☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
コロナ騒ぎは承認欲求チャンスじゃねえだろ20/この時期は他の病気もやめとけ
ギリスオックスフォード大学の発表によると、「すべてが完璧に進めば、最短で九月にワクチンができる」そうだ、なぜそんなに短期間でワクチン製造の可能性があるかというと、今回のコロナウィルスは「シールドが薄い」ということが発見されているらしい、シールドというとグリカンと呼ばれる糖鎖のシールドらしいのだが、まあそんなことはシロウトにはわからん、とにかくシールドが薄いのもあって最短で九月にブツが出せるぜ、とオックスフォードのギルバート博士が言っている。
一方、一部レポートによると、初めからあった風聞だが、今回の新型コロナウィルスは免疫細胞を無効化する能力を持っているくさいという話だ、つまりコロナウィルスが免疫細胞そのものに感染してしまう(そのためのスパイクを持っている)ということ、ホントかどうか知らんがとにかく厄介な奴だな/免疫に不全を起こすというのは、HIVウィルスでよく知られているが、HIVは免疫細胞の中で増殖するというサイアクぶりを持っている一方、今回の新型コロナは免疫細胞の中で増殖するわけではなく、ただ免疫細胞とぶつかって「もろとも」死ぬというような性質があるそうだ、その点ではHIVよりはマシということだ、とはいえ一人一殺という昔のテロリズムみたいな攻撃を仕掛けてきやがるので、免疫細胞が数で負けると一気に進行するとか、まあそんな話だ、現在のところどこまで本当かは誰にもわからない。
パンデミックなので日本の感染者も増え続けているが(当たり前)、全国で[陽性患者] 8,167 人、東京だけで 2,220 人、あたりの数値が出ている、毎日こうやって数が増えていくとビビるかもしれないが、以下のように比較すると日本はまだまだぬるいので、こんなことで心が折れていてはいけない/日本は今 8,167 人で、一週間前は 4,458 人 だった、約 1.83 倍になったと言える、それに似たような値を探すとして、アメリカは3月18日に 7,783 人だったが、その一週間前は 1,281 人だったのだ、一週間でまるまる 6 倍になったのだから勢いが違う、そしてアメリカは今 587,815 人になっている、いわゆるケタが違うというやつだが本当にケタが二つも違う、日本なんか現状「端数」のていどにしかならない。
ニューヨーク市のデータなんか見ると、もうめちゃくちゃで、一番めちゃくちゃな時期が 3月8日で 58人、その一週間後に 2,990 人、さらにその一週間後に 22,664 人と、二週間で 400 倍近く増えているという時期がある、これはさすがに「とっくの昔に蔓延していました」というやつで、いわゆるオーバーシュートに気づけなかったというパターンなのだろう/現在ニューヨーク「市」だけで 106,813 人というレポート、それでも勢いはピークアウトしたそうだが、もうこんなもんどう検査してどう医療にかかるものなのか、おそらく非現実的な光景が粛々と進んでいると想像するよりない、それについてはもうおれなどにはコメントのしようがない。

今すでに、著名人があちこちで感染したとニュースになっているから、検査でカウントされている数よりも、実態は進行しているはずだ、日本はここまでのところ検査数が少なすぎるという問題を抱えてきている/ただ、そのことを含めてもなお、諸外国よりはずっとマシなのだろう、何しろ立憲民主党のおじさんがこの期に及んで歌舞伎町のフーゾクで濃厚接触プレイ密&密&密をやってきたのがバレたそうだから、それはまだ現状が諸外国よりマシということだ。
おれが言いたいのは、そうしたえらい人が、コロナうんぬんに関係なく、「偉い人らしくせめて自分のホテルに娼婦を呼びつけろ」「権力者がノコノコ歌舞伎町までお伺いするのはやめろ」ということであって、女を買いつけるのはいいが「買いに行く」のは権力者としてダセーからやめろ!! ということだ/こういったことは感染していなければおとがめなしだが、感染していたら肺炎で死にかけていてもタコ殴りにしなくてはならない、こういう局面において責められるべきは不品行ではなく「ドジな奴」であって、女の子100人と税金でディープキスしたけど感染しませんでしたということなら許す、それは逆にファインプレーと呼んでもよいぐらいのことだ。
諸外国の猛烈な感染爆発に比べれば、日本の勢いなど、高尾山を登る程度に制御された上り坂だろうが、それでも医療現場のほうはとっくにグチャグチャになっていると思う、なぜなら誰だって大病院の待ち時間を短いと感じたことはないのだし、今になって急に「隔離された診察エリアと病床および防疫体制を作れ」と言われても、そんなこと設備としてもマンパワーとしても不可能に決まっているからだ、ただでさえ忙しいところにそんなことを持ち込まれて対応できるわけがない、通常営業中のディズニーランドの中でいきなりG20のサミットを開くから会議場と警備を用意しろと言われているようなもので、通常営業のほうをストップできないのだからしっちゃかめっちゃかになるに決まっている。
本来ならニュースで、「医療現場は今」みたいな特集が組まれてよいはずなのだが、今のところおれはそういうものを見かけていない、だからこれという確証はないが、おれは勝手に「この時期はほかの病気もしちゃだめ」と思っている/もちろん誰も好きこのんで病気になるわけではないので、病気を「しちゃだめ」と言われても困るのだろうが、案外そういうものでもないと思う、「この時期は他の病気もしちゃだめだわ」となったら、それなりに人の身体はなんとかするというところがあるのではないだろうか、とにかく今はだめだ、大きな病院のリソースと医療従事者のマンパワーに今は負担をかけてはならない。

