☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
「やさしさ」を実現する方法
や猫は、飼い主にいじめられるとすぐ神経症になる。
神経症になった犬や猫は、穏やかでなくなる。
穏やかでなくなった動物は、興奮していきりたったり、反転して自失状態になったりして、生産性を失う。
現代はそういう時代だと思う、お互いにいじめあって、お互いに生産性を失っている。

この時代において特に、「やさしさ」とは、相対的な「性質」ではなく、ただ独立してある「要素」だ。
この時代において特に、「やさしさ」とは、絶対的なバカが持つものだと思う、周りの状況がわかっていないバカが絶対的な「やさしさ」を振るう。
この時代に「やさしさ」をやろうというのは、「バカ」をやろうとすることとほとんど同義だ、だからこそそれは困難なことで、人は賢くはなれてもなかなかバカにはなれない。
しかし、「やさしさ」を実現する方法はこの現代にもあるということだ。

だから僕は、なるべく人の話を聴かない。

穏やかでなくなった人の話を聴いてどうするの、そこに生産性がありえないことはすでに脊椎動物のレベルで決定されている。
人の話なんか聴かなくても、この世界は消えない。
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I am an art man.
らびれた街路樹に、わたしは悪い夢で見た血の結晶の名残を見る、だがそれはもう過ぎたことだ。
今は"OPEN"のレッドサイン……朱色のネオンサインだ、麦わら帽をかぶって派手にいくぜ。
わたしはありとあらゆる過去を持たない、ここは中目黒、押し入れの秘密(なんでも バレなきゃ 悪じゃない)。
わたしの知らない土曜日の夜、この街はすべて二十四時間の営業をする、すべてがフリイイイイイマーケットになるのだ。

I am an art man, アドレスを教えろ、われわれの現在地を。
I am an art man, 流線型の女体、鼠径部、寝転んだ肌に陰部はない。
I am an art man, 感性はない、繰り返す、感性はない……
I am an art man, すべては笑うために、真実に恥を掻かせろ。

東京十分、これ以上の街はない。

何しろ皇居、ヨコハマ、湘南の海までつながっている、横須賀の火薬、嵐の雲が丹沢の風に流されてゆく。
きみの茶色い艶々の髪、きみは感性がないからうつくしい、生きた眼球が罪のように夜を捉えている。
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カミサマを見ちゃった(夢の中だからいいだろ)

ミサマを見ちゃったぜ!! まあ夢の中だからかまわんだろう。
――ある日、青空は巨大で、わたしを畏怖させている、ところどころの薄雲が建築物めいて圧巻だった/わたしは友人らと戯れに空を見上げている。
地上にも仏像はあるのだ、しかし、見上げるところ遥かに霞んだ青空とも宇宙ともつかない向こうに、円陣を為して端座し、吾らを見下ろしている白い砂糖菓子のような何かがある/その横にはひとつ巨体の砂糖菓子もある。
「あれは本当にカミサマじゃないか」、それはありがたいというより、偉大すぎて"カッコよすぎ"て、吾らは震えあがる/しかもよく見れば砂糖菓子に見えるカミサマはそれだけじゃなく、実は巨大な青空の一面にひしめいている……

目覚めてわたしは夢うつつに大量の涙を流していた、わたしは同じような感触の夢をこれまでに見たことがあり、また夢でない似たような景色もきっとどこかで見たことがある。
おかしいな、僕は昨夜まで、PS4の「ブラッドボーン」をクリアして、ガスコイン神父を内蔵ブッコ抜き攻撃でメタメタに殺していたんだが……一日のバリエーションが利きすぎだろ!
夢の中で見るかぎり、カミサマに関する情報はいわゆる「マンダラ絵」の形状を取るのは間違いないようだ、確かによく見ると青空の一面に端座する砂糖菓子たちのマンダラ構造があった。
しかしカミサマの夢を見ようが、「ブラッドボーン」のウデマエはやりこみ勢とは比較にならず、動画を観てそのウデマエの違いに愕然とするのだった、なんでみんなそんな簡単にパリィ取れるんだよ、僕は割とヒイヒイ言いながらクリアしたんだがな。

