☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
温泉

「電車で、日帰りで」ということに限定すると、箱根湯本が圧倒的に有利だ、湯量と立地をここまで兼ね備えている温泉地は他にない、いっそ「ずるい」と言いたくなるほどだ。
関西なら有馬や城之崎が温泉として有名だが、これらはそこまでの「湯量」そのものを誇るものではない/というよりもはっきりとした「湯量」を誇る温泉郷は実はそんなに数多くない。
湯量で言うと、やはり草津はずば抜けている、馬鹿げた湯量が自噴している(見りゃわかる)、関東で湯量そのものを味わいたければ草津か那須か箱根か、強いていえば伊豆というところだろう。
湯量では別府と奥飛騨もずば抜けているはずだが、まだ行ったことがないので僕は知らない、どうしても大きな自噴は僻地にある、草津だってほとんど伊香保からさらに小旅行に出るぐらいの距離だ(だが強引に日帰りで行く)。

若い人は、箱根か草津か伊香保あたりがエンジョイしやすいだろう、伊豆あたりは付属する「街」が渋すぎるので海で遊ばないかぎりはエンジョイしづらいはず/那須方面へは「キャンプ旅行」のつもりでどうぞ(あと伊香保は閑散期は本当に閑散としているので注意)。
あるいは、温泉郷全体としての湯量は大きくなくても、箱根から山を上がったところの強羅とか、鳥取の三朝温泉とか、水上の宝川温泉とか、富山の小川温泉とか、ピンポイントで名湯が湧いているところを狙う方法もある。
ピンポイントといって、秋田の玉川温泉などは、本当に塩酸の風呂で湯治に使うような湯だから、名物といってあまり遊びにいくようなところではない(見物するだけでビビるぐらいの塩酸湯が湧いてはいるから面白くはあるが)。
箱根の周辺には、伊豆、熱海、石和、湯河原、奥湯河原と無数の温泉郷があるのだが、どこもチャラくは遊びづらいので、みんな諦めて箱根湯本で遊んでおいでと、僕は勧めるしかないのだった、けっきょくロマンスカー最強なんですよ。

僕は温泉に詳しいわけではない。

ただ自分の得てきた体験について話しているだけだ/しかし詳しくないにしても、いいかげん掛け流しか循環かは、湯に触れた瞬間にわかる、そりゃ誰だってそうなる。
僕が勧めたいのはいつも、何かに詳しくなることではなくて、たくさん遊びましょうよということなのだった。

バカをやろうかあ | comments(0) |
触れたいやりたい元気したい

当に面白いことをしなくてはならない。
と、前にも似たようなことをどこかで言ったはずだな……
われわれは、いつも元気になりたいが、本当に元気になることって何だ、と考える。
考えると、それはとても愉快なのだった、それにしても時間がたりねーな。

人間にはナイスな直感がある。
本当に元気になるといって、誰に「触れたい」か? ということにヒントがある。
誰に触れたいといって、そりゃきれいなものに触れたい、それはたぶん、単純な性欲とかではない。
僕は、自分が女に触れるのはわかるが、女が男に触れるのはわからん、それは僕が男だからだが、というわけでこの話には何のまとまりもないのだった。

元気になるのは快楽だが、活発になるのはしんどい。

かといって、人にはそれぞれ立場もあるので、「触れたい」といってありゃ元気になってしまった……というのも、ときには都合が悪かったりする。
だから立場というのはめんどうくさいのだった、とにかくまあ、触れたいやりたい元気したいなのであった。

バカをやろうかあ | comments(0) |
Condemn to hell!!
江健三郎と、ウィリアムブレイクと、ジューダスプリースト(ロブ・ハルフォード)、インベリテリ(ロブ・ロック)、ユング、ダンテ、澤木興道、これらは一つでつながっている。
こんな話、僕しか興味を持たないと思うが、まあ聞き流せ、彼らはすべて「地獄の肯定」においてつながっている。
カミサマを直接見ようとする者は、教会に教わる天国だけでなく、地獄のことも知り、それを肯定しなくてはならない。
なぜなら、天国も地獄も、カミサマが創ったものだからだ、カミサマを直接見ようとする者は、カミサマの創ったものの両方に向かわねばならないのだ。