おれがワクチンまで感染せず完走したらめちゃくそ拍手するように。

ワクチンまで感染せずに完走したらベストストーリー、そりゃ他の誰だって同じかもしれないが、まあなんかおれの場合は特別イイかなと……いちおう防疫を推しているわけだし/この時期、つまりワクチンが広がるまでは、ほかの病気も事故もなしでいきたい、そうしたらそのときはクソほどイェーイと踊ってやるぜ、全員おれのところに祝いの花束と酒を持ってくるように、何ならJOCはおれに金メダルを持ってきてもいい。
ふとしたときに、世界が今、深い悲しみに沈んでいるのを感じるときがある、突き刺さるほどに……そりゃもちろん悲しいのだ、たくさんの人が臥し、亡くなられるべきでない方が亡くなられた、そして大切に積み重ねてきたものもたくさん壊されていく/とはいえ、今おれに憂鬱はない、悲しいのはわかるが憂鬱はいけない、悲しさと憂鬱さは別のものだ、この時期は他の病気も、事故も憂鬱もやめとけ。
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コロナ騒ぎは承認欲求チャンスじゃねえだろ19/瘴気感染と呼びたい、三密一静
ろそろ、あんまり意味のない話になってくるが、そう看破せず、だらだらおれの話を聞くこと。
以前から、ずっと違和感があって(呼吸器じゃねえぞ)、「なぜこんなに感染の仕方が偏っているのだろう」と、ナゾに感じていた/というのは、いきなり施設ですごい割合の集団感染が出たりする一方で、市中感染と言っていいのか、野良ではまったくその数量が甘いのがナゾなのだ、集団感染のケースでの割合を見ると、ものすごく感染力が強いように思うのに、野良で感染するほうはドカーンといかない、そちらだけ見ていると感染力はそんなに強くないように見えてしまう。
誰だって考えたことがあると思うが、もし映画に出てくるようなウィルスの感染力だったら、日本の都心なんて、満員電車であっという間に感染爆発が起こっていないとおかしいのだ、それで「おかしいなあ」となり、「なんかコロナとかヌルくね?」と思っていると、今度は施設やら船やらで○十人中二十五名が感染しました、みたいに、けっこうな割合でガッツリ感染しますというニュースも出してくる、こいつは本当に感染力が強いのか弱いのかわからん。
現状、明らかに欧米のほうがひどい状況で、感染力も致死率も遥かに高いように見える、これはすでに変異によって日本と欧米とではウィルスの実体が違ってしまっているのかもしれないという説があるが、それはヤベー話に聞こえるけれどもそういう正式なレポートが出ているわけでもないので何とも言えない、今のところはヤベー空想でしかない/まあそれはいいとして、さしあたり現在の日本で、感染力が「うりゃあああ」と強く見える局面がある一方、「気を、つけてね」というていどにしか見えない局面もあるのだ、これが長いことナゾで首をかしげていた。

そのナゾが、別に解けたわけじゃないが、今は「マイクロ飛沫」がどうこうと言われている、つまり従来から言われている飛沫感染ではなく、もっと微細な飛沫か感染を担っているという説だ、そりゃまあ誰が考えてもそうだよねと思う/飛沫というのは2メートルぐらい飛んで地面に落下するだけだが、マイクロ飛沫は落下せずその空間にずっと浮かびつづける、「だから換気しろ」と言われているとおりだ。
そして、満員電車や新幹線、あるいは飛行機等でも集団感染が発生していないところを見ると、つまり、三密的な空間であっても、「全員が静かにしてりゃ感染しない」のじゃないかね、たぶん満員電車にズンドコミュージックを流してハッスル、みんなが奇声をあげて踊り狂えばやはり集団感染するのだろう/これはつまりイメージ的には「瘴気感染する」ということではないだろうか、瘴気とはマラリアに関連して昔に言われた概念のようだが、もともと「悪い空気」みたいな意味なのでだいたい意味はイメージどおりだ。
であれば今言われている「三密」の警句は、「三密一静」と言われてもいいかもしれない、つまり「三つの密を避け、一つの静に努める」ということ、要するに三密で「ガーガー言い」「ハアハアする」から感染するんじゃないか、そして人がガーガー言い合って吐息をハアハア興奮させるとき、その空間に立ちこめるものは瘴気に違いない、そんなもん別にコロナでなくても吸いたくないな。
もし欧米諸国との感染の勢いの違いが、BCGやウィルス自体の差異でなく感染様式から生じているとすると、やかましい瘴気に満ちた国ほど感染が広がるということになる、欧米はガーガーハアハアうるさかったから蔓延したというと侮辱にあたるかもしれないが、ひょっとしたら感染様式としてはその可能性も大いにありうる/瘴気好きの人々から蔓延するのかもしれない、そういう「瘴気」が好きな人ってけっこういるじゃないか、ガーガーハアハア。
というわけで、コロナ騒ぎに乗じて、おれ個人の「瘴気とか苦手っス」ということを、主張してスッキリするのだった、ガーガーハアハアうるせえ奴は苦手だ、コロナが収まっても瘴気はやめろ/こころも魂も届いていないものをストレスと大声で解決できたふうに装うのをやめろ、大声にしても届いていないもんは届いていないのだ、と、コロナとはまったく無関係の話になってしまった。

ガーガー言ってハアハアする、その大声習慣を自粛せよ。

こういうのはマジメに、行政から言う必要があると思う/つまり、オフィス等でもデッカイ声で何かを言い合ったり、気を吐いて叱責したりとか、そういうのはダメだと、行政から言ったほうがよいように思う、どうしても怒鳴りつけたきゃ屋外に出て数十メーター離れて怒鳴ればいい、新入社員をビビらせるぐらい、それぐらい離れていてもカンタンだろう、おれなら余裕だ、もしそれが出来ないなら密室だからって大声で威圧するその小物ぶりをやめろ(なんだものすごい悪口ばかりになってしまった)。
マジメな話、三密一静として、「大声を控えてください」「興奮してハアハア息を切らすのも蔓延の原因です」と行政は指示するべきだと思う、オカマバーじゃないのだから大声を出さないと成り立たないオフィスというのはないだろう/居酒屋だってみんな大騒ぎするが、それはストレスとマウントのやりあいであって、心の底からよろこび愉しみ合って声を高めている人なんてほとんどいないじゃないか……と、こうしてまたただの悪口が始まってしまうのだった、そもそも閉めきってそんな瘴気を堪能することじたいが悪趣味なのでコロナと共に外に放り出してしまおう。
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コロナ騒ぎは承認欲求チャンスじゃねえだろ18/諸情報

ォーキングは4m、ジョギングは10m、離れたほうがいいらしい(山中伸弥による新型コロナウィルス情報発信)/先日、気晴らしに原付で走って駒沢オリンピック公園を少し除いたが、ランニングする人はすごく多くて、10mも間隔を取るのはムリそうだったな、まあおれはジョギングなんかしないし夜型なので夜中にこっそり近隣を散歩するので問題ない。
おれなんかは夜中にいくらでも出歩けるけれど、女性はそうはいかないから大変だ、またこれからは男性でも夜中は強盗のリスク等が増えるかもしれないので、老人なんかは散歩しづらくなるかもしれない(わざわざおれを狙うようなアホ強盗はおるまい、単独犯がおれを狙うのは向こうのリスクが高すぎる)。
いくつかの情報を殴り書きしておこう、◆アルコールの消毒効果は濃度80%前後が一番高い、◆ただしフマキラーは濃度50%ていどでも同等の効果があると実験報告している、実際新型コロナに対してはどうなのかはおれにはわからない、◆漂白剤(ハイター等)を適正に薄めたものは消毒薬として使えると厚労省も推奨している、ただし漂白剤って色落ちもするし強アルカリなのでゼッタイに目に入らないように注意、◆塩素系漂白剤は「次亜塩素酸ナトリウム」なのだが、これを中和した「次亜塩素酸水」のたぐい(電解水)にも消毒効果があるとよく言われる、が、どう探してみてもコロナへの有効性については公的な保証がなかった、しかも次亜塩素酸水を売っている業者は何かオカルトくさいので、おれはアテにしていない。
◆次亜塩素酸うんぬんについて、塩素濃度の高さと酸化作用だけでウィルスのエンベロープが破壊されているのかどうかおれにはわからない、単にアルカリがエンベロープを破壊しているんじゃないのかという気がシロウトながらするので、フツーにハイターを薄めて使うことにしている、◆塩素系漂白剤はたぶん日光(紫外線)にメチャ弱いし、そもそも塩素が自然に抜けていくシロモノなので、薄めて作った消毒液はすぐに劣化していくだろう、だから使う都度にササッと作るようにしている。