カミサマは、なくては困るが、生活の役には立たん、遠すぎるから。

夢の中で見る限り、カミサマは超カッコイイものだったが、だからといっておれが暮らすのに直接役には立たんわな、何しろそれは遥かに遠すぎる、「遠すぎて役には立たん」と確かに思ったのだ/そもそもカミサマを役立てようという発想がどうかしている。
大昔からゲーム少年として育ってきた僕が、現代のゲームやりこみ勢に大きく後れを取っていることについて、「こんなことでいいのか」と忸怩たる思いがするのだった、人間が生きているというのはどちらかというとこっちだ。

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ヘンな僕から、ヘンではないあなたへ
から僕の言うことを真に受けないこと。
あなたは、ヘンではないし、間違ってもいない。
だが、それがいまいちうまくないのだ、あなたはヘンであるべきだし、間違ってもいるべきだ。
ヘンなことをしなさい、そして間違ったことをしろ、雑誌を冷蔵庫にしまえ、使うアテがないがすごく切れそうなハサミを購入しろ。

あなたが友人宅に行って、冷蔵庫を開けたとする、あなたは「な、なんで冷蔵庫に雑誌が入ってんの?」。
彼答えて曰く、「本棚がないし、ジャマだったから」と、このことに何の問題がある、このことのどこに退廃がある?
彼がハサミを買ってきて、「何に使うの?」、「め、めっちゃ切れそうだったので……」このことに何の問題がある、このことの何が不道徳なのか。
僕の言うことを真に受けるな、しかし、真に受けていないにもかかわらず、あなたは言われたとおりのことをやってもいい、真に受けていないことをしてはいけないというルールはどこにもない。

雑誌を冷蔵庫にしまえない男に、スカートをめくられると、腹が立つ。

ヘンなことができないという抑圧的な人間が、そのときだけ鼻息を荒くしてスカートをめくられると、腹が立つのだ、ふだんは思うがままに生きていないのに、そのときだけ思うがままふうに振る舞うのをやめよ。
やるつもりのないサーフボードを急に自作し始めて夢中になる男がいたとき、あなたはその男に「肩をもんでくれ」と言われても腹が立たない、どれだけ表面上はヘンでも、彼がこころのままに生きていることはしっかり伝わってくるからだ。
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永遠のササイコー
遠のササイコーでなくてはならない、サイコーの上位、永遠に流入してカラフルな星印にまみれたやつ。
こんなことを言うといかにもヤバイ奴に見えるしかないが、そうではないのだ、僕は鉄腕DASHを毎週録画するぐらいには健全な人物だ。
永遠のササイコーはいい、というよりこれしかない、ロリポップアメにスイートジャム、それは恋あいに関係ないが、そもそも恋あいに期待するほうがおかしい(注:読み飛ばしていい)。
恋あいとセックスは、サイコーでなくてはならないが、恋あいとセックスなしでもサイコーでなくてはならない、そりゃそうだろ、恋あいとセックスでみじめさを救済しようというのは厚かましすぎるだろう。

永遠のササイコー、このポップさのよろこびを見よ、そこには太ゴチックが……あるのだが、よく考えたら文字はどこにもなかったな。
それは芳醇なのだが、あんがい奥行きのないノッペラボーも芳醇ということで、そういえばそういう絵画もあるな(ピカソの絵には奥行きがない)。
永遠のササイコーというのはつまり、これまでの「サイコー」は、もういいじゃんということなのだ、よく知ってるサイコーとか、イメージしやすいサイコーとか、イメージするだけで疲れるじゃん。
「なんでだよ」と思うときが、逆にいつも正しかったりするが、そうかつまり、サイコーは認識可能だがササイコーは認識不能なのだ、ササイコーはサイコーの上位でありながら同時に「なんでだよ、まったくサイコーじゃないだろ」という性質も持っている。