この顔ぶれに、さらに西田幾多郎と、岡本太郎を加えてもよいかもしれない。
一般的には、カミサマはイコール天国のものと思われているが、そうではない、天国は天使のものであって、カミサマは天国も地獄も両方創っているはずだ。
破壊神シヴァと、創造神ヴィシュヌは、上位の全的存在ブラフマンに統括されているが、これだって似たような構造だ。
カミサマを直接見たければ、「地獄をどうぞ」と言うしかない、平然と地獄へ出撃できる人間のことを、われわれは「強い」と直感する。

いかなるダンサーも、賛美歌とヘヴィメタルは踊れない。

大江健三郎と、ウィリアムブレイクと、ジューダスプリースト(ロブ・ハルフォード)、インベリテリ(ロブ・ロック)、ユング、ダンテ、澤木興道、西田幾多郎と、岡本太郎、彼ら全員が組んでひとつのアンサンブルを為したとしたら、それはもうすさまじい音が聞こえてきそうじゃないか。
天国には希望と平穏があるが、地獄には絶望と創造がある、これらはわれわれが作ったテーマパークではないので、われわれが好き嫌いを言ってよい対象ではない。
バカをやろうかあ | comments(0) |
不合理バカサイトにようこそ(いまさら)
年と八カ月前、パーティ企画を原宿で再開したときに、僕はこう公言した、「やるならもう今やらないと間に合わないから」。
それは、時代の空気がどう進みゆくかを予感して、もう数年後には万事が退嬰に陥り、何事もアクティブにならないと考えていたからだ。
そのときのヨミはきっと当たっていて、今でもパーティ企画を運営できているのは、まさに初手があのときあのタイミングだったからだと思う。
あれから四年近くが経ち、もう、僕のするようなヘンチクリンな企画を打ち出す人はいないだろう、今「パーティ 東京」で検索すると無数の「街コン」が出てくる、こうなるより前に仕掛けるしかなかった。

実は僕のウェブサイトでも、十年前に、SNSの原型と言えるような「Quali村」というidea企画をやっていた(覚えている人はよっぽどの僕のサイトのマニアだ)。
今から五年前に、「いつになったらカタログは動画になるんだ」と言っていたから、現在のユーチューバーの流行と共に、やがてカタログの動画化も当たり前になるだろう(もうなってる? 実は知らない)。
まさか「出会い系」がアプリ化して、セックスと売春の融通にこんなに市民権を得るとは思っていなかったが、僕は万事のそういったものがキライだ、どう見ても「易きに流れているだけ」というようなことに自分は流されたくない。
もう十年以上にわたり、個人が発信する恋愛ネタの、しかもテキストだけ! むろんデイリーで更新しろよな! という、不合理きわまるやり方の当サイトを、今後ともどうぞよろしく(しかも広告のひとつも出ないでしょ、我ながらどんなバカサイトなんだよ)。

昔、BSのテレビで紹介されたことがある。

当時はまだ「ブログ」が目新しくて、流行していたからね、別に何の報酬ももらえないが、ADさんと電話で少し無駄話をした。
そういえば、年単位で読んでくれている人が少なくないというか、どちらかというと年単位で読んでくれている人のほうが多いものな……それ自体がとても特殊だ、そう考えるとこの四月も改めて楽しみなのだった、これからも不合理にやってまいりまーす。
バカをやろうかあ | comments(0) |
これからも色々あってほしいんだ
なので、パーティ企画にテコ入れをしていこうと画策している。
その気配に反応してか、パーティのメンバーである人間サンドバッグことつかごんくんが、いつぞやのように人々をパーティに招かんとする小文を寄稿してくれた、まあ読んでやってくれ。(→人間サンドバッグを読む
文中、彼は僕を「先生」と呼ぶアイディアにイキイキとしており、それを受けて「なんだこいつ」と思わなくもないが(冷淡)、まあ僕は僕自身が他人にどう見られているのかよくわからないので、こういう見方もあるのかなと思い、彼の寄稿には修正をほどこさずそのままを掲載することにした。
何にしても、こうしてわずかでも活発化するのはいいことだ、春なのでみなさん陽気にまいりましょー。