◆アメリカもBCGの検証を始めた、◆アビガンは世界各国から期待と共に何百万も発注されている、◆イベルメクチンは引き続き期待されている、◆レムデシビルという元々は抗エボラの薬も「重傷者の68%が改善」と報告あり、◆国立国際医療研究センターでは回復者血清の準備をしているそう、◆BCGにおいてコロナはオフターゲットだが、日本のように「えぐいBCG」をブッ込むと、それによって自然免疫そのものが鍛えられて「訓練免疫」になるのかもしれないという説がまことしやかに言われている、それまことならマジサイコーっすね、◆ワクチン開発は人類総力戦レベルで急がれているが、変異してワクチンが効かない可能性もあるとか、けっきょくのところ「本当は誰もよくわかっていない」という感じがする、◆エビデンスエビデンスというが、たぶんどんなネタでもエビデンスがはっきりするのはこの先数年後のことであって今のところは現場レベルの「効くっぽい」をアテにヤマカンを張るしかない様子だ、◆ロサンゼルスではアメリカ初の「マスク義務化」が施行された、この件についていわゆる「ウィルスやマイクロ飛沫はマスクをすり抜けるので効果無し」を言いたがる論者は沈黙している。
けっきょくのところ、換気とマスクと手洗いをしていたら、感染のリスクはかなり下がるのだという印象を受ける、特に「全員が」それをやっていたら、たぶんリスクは極端に下がるだろう、まあそうでなくても「手を洗うまで顔や口元には触らない」というアビリティを持つ奴が、マスクをつけて外出していたら、どうやって感染させるかはなかなか難しいところだ、まさか眼球の目の前でくしゃみをぶち込むというわけにもいかないだろう。
汚染物にいくら触れても、それだけで感染するわけではないので、汚染物に触れたあと目・鼻・口に触れることが必要なのだ、この手前で手を洗滌されたらコロナはリセットされてまう/という言い方をすると、まるでコロナサイドに寄ったような言い方だが、わかりやすいからいいのだ、地下鉄サリン事件を起こそうとする犯人にとって、地下鉄の窓が開いていたら「チッ」と舌打ちするところだろう、少なくとも効果は大きく下がってしまう、誰もコロナのことを愛してはいないのでコロナに対するいやがらせを考えるのが吉だ。
◆手洗いは石鹸をつけて20秒、ベストはそれを二回やるそうだ、◆薄めた漂白剤による消毒は「数分おいたあとに水拭きする」と必要時間については曖昧だ、◆おれは「ビニ4」と呼んでいるが、外部からのブツはビニールに入れて封じて丸四日おく、だいたい三日間おけばウィルスは死ぬそうだ、一部例外に長生きウィルスも報告されているが、それは環境にも寄るのだろう、一般には布やダンボールの上なら24時間で死ぬし、プラスチックや金属などのツルツルの上でも72時間で死ぬ、◆食べ物から感染したという話は今のところまったく聞かないが、個人的に生野菜や寿司等はやや不安が残る、◆食べる前に80℃以上でねっちり加熱してやればコロナウィルスは死滅する、◆そもそも公的には野菜は食器用洗剤をつけて洗うものだ(裏面にちゃんと「野菜」の表記がある)、◆洗濯はフツーでかまわないらしい、/まあこんなところだが、◆こんな状況にもかかわらず、おれはずいぶんゴキゲンだ、友人に会えなくて寂しくはあるが、それとは別に何か無性に楽しいのだった、これは世界最高のグッドニュースだろう。

◆コロナネタを吹くことで承認欲求を満たすという一部のブームは引き続き隆盛している。

思いがけずたくさんの人が、「ボクの(アタシの)話を聞いてほしい」という、悲惨な衝動を抱え、悲愴にそのチャンスを探し続けていたのだ、そして今ならコロナ関係でそれっぽい悲惨さや警告をまき散らせば、それなりに話を聞いて貰えるし、何なら「いいね」もつけてもらえる、そういうチャンスに目の色を失うという大爆発も起こっている/それについては、もうこの際しゃーないことだ、そんなことはさておき「一緒に手を洗い、今は伏せて、この先を助け合って生きていきましょう」とおれは言いたい、そして同時に、「承認欲求から発信されているエセコロナ情報は情報ではないので遮断しろ」とも、おれは言いたいのだった、満たされない人にとって承認欲求とは強烈なもので、そうした人々の体内にはどうしても良識より圧倒的な毒がめぐってしまう。
引き続きおれの方針としては、「梅雨ぐらいまでは特に考えない」というところだ、こんなもん数日ごとに情報が更新されるのだから、今日考えたことは来週には変更させられているだろう、この時期に何かを決定的に考えても意味が無い、だからおれは「あるていど治療法が確立されるまで感染してやらん」をモットーに、粛々と防疫暮らしを続けているのだった、この防疫暮らしが何なのかについても、梅雨ぐらいまでは特に考えない、別にこの数ヶ月間、おれが手を洗ったからといっておれの尊厳が破壊されるわけではなかろう、残念ながらおれはそんなにヤワな奴ではないのだ。

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コロナ騒ぎは承認欲求チャンスじゃねえだろ17/九折によるテキトー予測

ギリスのボリス・ジョンソン首相が、コロナで入院されていたところ、本日無事に退院されたそうだ、しばらくは静養されるようだが、よかったよかった/御年55歳の方で、一時的には集中治療室に移されるほどに悪化したらしいが、無事生還されて何よりだ、一人が退院したということはこの騒ぎにまた一人勝ったということになる。
コロナうんぬんにつき、今日は日本で何人、東京で何人と、個人的にテキトーに表計算ソフトに入れてデータ化しているので、このところはその数値を入力するのが盆栽趣味のような愉しみになった、不謹慎きわまるのは承知しているが、おれは今までに不謹慎でない愉しみというのを知らないのでしょうがないのだ。
さて偉大なるおれさまによる、偉大なるテキトー予測によると、ゴールデンウィーク明けが第一回・緊急事態宣言大会の区切りだとして、ゴールデンウィーク明けに、[日本全体で10万人、東京だけで3万人]の感染者が出たらダサいスコア、そして[日本全体で3万5千人、東京だけで1万人]の感染者に留まったら超イケてるスコアだ、1/3の結果に収めろってことだな、まあ行政がどう考えているのかは知らんがおれは勝手にそれを目標にしている。
そう思って日々のデータを入力していくのは、ちょっとそれなりに愉しいのはわかるだろう/感染で「何万人」と言われるとスゲー怖いと感じるかもしれないが、仮にマンガやCDの売り上げ件数だったとしたらどうだ、「全国で35000枚の売り上げ」というと、ごくマイナーなものに見える、あるいは日本より格段の勢いで感染が広がっているアメリカでも、感染者数(陽性患者数)は50万人だ、ある意味「まだミリオンヒットもしていない」という言い方もできる。