PLEASE NO GOOD

永遠のササイコーは、逆に「一時的」だ、つまり「あのときね」という永遠である、あのときの永遠を引きずってきたらそりゃ使いまわしの遺物にならぁ、一時的なものを恐れるなかれ。
この世界には、"GOODなもの"というモノは存在しないのである、なぜならGOODと評定された時点ですでにモノでもなければブツでもないからだ/永遠のササイコー、あのときかぎりのササイコー。
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某日難儀

あもう、難儀するぜ!!
創るというのはなぜこうもややこしいのだ。
僕は天才なので、つまり、僕が僕のチョイチョイによって創作しているのではないので、自分ではそう都合よく操作できないのだ。
かといって操作しないと永遠に何も始まらんしな、ここまでヤバいところに接続してまだ足りんか。

何事でもそうだが、ちゃんとできるとき、およびうまくできるときは、本当に何が何なのかわけがわからん。
比べて、入念にベストの状態を作っていっても、本当に何にもならないしな!!
唯一の手掛かりは、「創る」ということだ、ここにわずかでも「創る技術」が混入すると、もう天才的なアリャリャは発生してくれない。
天地創造とか言うけれど、そりゃカミサマなんだから創るでしょうよ、「カミサマ」と「創る」のあいだには1ナノのスキマもない、「カミサマ」と「創る」は同じなんだから、そりゃカミサマっていえば創ってんだよ。

天が天才なのであって、おれは「邪魔」だ。

邪悪な魔物であるおれに何ができるかって、そりゃジャマしかできんよ、ジャマさえなけりゃ天才なのに、その天才を厳密に求められるとボクにも限界がですね……
とにかく難儀している、おれがGoodなときはだいたい天才的にはNo goodなんだ、じゃあつまりおれが発生する前にやるしかない、やっぱりアレしかないのだ(「アレ」が何なのかは面倒なので説明しない)。

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メモリ増設した!!
はは、これまで4GBだったメインメモリに8GBメモリを増設して12GBにしたぜ! キングストン社のメモリで七千円弱した。
元からあるメモリとメーカーごと違うのでむろんデュアルでは動かないが、あんまり関係ないっぽいな、シングル動作で十分だ。
これでcore i5の本来のCPUパワーも発揮されるであろう、最近は複数窓であっさりフリーズするようになっていて、「今どきフリーズとか……」と落ち込んでいたのだ、しかし今メモリ三倍で快適サクサクとなり気分の好いことこの上ない。
ところで、ずっと前にも思ったことだが、マザーボードに増設メモリを差し込むとして、なぜその差し込み口はあんなにキチキチで「力任せ」なのだ、これだけハイテク製品なのだからメカ(物理機構)も快適にしてくれよ、なぜか何年経ってもメカの部分は「電子工作」のままだなオイ。

メモリを増設するときは、まず「CPU-Z(CPUID)」という無料アプリを入れるのだ、そして現在使っているメモリの「タイプ」を調べる、この作業は必須なので省略不可能となる。
で、「タイプ」の何を調べるかというと、「DDR3とかDDR4とか」を調べ、次に「PC3-12800」とかを調べる(鵜呑みにしろ)/で、これらのタイプについて、「現在刺さっているメモリと同じタイプのもの」を買ったほうがいい、それ以上のことはマニアックすぎて専門的な奴にしかわからん。
DIMMというタイプ表記があるが、これはふつう個人用のタワーデスクトップなら「DIMM」で、ノートパソコンなら「S.O.DIMM」というのを選ばないといけない、これは大きさが違うのでタイプが違うとマザーボードに刺さらないのでどうしようもない(スリム型デスクトップはどっちか怪しい)。
とにかくまあ、「CPU-Z(CPUID)で、今刺さっているメモリを調べて、それと同じ『タイプ』のものを選ぶしかない、デュアルで動くとかは初めから諦めろ」ということになる/うーん、メモリ増設という誰でもやりたがりそうなことが、ややこしい上に前近代的すぎるよな、なんとかしろビルゲイツ。