人間サンドバッグの寄稿によると、僕は他者から見れば、空前絶後の未知の動物、つまり何かバケモンに見える可能性があるとのことだが、正直なところ僕はそのことがよくわかっていない。
が、これまでに幾度か、「まさか自分のことを普通だと思っているの?」とけっこう叱られた(ものすごい溜息をつかれた、正直ヘコんだ)ことがあるので、いいかげん僕もそのあたりを自覚はしようと努力はしているつもりだ。
確かに、冷静に考えると、たとえば「怒りの日、疑う胴体が……」というコラムの文体と、今回に向けてアップロードしたイカレたポスターが、同一人物による作成だと考えると、それだけでも「なんだこいつ」の度が過ぎるところがあるのかもしれない。
どうやったらみんな遊びに来てくれるかな、と、けっきょく「わからん」のだが、僕はそうしてわからないときは「とりあえず出力を上げたれ」と発想するよくない習慣があるのだった、たいていこれがよくない。

こちら、人間サンドバッグの殴打は無料です。

僕はどうしても自分を普通だと思いたいところがあって……だってそもそも自分を異常だと思っていたらパーティなんか企画しないよ、普通に飲んだりしゃべったりしましょうよ。
パーティ企画だなんて、初めは何になるかよくわからんかったけれど、これまで色々楽しいことがあったし、これからも色々あってほしいんだよな、僕は色々あるのが好きだからしょーがない、みなさまのご参加をこころよりお待ちしております。
バカをやろうかあ | comments(0) |
Hustle!!
は活性化に憧れている。
活性化に憧れているのに、活性化が得られない場合、それを捏造しようとして「刺激発奮」をする。
「刺激発奮」は、「内容のない刺激」によって起こる、内容のない刺激によって「催眠状態」になったり「性癖でアヘアヘ」になったりする。
自分に起こっているのが「活性化」なのかそれとも捏造された「刺激発奮」なのかは、とても区別がつきにくい。

それでも敢えて申し上げたいのだが、ハッスルしなきゃだめだよ!!
モソモソっとしているのは、一番弱いし、一番覚醒から遠い、達観ぶっているようなものは全部ガーベッジだ、エセ選民ぶりたい中学生じゃあるまいし。
活性化というのは、「自己利益のないことにハッスルできる」という状態を指す、これが難しくて、自己利益のマニア(熱)は本人が焼けるだけで周囲にとっては寒いのだ。
ハッスル、戦え、勝利に向かえ、そして真の勝利とは自己利益を得ることではなく、自己利益を超克することなのだ、人間にとって自己利益へのこだわりが一番の弱みなのだから、それを置き去りに出来るということがハッスル! ということ。

今日勝利しろ、明日にはすべて忘れろ。

「明日のために」などと考えると、たいてい自己利益になってしまう、おれの明日を気にしている奴なんて世界でおれしかおらんだろ、そういうのは小さくてつまらない、それではハッスルにならない。
一日だけ自分を超えりゃいい、単純なことだ、今日間違って明日を失うとして、それで困るのなんてこの世界でおれ一人だけなんだろ?
バカをやろうかあ | comments(0) |
頭蓋骨野郎
く考えたものはだめだ。
センスとかインスピレーションとか、ネタとかアイディアとかもしょせん使い物にならない。
噴き出してきた熱湯しか使えん。
わけのわからんところまで煮詰まったものしか使えん。