われわれはこういう数値を感覚に落とし込んで把握することに慣れていない。
もちろん、実際の陽性キャリアの数と、「検査によって陽性が判明した人」の数は大きくかけ離れているだろうが、仮にそうしたコロナ感染者が全国で10万人以上、12万人以上いるとしても、その数はたとえば「ハンドボール部に所属している人」と同じぐらいにしかならない/あなたが近所の友人知人に向けて、「今ハンドボール部に所属している人いますかー?」と聞いても、まず「はい」と手が挙がることは少ないだろう、われわれはこのあたりの数量を感覚で捉えるのが苦手なもので、たとえば高校生だけでもハンドボール部に所属しているのは4〜5万人ぐらいいるそうなのだ、現在ハンドボール部の人が4万5000人とかいうと「そんなにいるの?」という感じがする、つまりわれわれは「全国」に存在する人口を感覚的に小さく見積もっているのだろう。
たとえば現在、東京で2068人の判明した陽性患者がいるのだが、これだって東京の人口はなんと1400万近くいるのだから、計算すると現在のところ 6746人 に 1人 が陽性患者になっているという状態だ、この状況でたとえば「100人とキスして感染したら100万円!」という企画がもしあったとしても、100万円の獲得はまずないという計算になる。
もちろんこれが、現在の数の問題でなく、等比級数として拡大していくから問題だということなのだが、それにしてもむやみやたらに恐怖するというのは数理的におかしい、現在アメリカの新型コロナ陽性患者は53万人だが、HIV陽性患者は120万人もいる、つまりすれちがう人の「コロナかも」は「HIVかも」より少ないはずなのだ/われわれが外出を自粛して、防疫して蔓延の拡大を防ぐのは正しいが、蔓延といって「街中にうじゃうじゃいる」というイメージは誤っている、現在の判明している陽性患者の数は「オウム真理教の元信者」の数より少ない。

ウィルスのついていない物品を消毒しろ。

奇妙なことを言うようだが、現実的にはそれが正しいのだ、感覚的にはウィルスがついている「かもしれない」から消毒するのだが、今のところほとんどのものにウィルスがついている可能性はごく低いのだ、そんなもんこの時点で身の周りにウィルスベッタベタだったらもうとっくの昔に全員が感染しとるだろうよ/現実的には、目の前のものにウィルスは「ついていない」のだが、ついていないそれを消毒するのだ、だから気楽でいい、街中でも同じく空気中にウィルスなど「飛散していない」ところでマスクをするのだ、そうでなければ現実的でない。
人は年末ジャンボ宝くじを買うとき(といっておれは買わないのでよく知らないが)、当たるかもしれないからそれを買うのだろうが、それにしても当たらない公算が大じゃないか、つまり現実的には "「はずれクジ」を買っている" と捉えるべきだろう、そのことの妥当性と同じぐらい、物品の消毒は「ウィルスのついていないものを消毒している」と捉えるのが現実的だ、防疫というのはそれでいいのだ/ありもしない目の前のウィルスと格闘していると先に気疲れでダウンするぞ。

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コロナ騒ぎは承認欲求チャンスじゃねえだろ16/ひとつの「終息した」感
ロナ騒ぎは終息していないが、勝手におれの中ではひとつ「終息した」と感じている。
なぜといって、防疫のテクニックも慣れたし、マスクやらアルコールやら漂白剤やらも当座のぶんはなんとか手配できた、あと他に何か出来ることがあるかというと「ない」ので、「じゃあもう終わったじゃん」と感じた/コロナ騒ぎはこの先も乱高下するだろうが、乱高下されてもおれのやることは同じなので、おれ個人としては面倒なフェーズは終わった。
世の中のために何かできることというと、おれが感染しないことだろう、そうしたら医療キャパシティを一人ぶん浮かせられるし、何よりこの偉大なるおれさまは庇護されて元気なほうがいい、偉大なるおれさまが風邪を引くと世界のすべてがしょんぼりするだろう、おれが風邪をひいてしまったらこの世界は値打ちがなくなってしまう。
島津製作所が、コロナ検査キットを開発して、この国産の検査キットは今のところ検出精度が100%だそうだ、これまでは精度が70%しかない(陰性と出ても30%は感染している)中でやっていたらしいから、これからはPCR検査もやる値打ちがあがるだろう/一方で医療現場からのレポートはどうも「何もかもが足りない!」という様子だから……つまり病院側からは「来るな」、そしておれの側からも「行きたくねえ」ということで、両者の願いは合一しているのだった。

自粛自粛と言われるけれども、本当は自粛するべきはコロナ側だバカヤロウめ。
世界中で「アビガン!」コールが為されており、今や日本が作ったアビガンは、ジャスティンビーバーよりはるかに人気がある、イベルメクチンも後に続くといいなあ/もし特効が認められれば、一年間「アビガン」と書いたTシャツを着てやってもいい、世界中の全員がそう思っているはずだ、ノーベル賞なんか五個ぐらいやったらいい。
おれは勝手に日本の数値を計算しているが、潜伏期間の平均が7日だと仮定すると、日本人は 3月11日〜3月19日 までコロナにビビって万事を控えた、その結果として一週間後に拡大速度が鈍化しているということになる、そのときの貯金があって日本はまだ踏みとどまっている。
諸外国のデータを見て、「あかん」ラインは「感染者数が一週間で倍になる」というオーダーに見えるので、ここ数日の日本の数字は大変よくない、そしてその数字は一週間前の行動を反映しているから、今日反省しても成果が出るのは翌週だ/「感染者数が一週間で倍になる」というオーダーに乗っかり続けるとGW開けには10万人弱という数字になってしまう、そこまでいってしまったらわれわれの対策負けだ、まあ緊急事態宣言までしたのでこの先は拡大の速度が鈍化してもらわないと困る、つまり4月15日以降に数字がどうなるか……まあどうなっていようがおれとしてはやることはもう「終わった」ので、ただ数字を眺めるだけになるけれども。

医療崩壊に口出しするより、自分の防疫崩壊の対策をしろ。

PCR検査を増やすとかMRI診断を増やすとか、そんなこといっても、消毒と防護服等の消耗品が大量に必要になるわけで、そして検査を倍にしても人員と設備が倍にはされないわけで、そんなもん、現場のヤバさは、ちょっとでも実務をやったことがある人ならゾッとして検討がつくはずだ/余裕のあるところに倍増を言っているのじゃないぞ、ギリギリのヘトヘトでやっているところに「倍増、シャキーン!」と言われるわけだ、いわば12ラウンドまで戦ったボクサーに「あと12ラウンド追加になったわ」と言いつけるようなもので、梅雨の時期の洗濯物がようやく終わった直後に「もうワンセット頼むわ」と同量の洗濯を押しつけるようなものだ、この中に「ワタクシ、新規患者でござい〜……」に顔を突っ込むのが一番気まずいので、まあ防疫ですよね、呼ばれてないところに顔を突っ込むのはスゲー居心地悪いものだから。
防疫のテクニックに一通り慣れてしまうと、やることがなくなってしまうので必然「終わった」感になる、つまり自分の対策本部としては混乱の時期は終息したわけだ、とても落ち着く心地がしてイイものだぜ/あと、足しになるかどうかわからないが、拍手ボタンをくっつけていると、多くの人が「このブログでギリ精神安定しているっス」という報告をしてくれた、いちいち開示はしないがつまり似たような同志がけっこーいますよということだけ報告しておく、同志の声なんかおれだけ確認してりゃいいだろ、というわけでボタンを置いておくのでゲン担ぎにはテキトーに同志に向けて押せ、ちなみにこれを押したところでおれには何のトクもないので心配は要らない(このブログには何の収益性もない)。
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コロナ騒ぎは承認欲求チャンスじゃねえだろ15/「この先」で唯一わかること