DDR( )、(DIMM or S.O.DIMM)、PC( )-(     )、←この空欄を埋めたらメモリ増設ができます。

なんでこんな話をしているかというと、単に書斎のPCが快適になって気分がよいからであった、その他の含みはまったくない。
こうして快適になったPCをよろこび、タスクマネージャーからそのパフォーマンス性能の表示を眺めていると、「あ、ハードディスクが遅いな」と気づき、次はHDDをSSDに換装したくなるというどーでもいい欲求がムクムクと起こってくるのであった、こういうのってやりだしたらキリがないわな。
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温泉

「電車で、日帰りで」ということに限定すると、箱根湯本が圧倒的に有利だ、湯量と立地をここまで兼ね備えている温泉地は他にない、いっそ「ずるい」と言いたくなるほどだ。
関西なら有馬や城之崎が温泉として有名だが、これらはそこまでの「湯量」そのものを誇るものではない/というよりもはっきりとした「湯量」を誇る温泉郷は実はそんなに数多くない。
湯量で言うと、やはり草津はずば抜けている、馬鹿げた湯量が自噴している(見りゃわかる)、関東で湯量そのものを味わいたければ草津か那須か箱根か、強いていえば伊豆というところだろう。
湯量では別府と奥飛騨もずば抜けているはずだが、まだ行ったことがないので僕は知らない、どうしても大きな自噴は僻地にある、草津だってほとんど伊香保からさらに小旅行に出るぐらいの距離だ(だが強引に日帰りで行く)。

若い人は、箱根か草津か伊香保あたりがエンジョイしやすいだろう、伊豆あたりは付属する「街」が渋すぎるので海で遊ばないかぎりはエンジョイしづらいはず/那須方面へは「キャンプ旅行」のつもりでどうぞ(あと伊香保は閑散期は本当に閑散としているので注意)。
あるいは、温泉郷全体としての湯量は大きくなくても、箱根から山を上がったところの強羅とか、鳥取の三朝温泉とか、水上の宝川温泉とか、富山の小川温泉とか、ピンポイントで名湯が湧いているところを狙う方法もある。
ピンポイントといって、秋田の玉川温泉などは、本当に塩酸の風呂で湯治に使うような湯だから、名物といってあまり遊びにいくようなところではない(見物するだけでビビるぐらいの塩酸湯が湧いてはいるから面白くはあるが)。
箱根の周辺には、伊豆、熱海、石和、湯河原、奥湯河原と無数の温泉郷があるのだが、どこもチャラくは遊びづらいので、みんな諦めて箱根湯本で遊んでおいでと、僕は勧めるしかないのだった、けっきょくロマンスカー最強なんですよ。

僕は温泉に詳しいわけではない。

ただ自分の得てきた体験について話しているだけだ/しかし詳しくないにしても、いいかげん掛け流しか循環かは、湯に触れた瞬間にわかる、そりゃ誰だってそうなる。
僕が勧めたいのはいつも、何かに詳しくなることではなくて、たくさん遊びましょうよということなのだった。

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触れたいやりたい元気したい

当に面白いことをしなくてはならない。
と、前にも似たようなことをどこかで言ったはずだな……
われわれは、いつも元気になりたいが、本当に元気になることって何だ、と考える。
考えると、それはとても愉快なのだった、それにしても時間がたりねーな。

人間にはナイスな直感がある。
本当に元気になるといって、誰に「触れたい」か? ということにヒントがある。
誰に触れたいといって、そりゃきれいなものに触れたい、それはたぶん、単純な性欲とかではない。
僕は、自分が女に触れるのはわかるが、女が男に触れるのはわからん、それは僕が男だからだが、というわけでこの話には何のまとまりもないのだった。

元気になるのは快楽だが、活発になるのはしんどい。

かといって、人にはそれぞれ立場もあるので、「触れたい」といってありゃ元気になってしまった……というのも、ときには都合が悪かったりする。
だから立場というのはめんどうくさいのだった、とにかくまあ、触れたいやりたい元気したいなのであった。