僕はだいたい、芸術的なモンが好きじゃない。
いわゆる「楽しい」のも好きじゃないし、「情熱的」なモンも好きじゃない。
あとになって「何やってんたんだ」「もう二度とやらんぞ」と、ののしりあってゲラゲラ笑っているぐらいが正常だ。
ああ、熱気よ、もう一度。

青春なんかしたことない。

同じく、芸術なんかしたことないし、「楽しい」とか「情熱」とかもしたことがない、そういった立派なモンのすべては本当にわからん。
今考えたら、熱気に取り込まれていたんだな、取り込まれたらダメだってわかりながらずるずると、ありゃ頭蓋骨が割れていたのかね。
バカをやろうかあ | comments(0) |
熱い夜
い夜をすごすのがいいなあ。
別にセックスのことではなくってね。
何か値打ちのあるもんじゃないよ。
しょーもないことにずぶずぶ行ってしまう夜のことだよ。

現代で言われている「アツい」というやつは、絶対に熱くはないだろう。
熱い夜って、一晩中いっちゃうやつだからね、そもそもそんな瞬間的なものじゃない。
別にマージャンでも議論でもアイドルでも映画でもいいんだと思うが、ずぶずぶいってしまう夜だ。
何か値打ちのあるもんじゃないが、だからこそでね、人間にとって値打ちを追いかけるのは寒いことだから。

ぐりんぐりんの熱の夜。

熱い夜にしようぜ、なんて誰も思わない、そんなことを企む奴はぜったい一番寒いだろ……
もともと放っておいたら、勝手に熱い夜になってしまうものだと思うが、上を向いている奴は無理なんだ、これは腹の底からのものだから。
バカをやろうかあ | comments(0) |
目黒三年

は死ぬ時に走馬燈を見ないのじゃないかね。
というのは、いつからかずっと、走馬燈を見ながら生きているんじゃないかね。
これまでにいろいろあったのだ、いろいろあったというのは何かトラブルがあったということじゃない。
書き尽くせないし、話し尽くせるない、話し尽くせるわけねえだろという分量のことがずっとあった、それは今もあり続けている。

死ぬ前に走馬燈を見るということは、脳の「同時多層処理」の可能性を示唆している。
脳は本来それだけのことを一気に処理できる能力を持っているのだ、いちいち順をたどったり分解したりせずに、すべてを「ひとつ」にして同時に多層を処理できる。
これまでに、本当にいろいろあったのだが、その「いろいろ」は現在も膨張の一途にあり、「これってどうなっていくの」と考えると少し恐怖まである、「体験」はまったく降りやまない。
目黒区に住み始めてちょうど三年になるが、「えっ? もっと昔からここにいる感じがしてた」とよく言われる、たぶん体験の量が異常なのだ、僕はインドでもインド人に道を訊かれるありさまだからな、「コンノートプレイスは向こうだってば」。

ラ・ボエーム、障子のすべてに秘密の譜面が浮き上がる。

スギノキやシイノキが、あるいは夜に咲くコブシやジンチョウゲが、まあそんな詩人みたいなことはいいか、星空を見上げると引きちぎられた綿菓子が浮かんでおり、バトワイザーのネオンサインはカミサマのベクトル・ゴーサインだ。
優秀な人間に生まれてよかったな、もし今際の際に走馬燈なんかがあるとしても、馬なんかじゃ間に合わねえよ、数百台のカウンタックでも並べてくれねえかな、いつぞやの「キャノンボール」を歌にして。

バカをやろうかあ | comments(0) |
おいバレンタインだぞわかってるな

かんいかん、今日はバレンタインじゃないか。
みんな本サイトのどこかからテキトーにメルアドを探して僕にラブリーでセクシーな祝福メールを送るように。
そんなことをする義理はねえぜと言うのは当たり前だが、そんな正しいことを主張していてどうする。
正しいことなんかいつまでもやっていても、何も得られないと、もういいかげんみんなわかったじゃないか。