疫装備をして気晴らしに原付であたりを走ってみた、わざわざ用事のない屋内には入らないが、いくつかの公園などに立ち寄って覗いてみた。
全体的に思うこと、といってもおれが勝手にそう感じて思っているだけだが、やはりふつうこんな急激な状況に、神経も脳みそも追いつかないようだ、ただの子育てでさえ四苦八苦している若い女性が、加えてマスクまでさせられて新型だの何だのと言われ、すでに意識が現実から遊離しているというような表情を見せている。
道路を走っていると、すでに自動ドアを開け放って換気にしているコンビニがあったり、一方で、「せめてドア開けとけば?」と感じる店が、ドアを閉めきって営業していたりする/おれは今さらながらに知るのだが、こういうときやはり政府・行政が指示なり指導なりしないとダメなのだろう、この世のすべての人が大学院を出ているわけではないし、軍隊のような判断力の訓練を受けてきたわけでもない。
よくよく考えれば、目の前に試験用紙を出されて「この設問のモル数を計算してみろ」と言われたって、何のことやらさっぱりわからない、忘れたしそもそも理解したことがない、という人がたくさんいるはずなのだ、いつのまにかわれわれは自分たちが全員優れた学者のように優等生だと思っているけれども、そんなことはまるでなかった/政府が緊急事態宣言なんか出さなくても、緊急事態だというのはパンデミックに関わる情報と数値を見ていれば誰でもわかる……と思いがちだが、それは誤りだ、こんなヤバい状況のデータを自分で直視して自分で行動決定できる人などごく少ないものだ、多くの人は「ひたすらビビる」か「裏返って麻痺する」かのどちらかしかない。

奇妙なことだが、根本的な土台に、人類は滅ばないという思い込みがあるような気がする。
ウィルスが蔓延して、経済が壊滅して、「どうなるんだろう」ということの先に、人類が滅亡する可能性を無視しているような気がする/そんなもん、別にコロナ騒ぎじゃなくても、太陽が機嫌をそこねてちょっとバーストするだけで地球は黒焦げだ、人間といわず全ての生きものが死滅するだろう。
「人類滅亡」みたいなことは、安いマンガのイメージで空想する人は少なからずいるのだが、空想ではなくてガチで滅ぶこともあるというか、いつかはきれいさっぱり消えてなくなるのだろう、「人類の消え去ったあとの宇宙」を想像したことがない人がいるのかもしれない/といって、宇宙に流れている時間の幅から考えれば、人類の存在なんてごく短い一瞬のものだろう、人類の滅亡というのは「ギャー」とか「ヒー」とかいうことではなく、ただ「そういえばそうだった」というレベルのことだ、この宇宙に人類が存在している時間のほうが全体から見れば特殊で例外的だ。
「この先どうなるのだろう」といって、そんなことは誰にもわからないし、わかったようにあれこれ言っている人は逆に見失っているはずだ、どんなことであれ先がわかる人などいない/誰だって冷静に考えれば、われわれにわかる「先のこと」といえば、やがて自分が死ぬということと、自分の知人すべてが死ぬということ、および人類が消え去ってその後は人類のいない宇宙が続くということだけだ、コロナに対しては冷静に防疫するべきであって悲劇的に防疫することは麻痺と同様に「この先」を見失っている。

「この先」が視えていればパンクしない。

そしてわれわれが知りうる唯一の「この先」は、人類がいなくなった宇宙だけなので、そのことが視えていればパンクはしない、つまり永遠でないものはけっきょく滅ぶのであり、それまでが長いか短いかというのは主観の問題だ、一年が長いか短いかは当人の主観でしかないし、一万年だって……といってさすがに一万年は長いなぁ(おれの主観)。
仮に明日、なぜかコロナが急に地球から消え去ったとする、そうすると、それはもうバンザーイと世界中が踊り狂うだろうが、それでも友人がいなければ永遠はないので真のバンザーイではない、コロナがいきなり消えたって「この先」は解決していないじゃないか……なるほど、つまり多くの人はきっとこれまで万事を「問題ない」と思い込んで気楽に生きてきたのであって、それが急に「問題あり」にさせられたからパンクしているのだ、いやあそんなのコロナがなかったとしても実は「問題あり」だったのだと思うよ、永遠のものがなければけっきょくすべては「この先」で消えてしまうのだから/というわけで、確かにそうして「この先」を視たら、不思議だが逆にパンクしないなということを、不思議だなあと感心しつつ、どう考えても防疫しますよねというていどに防疫しなさい、コロナがきっかけで「この先」を視認したというのは悪くない話だと思う。
 
 

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コロナ騒ぎは承認欲求チャンスじゃねえだろ14/顔を触るな
文したPCが届いたぜ! この春から新しいPCでガンガンいくぅ〜/しかし、この状況だから、新しいPCも「ビニ4」をやるのだ、つまりビニール袋に入れて四日間は放置だ、くぅ〜早く触りたいぜ。
拍手ボタンの設置が妙に評判よかったので、また設置しておこう、ノーコロナ祈願と精神安定のためだ、このときに必要なのは何かを必死に祈願することではなく「お、ラッキー」と感じることだ、いいことをじゃんじゃんやればクラクがシンシンされるので(意味不明)、いいことができるチャンスに出くわしたときは「お、ラッキー」と感じるようにしよう。
日本国内のコロナ死者は100人を超えてしまったが、ヒマだからといってパニックに耽って遊ばないように、イタリアなんか医者だけで100人が亡くなっている、この状況で最前線を選んで立たれた英雄が100人も戦死されるというのがどういうことなのか、どれほどのマイナスでどれほどの償いがたさなのか、そのことのすさまじさを視たら現在の日本人がパニック・ヒステリーをやる権利はどこにもない。
医療の受け容れキャパシティの拡大は間に合っておらず、困難と批判が予想されるが、この状況で「間に合う」というような国がどこにありうるのか、相変わらずヒマな人サイドではこの機に乗じて承認欲求を満たそうとするグール(屍食鬼)行動が多数出ているが、それはまだ日本が平和だということだ、そしてこんな危難のときにグールぶりを明らかにした者は今生のうちには何も救済されないだろう/それでも互いに「一緒に防疫していこうぜ」というのがわれわれの最大の理性だと思う。