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Condemn to hell!!
江健三郎と、ウィリアムブレイクと、ジューダスプリースト(ロブ・ハルフォード)、インベリテリ(ロブ・ロック)、ユング、ダンテ、澤木興道、これらは一つでつながっている。
こんな話、僕しか興味を持たないと思うが、まあ聞き流せ、彼らはすべて「地獄の肯定」においてつながっている。
カミサマを直接見ようとする者は、教会に教わる天国だけでなく、地獄のことも知り、それを肯定しなくてはならない。
なぜなら、天国も地獄も、カミサマが創ったものだからだ、カミサマを直接見ようとする者は、カミサマの創ったものの両方に向かわねばならないのだ。

この顔ぶれに、さらに西田幾多郎と、岡本太郎を加えてもよいかもしれない。
一般的には、カミサマはイコール天国のものと思われているが、そうではない、天国は天使のものであって、カミサマは天国も地獄も両方創っているはずだ。
破壊神シヴァと、創造神ヴィシュヌは、上位の全的存在ブラフマンに統括されているが、これだって似たような構造だ。
カミサマを直接見たければ、「地獄をどうぞ」と言うしかない、平然と地獄へ出撃できる人間のことを、われわれは「強い」と直感する。

いかなるダンサーも、賛美歌とヘヴィメタルは踊れない。

大江健三郎と、ウィリアムブレイクと、ジューダスプリースト(ロブ・ハルフォード)、インベリテリ(ロブ・ロック)、ユング、ダンテ、澤木興道、西田幾多郎と、岡本太郎、彼ら全員が組んでひとつのアンサンブルを為したとしたら、それはもうすさまじい音が聞こえてきそうじゃないか。
天国には希望と平穏があるが、地獄には絶望と創造がある、これらはわれわれが作ったテーマパークではないので、われわれが好き嫌いを言ってよい対象ではない。
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不合理バカサイトにようこそ(いまさら)
年と八カ月前、パーティ企画を原宿で再開したときに、僕はこう公言した、「やるならもう今やらないと間に合わないから」。
それは、時代の空気がどう進みゆくかを予感して、もう数年後には万事が退嬰に陥り、何事もアクティブにならないと考えていたからだ。
そのときのヨミはきっと当たっていて、今でもパーティ企画を運営できているのは、まさに初手があのときあのタイミングだったからだと思う。
あれから四年近くが経ち、もう、僕のするようなヘンチクリンな企画を打ち出す人はいないだろう、今「パーティ 東京」で検索すると無数の「街コン」が出てくる、こうなるより前に仕掛けるしかなかった。

実は僕のウェブサイトでも、十年前に、SNSの原型と言えるような「Quali村」というidea企画をやっていた(覚えている人はよっぽどの僕のサイトのマニアだ)。
今から五年前に、「いつになったらカタログは動画になるんだ」と言っていたから、現在のユーチューバーの流行と共に、やがてカタログの動画化も当たり前になるだろう(もうなってる? 実は知らない)。
まさか「出会い系」がアプリ化して、セックスと売春の融通にこんなに市民権を得るとは思っていなかったが、僕は万事のそういったものがキライだ、どう見ても「易きに流れているだけ」というようなことに自分は流されたくない。
もう十年以上にわたり、個人が発信する恋愛ネタの、しかもテキストだけ! むろんデイリーで更新しろよな! という、不合理きわまるやり方の当サイトを、今後ともどうぞよろしく(しかも広告のひとつも出ないでしょ、我ながらどんなバカサイトなんだよ)。

