それでセックス観が大きく変わり「救われる」というのはよくあることだ。
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ペロペロはハミガキの反対
なたがペロペロしてあげると彼が気持ちいいわけだ。
まるでアホみたいなのだが、この「アホみたいなこと」がミソだ。
彼氏彼女といったって、必ずしもそういう関係でなくてもいいのだけれどね。
ただ重要なことが一つだけある、男の人は女の人にペロペロされると気持ちいいのだ、このアホみたいなことを「愛」なんて捉えてはいけない、「アホみたいなこと」のまま留めておくんだ。

そこに思いがけない人間の傲慢さが出てくる。
ペロペロしてあげて彼が気持ちいいとかいう「アホみたい」なことが、自分に馴染まないという場合、そりゃ自分が賢いと勝手に思い込んでいるのだ。
ペロペロしてあげて彼が気持ちいいという「アホみたい」なことに、冷淡になっているのは真のアホだし、かといって興奮するのはさらに悪質なアホだ。
ペロペロされて気持ちいい場合、彼は「あっやべえ」あなたは「そう? うふふ」だけでいいんだ、それが何なのかと問われたら、しれっと「遊び上手」と答えればいい。

口唇がマジメに使われる機会はハミガキのときだけだ。

だいたいのバカチンはこれを逆にする、ペロペロのときに真面目になりハミガキのときに不真面目になる。
ペロペロ上手になりましょう、なんて難しい話をしているんじゃないよ、あなたはただ自分の口唇に「わたしの口唇ってハミガキするしか使い方がないの?」と問いかけてやればいいんだ。
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冷たいおしぼり
ダルトビデオに映っているのは、セックスではなく「撮影」だ。
戦争映画に映っているのは戦争でもなければ戦場でもないことのようにだ。
どうもアダルトビデオは人々のセックスの教本になっているような気がする。
兵士は戦争映画を教本にして戦場に赴いてよいだろうか? そんなもの早速死んで終わりになるだろう。

アダルトビデオでは、ペニスを挿入したとき男優さんは「有頂天」になり、女優さんは気持ちよくて「叫喚」するというふうに見える。
が、実際にはそんなことはまるでない、もちろんアダルトビデオのやることをそのままをやれば別だけれども。
アダルトビデオそのままの、「有頂天」と「叫喚」をやった場合、それはセックスではないし、それを繰り返しても経験豊富にはならない。
アダルトビデオは「興奮」を目指して作られているのだ、なぜならそれは自慰を促す用途に工夫されているものだから、でもだからこそますますセックスの教本ではないな。

アダルトビデオよりはまだ「接客」のほうがセックスに近い。

「いらっしゃいませ」と快活な女の子がいる、テキパキしていながら騒がしくない、ああした動き回りのほうがまだセックスに近い。
そして興奮して接客するウェイトレスさんはいない、アダルトビデオは淫靡でなければ売れないだろうがあなたのするセックスはまったく淫靡でなくていいのだ、あなたのするセックスは冷たいおしぼりみたいに気持ちよくていい。
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セックスは女性を傷つけてする
ックスは女性を傷つけてするものだ。
なぜなら男女は性器周辺においてその「胴体」の形状が異なるからだ。
形状が異なる以上、性器周辺の胴体は「つながる」という現象を起こせず、互いに傷つけあわざるを得ない。
まったく意外なことかもしれないが、挿入においていわゆる「つながったね」「ひとつになれたね」と感想が出るのはあくまで精神的な感想であって、胴体=こころの本当の事象を言い当てているものではない。

セックスは女性を傷つけてするものだ。
だからこそ、やさしさの問題になるのだ、「女性を傷つけていい」とオッサンが興奮する幕じゃない。
セックスが完成の形に至ると、その女性を傷つけてする行為が、逆に女性に「傷つくのが不可能」という特別な状態を与える。
そのことは、今ここで短く説明できるものではないが、ただセックスというのはそれだけ奥行きがあるのだ、残念ながらほとんどの場合は精神的な納得にすり替えて本当のことをごまかすしかないのが実情だとしても。

セックスは女性を傷つける、ただし女が「本領発揮」に至れば話は別。

そのとき女性は「女」として、殺そうとしても殺せない特殊な「自然体」に到達する、そういうことが本当にある。
だからこそ、乱暴にしてはいけないし、かといって臆病にしてもだめなのだ、99%は不可能な話だが、1%は本当にそうしたことが本当に起こるので、そのために男性は女性を身をもって励まさないといけない。
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