ニュースでは各地の新規感染者数が報告され、「一日当たりの感染者数として、これまでに最大の数となりました」と、 "しめやか" に言うのだが、こんなもんアホな話に決まっている、フツーに考えて新規感染者の数が減るわけないだろ!! パンデミックだって言っているのに、減るパンデミックがあってたまるか。
新規感染者数は昨日より増えるのが当たり前だ/何かオリコンチャートの「初週で売り上げ○万枚!」とかいう数字とごっちゃにしてねーか……そういう流行と感染の流行は違うぜ、むしろここでもし新規感染者数の報告が「減った」と報告されたら、国民総員でズッコケなきゃならんところだ、「んなわけねーだろ」と。
もちろんそんなズッコケが起こればよろこばしい限りだが、もしそんなことがあれば本当に日本ではパンデミックの側が壊れているということになる、肝腎なのは「量的にどのていど最大値が更新されているか」であって、明日が今日より少ないことなんて誰も期待していない、つい祈ってしまうのはわかるがそれとは別に「減るパンデミックがあってたまるか」と当たり前に認識しながら状況を注視していなくてはならない。
世界のあちこちから、たとえば「エレベーターのボタンを経由して接触感染が起こっている」等の報告がされている、つまり汚染物に手指が触れて、手指が口元や目元に触れて感染ということが多くあるようだ、まあそんなもんフツーの風邪でもインフルエンザでも同じだが、とにかくそういうことらしい、ちゃんとしたエビデンスがある(クラスターとは別のフロアにいた人も感染している)/日本の感染者数がどこまでも世界より少ないのは単純に「手を洗いがち民族」ということなのかもしれない、それらのことはすべてずっと後にならないとわからないだろうが、今何が起こっているのか、後になって知ってゆくことを今から楽しみにしている。

手にウンコをつけておけば顔を触らない。

アホみたいな話だが、仮想的にも、「さっきすげえウンコ触ったわ」と思っていれば、自分の顔に触れることはためらわれるだろうし、その手のままサンドイッチを食べることにも躊躇するだろう、だからウンコを触っている人は今回のコロナに罹らないかもしれない、なんだこの話は/アホみたいな話だが、結果的にそれで同じだからいいのだ、上品には「手を洗いましょう、それまで顔に触らないこと」だが、「お前の手はウンコまみれだぞ」と言ってやるほうが直感的にはわかりやすいかもしれない。
「手にウィルスがついている」というのでは、何か怖い上に感覚的に見失いがちなので、「手にウンコついてる」といえばわかりやすくてしかも恐怖がなくていい、ウィルスのついている手を洗滌するのは恐怖からだが、ウンコのついている手を洗滌するのはそれが単純に「正しい」からだ、なんだこの話は……/しゃーない、この世界的ウンコハンドマン現象が終息するまで、あくまで手を洗うしかないな、あなたはウンコハンドマンである、このウンコハンドマン世界において、手を洗う者は正しく、手を洗わない者はウンコマン-19だ。
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コロナ騒ぎは承認欲求チャンスじゃねえだろ13/精神安定のために

こまで役に立っているかはわからないが、いちおう、いつもこれを読んでくれている人の、精神安定のためにコロナネタを書き話している(役立っていますかね?)。
ふつうの感覚で生きている人にとって、この一ヶ月でいきなり「汚染された街」で生活させられるというのは、気を抜けば頭がおかしくなりそうになるはずだ/それは当たり前のことであって、おれのようにクソ落ち着いている奴のほうがおかしいのだ、何しろおれは実父が急逝した直後にさえ「なんだその落ち着きぶりは」と親族にドン引きされるような奴だからな。
おれが落ち着いているのは、原発事故のときもそうだったが、かねてよりそうした大規模災害のことを調べては「おっかねえなあ」と考えてきたからだ/おれとしては正直、以前の鳥インフルエンザのほうがビビった、確かスペイン風邪がH1N5型だったからだが、今回のようにコロナウィルスでこんな疫病になるというのは知らなかった。
おれが以前、商社マンだったときには、SARSというやつが流行して、しかもおれの担当が中国だったから、その騒ぎのことはよく覚えている、先輩がニコニコしながら上海から帰ってきたとき誰も近づかなかったもんな笑……ところでSARSというとみんな「なつかしい、そんなのありましたね」と感じるかもしれないが、今回の騒ぎはあのSARSのシーズン2みたいなものだ、だってウィルスの名前は「SARS-CoV-2」だからな/ COVID-19 というのは「2019年に始まったコロナ蔓延」という意味であってウィルスの名前じゃない、  "Corona Virus disease 2019" だから COVID-19 だ、ウィルスじたいは「サーズ2号」だ。

そういえば、スマホから閲覧すると拍手ボタンが押せなくて困ると言われているのだった、こういうときはそういうしょうもないことで気を紛らわすのもいいことかもしれない/いや失礼、これを「しょうもない」と言う権利はおれの側にはないな、テキトーにボタンを置いておくので押したい奴は押しておくように、ちゃんとおれのところには届いている。
さておれは、以前から昔話として、たとえば「ペスト怖すぎだろ」「天然痘怖すぎだろ」「スペイン風邪怖すぎだろ」「コレラも赤痢もおっかねえわ」ということをまざまざと想像するというド変態的な訓練を積んできたので、今回のことにもビビりながら、冷静ではあるのだった。
ペストやら天然痘やら、当時はそうした「疫病」が始まったら、本当に打つ手が無くて、何しろウィルスの存在さえ知られていなかったのだから、本当に悪魔・悪霊のしわざのようにしか捉えられなかったのだ、そうなるともう感染者を一つの村に集めてその村もろとも焼き払うみたいな悲惨な方法でしか対処のしようがなかった/その時代に比べると現代とかマジでヘヴンだわと真剣に思う。
二百年前に人類がアヘンを発見するまで、人類は麻酔がなかったのだから、当時の手術というとつまり「そういうこと」にならざるをえず、そんなもん考えただけでゾッとする悲惨さだ、あるいは江戸時代なんか、死因の上位に「虫歯」が入っている、虫歯で死ぬってどういうことよと、それも考えたら寒気がする、加えてもちろん当時は女性が出産で死ぬことはザラだったのは衆知のとおりだ、それに比べれば現代の「医療」は本当にすさまじい救済だ、そのことを思えば防疫やら外出自粛ぐらいでへこたれる気はしないだろう。