昔、BSのテレビで紹介されたことがある。

当時はまだ「ブログ」が目新しくて、流行していたからね、別に何の報酬ももらえないが、ADさんと電話で少し無駄話をした。
そういえば、年単位で読んでくれている人が少なくないというか、どちらかというと年単位で読んでくれている人のほうが多いものな……それ自体がとても特殊だ、そう考えるとこの四月も改めて楽しみなのだった、これからも不合理にやってまいりまーす。
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これからも色々あってほしいんだ
なので、パーティ企画にテコ入れをしていこうと画策している。
その気配に反応してか、パーティのメンバーである人間サンドバッグことつかごんくんが、いつぞやのように人々をパーティに招かんとする小文を寄稿してくれた、まあ読んでやってくれ。(→人間サンドバッグを読む
文中、彼は僕を「先生」と呼ぶアイディアにイキイキとしており、それを受けて「なんだこいつ」と思わなくもないが(冷淡)、まあ僕は僕自身が他人にどう見られているのかよくわからないので、こういう見方もあるのかなと思い、彼の寄稿には修正をほどこさずそのままを掲載することにした。
何にしても、こうしてわずかでも活発化するのはいいことだ、春なのでみなさん陽気にまいりましょー。

人間サンドバッグの寄稿によると、僕は他者から見れば、空前絶後の未知の動物、つまり何かバケモンに見える可能性があるとのことだが、正直なところ僕はそのことがよくわかっていない。
が、これまでに幾度か、「まさか自分のことを普通だと思っているの?」とけっこう叱られた(ものすごい溜息をつかれた、正直ヘコんだ)ことがあるので、いいかげん僕もそのあたりを自覚はしようと努力はしているつもりだ。
確かに、冷静に考えると、たとえば「怒りの日、疑う胴体が……」というコラムの文体と、今回に向けてアップロードしたイカレたポスターが、同一人物による作成だと考えると、それだけでも「なんだこいつ」の度が過ぎるところがあるのかもしれない。
どうやったらみんな遊びに来てくれるかな、と、けっきょく「わからん」のだが、僕はそうしてわからないときは「とりあえず出力を上げたれ」と発想するよくない習慣があるのだった、たいていこれがよくない。

こちら、人間サンドバッグの殴打は無料です。

僕はどうしても自分を普通だと思いたいところがあって……だってそもそも自分を異常だと思っていたらパーティなんか企画しないよ、普通に飲んだりしゃべったりしましょうよ。
パーティ企画だなんて、初めは何になるかよくわからんかったけれど、これまで色々楽しいことがあったし、これからも色々あってほしいんだよな、僕は色々あるのが好きだからしょーがない、みなさまのご参加をこころよりお待ちしております。
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Hustle!!
は活性化に憧れている。
活性化に憧れているのに、活性化が得られない場合、それを捏造しようとして「刺激発奮」をする。
「刺激発奮」は、「内容のない刺激」によって起こる、内容のない刺激によって「催眠状態」になったり「性癖でアヘアヘ」になったりする。
自分に起こっているのが「活性化」なのかそれとも捏造された「刺激発奮」なのかは、とても区別がつきにくい。

それでも敢えて申し上げたいのだが、ハッスルしなきゃだめだよ!!
モソモソっとしているのは、一番弱いし、一番覚醒から遠い、達観ぶっているようなものは全部ガーベッジだ、エセ選民ぶりたい中学生じゃあるまいし。
活性化というのは、「自己利益のないことにハッスルできる」という状態を指す、これが難しくて、自己利益のマニア(熱)は本人が焼けるだけで周囲にとっては寒いのだ。
ハッスル、戦え、勝利に向かえ、そして真の勝利とは自己利益を得ることではなく、自己利益を超克することなのだ、人間にとって自己利益へのこだわりが一番の弱みなのだから、それを置き去りに出来るということがハッスル! ということ。

今日勝利しろ、明日にはすべて忘れろ。

「明日のために」などと考えると、たいてい自己利益になってしまう、おれの明日を気にしている奴なんて世界でおれしかおらんだろ、そういうのは小さくてつまらない、それではハッスルにならない。
一日だけ自分を超えりゃいい、単純なことだ、今日間違って明日を失うとして、それで困るのなんてこの世界でおれ一人だけなんだろ?
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頭蓋骨野郎
く考えたものはだめだ。
センスとかインスピレーションとか、ネタとかアイディアとかもしょせん使い物にならない。
噴き出してきた熱湯しか使えん。
わけのわからんところまで煮詰まったものしか使えん。