このとおり、僕はたいへんバカなので、まあどこの誰と会ったとしても、目の前の人が僕よりバカということはまずない。
バカにだってキャリアがあるもので、そんな簡単にこちらのバカの実力を追い抜けると思っては困る、僕は大変なキャリアを積んできているのだ。
黒歴史なんてみんな言うけれど、僕なんか何千という黒歴史を珠玉に磨いているので、それはまるで黒真珠のようなのだった、まあ褒められたものではない。
あなたは僕にラブリーセクシーメールを送るなんてバカなことをしないと思うが、あなたはきっと、そういうバカを平気でやってしまう人と友人になりたがるはずだ、だとしたらなぜあなたはわざわざ自分で自分を友人になりたくないよーな奴に仕向けていくんだ、そこのところを考えなさい。

バカをしない奴からは猛烈な税金を取ろうぜ。

きわめてデタラメなことを言ってやったぜ、ざまあみろ、僕が国王になったら平気でそれぐらいのことはする、トランプなんか善人なもんだ、おれならホワイトハウスとディズニーランドを合併する。
最後の一行に書くことがないので、特に無意味にうひょひょ〜と書いておこう、うひょひょ〜(僕は純文学を志向しています)。

バカをやろうかあ | comments(1) |
ウアアーっ
アアーっとしていないかね。
おれはウアアーっとしているんだけどね。
そのせいで噛みあわないね、ついてこられないものね。
一番わかりやすくついてきやすいようにしているんだけどね。

つまるところ、ウアアーっしかないように思うんだけどね。
どうもニコニコされてしまい……そうじゃねえよと思うんだが。
昨日の情報が今日使えると思ったか? 甘い甘い。
だっておれ昨日までのこと覚えていないもの、おれは毎日新品の人間だよ。

ウアアーっ、ごめんね、次元が違って。

昨日までの資料をガサガサやっていても、ごめんね、何にもならないよ。
おれは今日知っているの、何を知っているのかはわかんない、だっておれは知ったことを記憶してはいないからね。
バカをやろうかあ | comments(0) |
女の子がいる世界について

間が100倍あればなあ、と思う。
それも「最低限100倍あればなあ」と思っている。
そして、分身の術が使えて、自分が100体に増えたらいいのに、と切実に思う。
そうしたら一万倍、女の子が口説けるのにな、と、そんなことを大真面目に考えている、これは本音中の本音だ。

口説かれない女の子はかわいそうじゃないか……そして、正しく口説かれたときの女の子がどれだけかわいい笑顔を見せてくれるものか。
それはもう、本当にタマランものがあるのだ、女の子の中にはカミサマが棲んでいる。
男の中にも棲んでいるのかもしれんが、それはまあ、別にいいかな……と、ただでさえ時間が足りないのに、男なんか酒だけ相伴してりゃいいじゃないか。
全国津々浦々に、女の子がたくさんいるという、しかも海外にもいるという、このおそるべき世界をどうしよう、一秒たりとも休憩がないじゃないか。

僕が女の子を襲っているのじゃなく、僕が女の子に襲われているのだ。

だってそうだろ、僕には休憩時間がない、僕が女の子をおびやかしているのじゃない、女の子が僕をおびやかすから僕に休憩時間がないのだ。
ああもう……かわいくてやさしくて、これ以上おれの心臓をどうするつもりだ、斃れている僕のそばに「大丈夫?」と膝を見せて座り込んで、そんなことされて僕が無事でいられるわけないだろ、殺す気か。

バカをやろうかあ | comments(0) |
正しいことのビデオテープ
は間違っている。
だけど僕は成功する。
一度たりとも正しさの轍は踏まない。
一秒でも、一言でも、一歩でも、僕は正しいことをしない。

正しいことはすべてビデオテープに収められている。
正しいことをするというのは、そのビデオテープを巻き戻し再生することだ。
それは自分が生きていることじゃない。
僕はヘンな奴だ、あなたはヘンな奴じゃない、それでいいけど、それでいいか?