ヘンな言い方だが、おれが想像していたパンデミックよりずいぶんマシだ。

おれがこれまでに「おっかねえなあ」と想像していたパンデミックより、遥かに早く、また遥かに具体的に、治療法やワクチンの見当が付いてきている、実際「しばらく自粛したら超えられる」という見込みのほうが現実的に大きいのだ、こんな僥倖があるか/たとえば過去、最大に流行した14世紀のペストだと、70年間以上蔓延して、人口の二割が死んだんだぜ、感染者の二割じゃなくて人口の二割だ、そのことに加えて現代は医療の水準がまったく違うのだから、そりゃ想像していたものより「ずいぶんマシ」ということになる。
おれがこれまで調べてきたものによると、どの資料も、現代の人口移動の中で、こうしたパンデミックは「無いほうがおかしい」と言っていた、「現代はなぜかウィルス禍を免れている特殊な時期」ということだった、それで今回こんな疫病が起こったのは無念には違いないが、人類史上最悪とかそういうことではまったくない、「治しようのない虫歯を腫らしながらペンチで引き抜こうとするも気絶していたところペストに罹って村ごと焼き殺された」というようなこととは次元が違う/うーん現代ってマジでヘヴンだ。

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コロナ騒ぎは承認欲求チャンスじゃねえだろ12/防疫テクニック訓練中
イトルがこんなにナンバリングする必要はないが、まあ見た目にわかりやすいので続けていこう。
防疫のテクニックを訓練している、パンデミックそのものに対してはできることがないので/防疫のテクニックを訓練している、具体的に言うと買って来たものをどう洗滌して仕分けするかという訓練をしている(先日紹介した動画にあったようなやつだ)。
外出時も、手袋をどう使うか、アルコール消毒をどのタイミングで使うか等、訓練している、まあやはりパンデミックにそのものに対してはできることがないので/やってみると案外、初めは「あれ? ここで手を消毒しても次にこれ触るじゃん」とかいろいろ不慣れがあって面白い、面白がっている場合じゃないのだが面白くないことはやる気になれない。
あと、おれは原則キャッシュレスには反対派なのだが(駅改札のSuicaは別)、このときはやむをえないので臨時にキャッシュレスを利用することにした、ふだんは使わないクレジットカードを使うようにし、あとついにネットバンキングを使うようにした。

熟練したパートタイムワーカーなどを見ているとわかるが、作業は慣れるまでかしんどい、慣れるまでは単純に訓練しなくてはならない。
訓練して、慣れるというのはどういうことかというと、「寝ててもできる」というような状態になることだ、たとえばまともな日本人なら寝ているところを叩き起こされても目上の人に対しては敬語で話してしまうし、泥酔しているおじさんでも名刺交換をさせればいつもどおりの挙動で正しい名刺交換をする。
買ってきたものをいちいち洗滌するというのが面倒だというのはわかるし、中には洗滌できないものもあるので、洗滌できないものはどうするかと、区分けして捉えるのは初め神経がイライラすると思うが、その面倒くささと神経のイライラは、きっと単純に「老化」だと思う/たとえば過去、多くのおじさんとおばさんが、ファミコンからスーパーファミコンになったとき、コントローラーの「ボタンが多すぎる」ということで投げ出してゲーム遊びについていけなくなったのだ、今でも老化してしまった人はもうスマホのフリック入力は投げ出してしまい過去の入力方法に頼っているだろう。
おれはそういう、新しい様式に対して「面倒くさい」と感じてついていけなくなる、「老化」という現象そのものが苦手だ、なぜ苦手かというと、老化というのは必ず自意識が「偉い」という方向に向けて起こるからだ/新しい様式を「面倒くさい」と投げ出す現象は、「過去に生きてきた自分のほうが偉いから」という感覚で発生する、それはさすがにねーわということで、おれは素直に防疫のテクニックを訓練しているのだった。

注目せよ、防疫をしない人は自分のことを「偉い」と思っている。

たとえばニュースで、「緊急事態宣言が出されてもパチンコ屋に行列する人々」みたいな映像が流れるが、その多くが老人だ、そして防疫をする・しないはあくまで個人に主権が分配されている立憲民主主義の原則だと先日わたしは言ったので、そのことはまったくそのとおりだ、ただし注目すべきはそうした人々が自分のことを一般より「偉い」と思っている点だ、老化というのはそのように「一般より偉い自分にとって、新しい様式などは面倒なだけの見下してよいものである」という形で現れてくる/それが「老化」であって、これはよしあしを言っているのではなくただ現象の性質だけを述べている。
老人が老化しているのはごく一般的なことであって、良いとか悪いとかいうことではないと思うが、ただおれは厚かましくも老化するのはイヤなのだった、だからこういう危難のときには、新しい様式に対して「対応早いっスね」と言われる側でありたい/流される奴は弱くなると思うが、面倒くさがる奴は老人になるだろう。
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コロナ騒ぎは承認欲求チャンスじゃねえだろ11/甘く見てはいけないし弱まってもいけない

急事態宣言が遅いとか早いとかいうより、対応する医療キャパシティの拡大が遅い(間に合っていない)と感じる、何によって感じるかといって、「このように拡大しました」というニュースも映像も見かけないからだが/ただでさえ病院はふだんから満杯気味で、医者は分散しているから医者不足なのに、ここに隔離を要するコロナ患者が運び込まれてきて対応できるわけがないのだから、そこは真剣に「どう手配しているの」と心配にはなる、どこかの駐車場や競技場にプレハブの施設を建てたとか災害時の仮設住宅を転用しましたとかいう映像をチラホラでも見ないとさすがに「まさか何もやっていないんじゃ?」という恐ろしい空想もしてしまう(さすがにそんなわけねーとは思うが)(もし新入社員にやらせたらそういうことって実際ありうるよね、「どうしたらいいかわからないんで」みたいに)。
どうも勘ぐってしまうところ、政府は医療側の受け容れキャパシティと按配しながらPCR検査の数を絞っているような気がしなくもないので、もしそういうことなら何がなんでも医療キャパシティの拡大が最優先なのだから、もう給付金等は麻生に任せて安倍が直接医療設備拡大をやれ、と勝手に言いたくなる/もちろんすべてただの空想に過ぎないが、いっそのこと「罹患者は自前でキャンプ用のテントと寝具を購入して持参すること」「罹患者はまとめて防護バスで湾岸の空き地に集める」みたいなむちゃくちゃを、想定だけでもしておいたらどうかという気がしないでもない(中古のキャンプ用テントぐらい供出してくれる人はいるだろう)。
軽傷者は退院させて近くの施設かホテルへ、という話が出ているが、 "肺炎の軽傷" ってどうなのかね、おれはガキのころに肺炎で入院したが、自覚症状は何もなくて「なぜぼくは入院しているんだろう?」と思いながら、ゲームウォッチをやっていた記憶があるぞ、それでも肺炎といえば入院しないと危ないわけで/肺なんてデカい臓器に炎症が起こったら、それは肺炎としては軽傷であっても相当キツイということがありうるはずだ、そこで当人がグエーと言っているのに「肺炎としては軽傷だから帰れよ」とはなかなか言えないだろう/そもそも "重傷の肺炎" というのは新型コロナじゃなくても「あかんやつ」じゃないか。
インフルエンザの場合、流行時には「風邪気味で」と病院にいくだけで、鼻に綿棒を突っ込まれて迅速検査をされるはずだ、それに比べるとPCR検査はまるで「狭き門」みたいになっていて、就職活動で例えればまるで「最終面接まで行かないと検査してもらえない」みたいだから、こんなことではいけない/緊急事態宣言が遅いとか早いとか、色々言われていたが、まあ冷静に考えたら宣言なんてものは「緊急事態! と言ってみました」というだけであって、実務としては「何もしていない」に等しい、たとえば「部屋がとても散らかっている宣言」を発表したって片付けに要するマンパワーとは無関係ということのように、そのことは明日もう一度「緊急事態宣言、2」みたいなことをしたらよくわかるだろうが、さすがにそんなジョークが受け容れられる状況にないな。