僕はだいたい、芸術的なモンが好きじゃない。
いわゆる「楽しい」のも好きじゃないし、「情熱的」なモンも好きじゃない。
あとになって「何やってんたんだ」「もう二度とやらんぞ」と、ののしりあってゲラゲラ笑っているぐらいが正常だ。
ああ、熱気よ、もう一度。

青春なんかしたことない。

同じく、芸術なんかしたことないし、「楽しい」とか「情熱」とかもしたことがない、そういった立派なモンのすべては本当にわからん。
今考えたら、熱気に取り込まれていたんだな、取り込まれたらダメだってわかりながらずるずると、ありゃ頭蓋骨が割れていたのかね。
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熱い夜
い夜をすごすのがいいなあ。
別にセックスのことではなくってね。
何か値打ちのあるもんじゃないよ。
しょーもないことにずぶずぶ行ってしまう夜のことだよ。

現代で言われている「アツい」というやつは、絶対に熱くはないだろう。
熱い夜って、一晩中いっちゃうやつだからね、そもそもそんな瞬間的なものじゃない。
別にマージャンでも議論でもアイドルでも映画でもいいんだと思うが、ずぶずぶいってしまう夜だ。
何か値打ちのあるもんじゃないが、だからこそでね、人間にとって値打ちを追いかけるのは寒いことだから。

ぐりんぐりんの熱の夜。

熱い夜にしようぜ、なんて誰も思わない、そんなことを企む奴はぜったい一番寒いだろ……
もともと放っておいたら、勝手に熱い夜になってしまうものだと思うが、上を向いている奴は無理なんだ、これは腹の底からのものだから。
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目黒三年

は死ぬ時に走馬燈を見ないのじゃないかね。
というのは、いつからかずっと、走馬燈を見ながら生きているんじゃないかね。
これまでにいろいろあったのだ、いろいろあったというのは何かトラブルがあったということじゃない。
書き尽くせないし、話し尽くせるない、話し尽くせるわけねえだろという分量のことがずっとあった、それは今もあり続けている。

死ぬ前に走馬燈を見るということは、脳の「同時多層処理」の可能性を示唆している。
脳は本来それだけのことを一気に処理できる能力を持っているのだ、いちいち順をたどったり分解したりせずに、すべてを「ひとつ」にして同時に多層を処理できる。
これまでに、本当にいろいろあったのだが、その「いろいろ」は現在も膨張の一途にあり、「これってどうなっていくの」と考えると少し恐怖まである、「体験」はまったく降りやまない。
目黒区に住み始めてちょうど三年になるが、「えっ? もっと昔からここにいる感じがしてた」とよく言われる、たぶん体験の量が異常なのだ、僕はインドでもインド人に道を訊かれるありさまだからな、「コンノートプレイスは向こうだってば」。

ラ・ボエーム、障子のすべてに秘密の譜面が浮き上がる。

スギノキやシイノキが、あるいは夜に咲くコブシやジンチョウゲが、まあそんな詩人みたいなことはいいか、星空を見上げると引きちぎられた綿菓子が浮かんでおり、バトワイザーのネオンサインはカミサマのベクトル・ゴーサインだ。
優秀な人間に生まれてよかったな、もし今際の際に走馬燈なんかがあるとしても、馬なんかじゃ間に合わねえよ、数百台のカウンタックでも並べてくれねえかな、いつぞやの「キャノンボール」を歌にして。

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おいバレンタインだぞわかってるな

かんいかん、今日はバレンタインじゃないか。
みんな本サイトのどこかからテキトーにメルアドを探して僕にラブリーでセクシーな祝福メールを送るように。
そんなことをする義理はねえぜと言うのは当たり前だが、そんな正しいことを主張していてどうする。
正しいことなんかいつまでもやっていても、何も得られないと、もういいかげんみんなわかったじゃないか。