あなたは「正常」なんて望んだのか。

それで、何が正常ですってふれこみの宣伝に振り回されているんじゃないのか、本当に望んでいたのは異常な体験だったのに。
そら、異常さに成功するだけのタフな心臓を、いつのまにかごっそり失っているじゃないか。
バカをやろうかあ | comments(0) |
人間関係をお前がなんとかできるなんて思うな
ず僕のことなんか否定しろ。
見てのとおり、僕なんかわけのわからん奴なのだから。
そしてあなたもわけのわからん奴でいい、もともとわけのわかるものだと思っているのが思い違いだ。
わけのわからん同士のままでいられたら、別に笑顔でいたっていいよ。

わけなんかわかってたまるか。
だから、わけのわからん人、みたいなアピールもしなくていい。
もともと、人間なんて、互いにわけがわからんのだ、そこを曲げるからインチキになる。
わけがわからないのに、何か惹かれるものがあって、それはなぜか「確か」なのだ、そのときはじめてかけがえのない感触が得られる。

わけがわからないで、お互いクタクタになって、でもなぜかしゃべってやめられず、なぜか大好きということがある。

「わかりあう」とか、そういう安易なことじゃない、かといって、要らんアピールも要らない、すべてそのへんはあさましい誤解だ。
人間関係をお前がなんとかできるなんて思うな、僕だって僕のことを好いてくれる人が何が好きなのかさっぱりわからないままだ。
バカをやろうかあ | comments(0) |
わしづかみ轟々

しづかみ!!(何をわしづかみするかは不明)
わしづかみされたい人はそこに一列に並ぶように。
あーもっとみんなマジメに生きるように、チャクラを開かんとね、チャクラを……
自分が人からどう見られているかを考えたことは一度ポッキリもない。

仕事がダルくてセックスが気持ちイイというのはウソだ。
仕事もつまらんしセックスもつまらんのだ、どちらもイヤーンバカクサイーと感じているはずだ。
ところがどっこい、おれがやれば違う、何もかもそりゃサイコーよ。
ヨダレが出ている? そりゃあセックスでもメシでも仕事でもヨダレぐらい出る、オマエもわしづかみされたら出る、いろんなヨダレがな……

百万の銅鑼が打たれて静寂。

そりゃヨダレも出るしわしづかみも発生するし仕事もはかどるわな、視力を失えば万物がよく見える。
慾望の餌食になれお姫様、サラリーをもらったからってサラリーマンになるとは限らない。

バカをやろうかあ | comments(0) |
やさしきそうさく(はぁと

んなエロ小説でも書けばいいじゃ〜ん(書きたいでしょぉおお!?)。
純文学なんか書いちゃダメよ、ダメダメ。
でもエロ小説だからって、人を傷つけるようなのは書いちゃダメ(はぁと。
特に自分自身を傷つけるような書き方をしちゃダメよ、おにーさんとの約束だ。

ホントは原作の尊厳があるから、二次創作とかで冒涜しちゃダメなのよ〜ん。
でもね、どーしても書きたいっつーか、何かこうめちゃくちゃしたいってときは、まあしょうがないじゃない? オッケー☆
ただしいそうさく、それわ、じゅーだいでもなんでもない、でもチョーやりたいことを、まっしろなキャンパスにまっしろにかきこむことなのであった……
どんなバカみたいなことだって、紙の上は紙の上なんだから、ワタシってこんなにバカダゾ☆ってところを、こっそりぶちまけてみればいいんだ!

ゆかいに書いたものなら、駄作なんて存在しないの(はぁと。

だからせっかくなら、ほんとーにユカイに、きもちよーくなりましょうよ〜人生楽しまなきゃ損よ。
サイコーなモノって、高級なモノとはまったく限らないの☆そのことだけは万人にビョードーなのよ、だからおにいさんとあそぼうね〜(犯罪臭

バカをやろうかあ | comments(1) |
この日この世界で最もシリアスなこと
日なんかは特に、お酒を飲んで酔っ払って遊んでいたいんですけど!!
まあ色々と野暮用があり、やらなきゃならんことがあり、そんなことをわずかも崇高に思わないので、ぐぬあああと呻いているのだった。
先日も、クラブイベントに行きたいところをガマンして、無理やりテンションを下げたのに……ああいつまでこんな地味なことをしなくてはならないのか。
僕のように、何もないのに浮かれている奴がビョーキなのか、それとも、何もないのに落ち込んでいる奴がビョーキなのか、議論が必要なところだが、議論は面倒くさいので、オレが正しいということにしておこう、議論は後付けでうまいことよろしく。

東京の夜にはたまらないものがあるだろう。
もちろん神戸の夜にもある、バラナシの夜にもある、あと他の誰も知るまいが、コンスタンチノープルの夜にもたまらないものがあるのだ。
たまらないものがある/ないという点において、ないという奴は問答無用で雑巾がけの刑である、どこかを必死でザブザブやれ。
きれいな女の人ならだれでもいいので、それも二の腕ぐらいでガマンするので、猛烈にセクハラさせてくれないかな……たまらないものがあるのだ、きれいなら誰でもいいし二の腕だけでいいというあたり僕はまったく誠実で控えめで、貞淑なので、きっと人格が成熟しきっているのであろう。

大丈夫、セクハラしかしない。

たまらないものがあるというのに、セクハラしかしないということを誓おう、と、このあたりでそろそろ冗談もほどほどにしないと本当に怒られることがあるので引き下がるのだった、僕は根性のパラメーターが0しかない。
この日この世界で最もシリアスなことは、僕が飲みたいのに飲めないということだと思うが、新聞はそう報道してくれないかな(何の足しにもならない話ですみませんでした)。
バカをやろうかあ | comments(0) |
誰しも共感のせいで動けない

クティブの生きるのが正しいとか、楽しいとか、うつくしいとか、そんなことはまるで思わない。
一方でもちろん、退嬰的に生きることに滋味があるともまったく思わない。
どちらも正しいとはまるで思わないが、いつも同じ考え方をしている、「どちらも正しくないならどっちを選ぶ」と。
よもやこの僕が、「正しいこと」なんて選ぶわけがそもそもないのだ、僕は好き勝手に好きなほうを選ぶ、僕が正論をゴミ箱にぶちこむことを誰かが制止できるわけではない。

僕が「おれは無限に遊んで生きるよ」と言うと、「それいいですね」と言われる、それに僕は「そうか? 知らんけど」と冷ややかに答えている、意地悪がしたいわけではない。
ただそれが「いい」とか「悪い」とか言い出すと、いかにも面倒くさいのであって、別にそれが「悪い」であろうが、僕はそちらを選択するのだ、別に似合っていない服を着たって何の咎もない。
むかし青森に旅行したとき、三日三晩、ビニール袋に突っ込んだ大量のホタテ刺身だけを手づかみで喰って過ごしたことがあるが、そんなことに意義があるとは思わないし、「正しい」とか「楽しい」とかも思わない。
じゃあ何を基準にして万事を選択しているのだ……ということになるが、基準は特になく、強いていうならきっと共感されないように選択している、共感されると時間の浪費が増えてしまうからだ。

退嬰の問題点は、共感にすし詰めにされてしまうことだ。

「やらなきゃって思うんだけど、できなくて」「それすごいわかる」というような類が、僕は生理的に不得手だ、本当に強い目眩を覚えるので致し方ない、よって僕は「わけのわからない」「頭のおかしい人」と思われて生きていくしかない、僕の側の目眩はなくなる。
共感にすし詰めにされたら、もう動けなくなるが、それはすし詰めだからであって、これは僕に限らず誰だってそうだろう、誰しも共感のせいで動けない。