このとおり、僕はたいへんバカなので、まあどこの誰と会ったとしても、目の前の人が僕よりバカということはまずない。
バカにだってキャリアがあるもので、そんな簡単にこちらのバカの実力を追い抜けると思っては困る、僕は大変なキャリアを積んできているのだ。
黒歴史なんてみんな言うけれど、僕なんか何千という黒歴史を珠玉に磨いているので、それはまるで黒真珠のようなのだった、まあ褒められたものではない。
あなたは僕にラブリーセクシーメールを送るなんてバカなことをしないと思うが、あなたはきっと、そういうバカを平気でやってしまう人と友人になりたがるはずだ、だとしたらなぜあなたはわざわざ自分で自分を友人になりたくないよーな奴に仕向けていくんだ、そこのところを考えなさい。

バカをしない奴からは猛烈な税金を取ろうぜ。

きわめてデタラメなことを言ってやったぜ、ざまあみろ、僕が国王になったら平気でそれぐらいのことはする、トランプなんか善人なもんだ、おれならホワイトハウスとディズニーランドを合併する。
最後の一行に書くことがないので、特に無意味にうひょひょ〜と書いておこう、うひょひょ〜(僕は純文学を志向しています)。

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ウアアーっ
アアーっとしていないかね。
おれはウアアーっとしているんだけどね。
そのせいで噛みあわないね、ついてこられないものね。
一番わかりやすくついてきやすいようにしているんだけどね。

つまるところ、ウアアーっしかないように思うんだけどね。
どうもニコニコされてしまい……そうじゃねえよと思うんだが。
昨日の情報が今日使えると思ったか? 甘い甘い。
だっておれ昨日までのこと覚えていないもの、おれは毎日新品の人間だよ。

ウアアーっ、ごめんね、次元が違って。

昨日までの資料をガサガサやっていても、ごめんね、何にもならないよ。
おれは今日知っているの、何を知っているのかはわかんない、だっておれは知ったことを記憶してはいないからね。
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女の子がいる世界について

間が100倍あればなあ、と思う。
それも「最低限100倍あればなあ」と思っている。
そして、分身の術が使えて、自分が100体に増えたらいいのに、と切実に思う。
そうしたら一万倍、女の子が口説けるのにな、と、そんなことを大真面目に考えている、これは本音中の本音だ。

口説かれない女の子はかわいそうじゃないか……そして、正しく口説かれたときの女の子がどれだけかわいい笑顔を見せてくれるものか。
それはもう、本当にタマランものがあるのだ、女の子の中にはカミサマが棲んでいる。
男の中にも棲んでいるのかもしれんが、それはまあ、別にいいかな……と、ただでさえ時間が足りないのに、男なんか酒だけ相伴してりゃいいじゃないか。
全国津々浦々に、女の子がたくさんいるという、しかも海外にもいるという、このおそるべき世界をどうしよう、一秒たりとも休憩がないじゃないか。

僕が女の子を襲っているのじゃなく、僕が女の子に襲われているのだ。

だってそうだろ、僕には休憩時間がない、僕が女の子をおびやかしているのじゃない、女の子が僕をおびやかすから僕に休憩時間がないのだ。
ああもう……かわいくてやさしくて、これ以上おれの心臓をどうするつもりだ、斃れている僕のそばに「大丈夫?」と膝を見せて座り込んで、そんなことされて僕が無事でいられるわけないだろ、殺す気か。

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正しいことのビデオテープ
は間違っている。
だけど僕は成功する。
一度たりとも正しさの轍は踏まない。
一秒でも、一言でも、一歩でも、僕は正しいことをしない。

正しいことはすべてビデオテープに収められている。
正しいことをするというのは、そのビデオテープを巻き戻し再生することだ。
それは自分が生きていることじゃない。
僕はヘンな奴だ、あなたはヘンな奴じゃない、それでいいけど、それでいいか?

あなたは「正常」なんて望んだのか。

それで、何が正常ですってふれこみの宣伝に振り回されているんじゃないのか、本当に望んでいたのは異常な体験だったのに。
そら、異常さに成功するだけのタフな心臓を、いつのまにかごっそり失っているじゃないか。
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