バカをやろうかあ | comments(0) |
Don't think, don't feel, exist!
のワークショップ、「ちゃんでき教室」をしつこくやっている。
自分の身体を動かす→人の身体を動かすということが、「こんなに動くんかい」と体験され、ひとまず来てくれた人には驚嘆していただいている。
驚いてもらうことが、一番の退屈させない方法なので、武術風味のパフォーマンスもするが、刀相手に素手で勝つ(一発で)などということは、やられてみれば原理的には簡単だ。
もちろん本質的には、武術がどうこうというのではなく、こころがこころに届かないといけないという話で、それだってやられてみると原理的には簡単なのだった、これは何の説明にもなっていないが(当ワークショップは武術系のモンではございません)(強いて言うなら遊び系です)。

こういったものは、どうなのだろう、必要なものなのだから、もっと広くやっていくべきなのかもしれない。
が、困ったことに、僕自身にはそういったことの拡散に根本的に興味が無い。
どこまでいっても、「技術なんか要らんでしょ」というのが僕の本音だ、事実僕はどこにも何も習いに行っていない、これはもちろんそういったワークショップを冒涜する意味で言っているのではない。
「こころがこころに届く」という体験で、震えてくれる人がどんどん出るのはいいことなのだが、僕はそのことさえ「要らんでしょ」と感じている、何かもうひどい無茶苦茶だが、もともと僕は無茶苦茶なのでしょうがないのだ。

すべてを忘れるということが、すべてを肯定するということだ。

もちろん、ワークショップで教えるぶんには、合理的に教えている、みんなが辟易するほど合理の極みで教えているので、その点はご心配なく……
が、そうではなくて、僕は歌とか絵画とか世界とか、AさんとBさんとかが、分離しているのがイヤなのだ、何がイヤといって分離しているということは認識しているということで、認識しているということは覚えているということだからだ。
バカをやろうかあ | comments(0) |
二十四時間耐久ワークショップ(済)
ークショップ「ちゃんでき教室」が、土曜日の部、二十四時間ぶっとおしで続いた。
なぜ続いたかというと、みんな帰らないからだ、みんなが帰らないと僕も帰れなくなる……お前らどれだけヒマなんだと言いたくなるが、ヒマなのはすばらしいことだ(「仕事なんかしてる場合じゃないんですよ」と言った女性有)。
途中で食事も挟んだが、基本的に屋外で、二十四時間も過ごすとヘトヘトになる……と思いきや、逆に人間はどこかマトモになるように感じる、それはまあ当たり前のことかもしれない。
だからといって、何かがすばらしいということはまったくないが、元々僕は自分のすることのすべてを「すばらしくない」という一点で統一しているので、これはこんな感じでいいのだろう。

汗と青春と、スポーツと頑張りは、すばらしいものだ、だから僕はこれらの一切をやらない。
青春といって、スケベなほうの青春はきっちりいただいてしまうが、これはすばらしくないものなのでよいのだ、スポーツ的青春は全品輸出してどこかへ追いやってしまおう。
誰も話を聞いてくれないという状態がいい、誰も他人のことを知りたがらないという状態がいい、寂しさに食われた人間のあさましさを善行にすり替えるような阿呆をしてはならない。
ちゃんでき教室を二十四時間やりました、という、これはレポートであって、それで何があったかというと、別に何もないので、引き続き僕は「天才しか成長しません」という最低の言説を無責任に言い放っておきたく思う、根拠はもちろんない。

よく自分が天才でないなんて言えるな。

僕は完全に無能非才の人間だが、僕は僕の才に頼らず天の才に頼るからなんとかなると言い張っている、根拠はもちろんないが、強いてこじつけるなら二十四時間遊び続けることが根拠か。
こうして書き話しながら、よしやっぱりすばらしくないなあということを確認して、今日もごきげんでいる、誰もこんなふうになってはいけない、楽しいものは人に譲りたくないものだ。
バカをやろうかあ | comments(0) |
<< | 2/11PAGES | >>