甘く見てはいけないし、自分が弱まってもいけない/このときわれわれができる医療の実務は何か? そりゃ防疫して感染しないことだ、外出をなるべく自粛して感染しなかった奴は、コロナ患者をひとり未然に救ったということになる、そして自分が誰かを感染させるケースを考えれば、感染源のひとつを絶ったとも言えよう、それはぼちぼちの英雄のはずだ、われわれが自粛して防疫して「感染しませんでした」を続けていくのはわれわれのできる直接の医療実務だと言いうる。
そして、ここ数日で強く思うのは、今このときに罹患するのは本当に損だということだ、数週間前ならいざしらず、今わざわざこのタイミングで罹患するのは、相場として悪すぎる、なぜかといってもうしばらくすればアビガンその他の投与態勢や、どのタイミングに何を処方すればいいという、つまり治療法が初期であれ成熟してきそうだからだ。
なんというか、ヘンな言い方だが、「治療法の確立されるギリギリ手前で感染する」ということほど損な罹患はあるまい、「せめて一ヶ月後に罹患していればこんなに苦しまなくて済んだのに」ということがいかにもありうるはずだ、だから今このときに感染するのはたいへん損なのであって、いくら面倒くさくても今このときは自粛と防疫に励むよりない。
甘く見てはいけないし、自分が弱まってもいけないと思うのだ、自分が弱まったら免疫力が低下するだろうし、甘く見たらつい「ストレス発散〜」なんてことを考えて、遊び回って公益に反する感染をしてしまうかもしれない/「感染するのは絶対にイヤだ!!」と悲鳴をあげるのは、きっと自分を弱まらせる恐怖パニックであり、かといって「大丈夫っしょ」というのも、甘く見過ぎに違いないのだ、そこでおれは思う、「感染するにしても今じゃない」「今感染するのは相場が悪すぎるわ」と。

治療法が確立されてからしか感染してやらん。

もちろんそうこうしているあいだに、ワクチンが出来て「あれ〜 けっきょく感染しなかったなあ」というのがベストだ、だがこのベストにこだわると人は弱まりかねないので、バランスを取って「今は罹らん、相場が悪い」「治療法が一定ていど確立されたら考えてやる」、これが甘くも見ず弱まりもせずというところだとおれは思っている。
いくら緊急で医療キャパシティを拡大しても、そんなもん限界があるのはミエミエなのだ、じゃあどのように解決するかといって、有効な治療法が確立されるまでは解決するわけがないだろう、「患者を三日後には施設に移送できる」というていどの治療方法が確立されるまでは、医療従事者も足りないしヘタすればふつうの鎮咳剤さえ足りなくなるんじゃないか/最低、医者がアビガンその他の量やタイミングを "使いこなす" ようになるまで待て、そんなもん現場で投与してみた医者が現場の感覚から「こういうタイミングでこういう量を投与したら効く」ということを知っていくしかないのだ、先に論文があるわけじゃない、今なんかもう当てずっぽうで投与するしかないのだろう、だから今感染するのはスゲー損なので、おれは今は罹ってやらないのだった、みんなも感染はしばらく後回しにしたほうがいい。

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コロナ騒ぎは承認欲求チャンスじゃねえだろ10/「正義」をやった人は帰ってこられない
とえば暴力団の一群がいて、公園で飲み会をしている若者たちに、「お前らコロナに罹るからやめえや、解散じゃ」と言いつけたとする。
若者たちが「は?」と反抗しようとすると、暴力団の若衆は「なんじゃコラ」と恫喝した、そうするとスゴスゴ若者たちは解散せざるをえない、そういう風景を見たらあなたは胸がスカッとするだろうか/一部には「マジ正義だわ」と感激する人もあるだろう。
これは、「この時期に集まって宴会なんかしちゃダメでしょ」と、いわば暴力団が「判決」を下したことになるが、これは公的な裁判ではないので私的裁判ということになる。
過去、こうした私的裁判と私的判決、および私的刑罰をした人が実際にいるのだが、彼の名前を「リンチ」という、いわゆる私刑をリンチと呼ぶのはこの私的裁判の判事と私的な残虐刑が語源だ。

つまりリンチにかけたら胸がスカッとするということになる/こじつけで言っているのではなく、リンチというのは胸がスカッとするものなのだ、そのことは経験のある者なら誰だって知っている、むしろスカッとしたいからリンチをやるというのが暴徒側の動機だ。
そしてリンチというのは、終わったあとは胸が黒くなるものだ、今となってはそれが魂が食われて穴ができるということだとわかるが、そんなことはふつう知りようもない/あえてそれを正義だと言うならば、正義というのは魂を食われて胸が真っ黒になるものだ、またこのコロナ騒ぎの災害でそうした取り返しのつかない暗闇が大量生産されることにおれは正直うんざりしている。
たまにはおれもまともなことを言っておきたいのだが、枕元に置くように覚えておいたらいい、「あなたごときに正義なんか手に入らないから」、この騒ぎに乗じてこころの中で私的裁判をして私的刑罰にかけるのをやめろ、私的裁判と私的刑罰が真の正義を為すのは「王」だけだ、魂が王の位に到っていない者が私的裁判と私的刑罰を考えてはならない/「自分が主権だ」と示威して光を持ちうるのは王だけなのだ、それは王ということの定義に実に合致しているだろう。
今回の機会に「正義」のつもりで私的裁判を振る舞った者は、このコロナ周辺の血なまぐささの呪いを一気に受けるだろう、それは強力なものだ、強力だからこそわれわれの内に入り込んでくるのだ/「正義」をやった人は帰ってこられないぞ、だからそれが政府であれ何であれ「必要悪」なのだという正しい知識が必要なのだ。

外出させないのは人権侵害であり、必要悪だ/どれだけ「必要」でも、性質は「悪」だと知っておくこと。

政府は正しく「自粛」を要請している、一部でとんでもない誤解がされているような、「自粛令」などという命令などは出ていない、この血なまぐささの中で胸がスカッとするという誘惑に引き込まれてはならない、これは本当にダメなやつで、本当に魂が帰ってこられなくなるやつだ/本当によくよく考えろ、政府は正しく「自粛」を要請しているのであって、そこには「自」と書いてあるのだから、他人が強制・命令したらそれは「自粛」ではない、この逸脱を平気でやるのは本当にやめておいたほうがいい。
もしあなたが、誰か友人の不要不急の外出を「やめろ」と差し止めたく思う場合、必ずそれは「悪」の行為なのだと知って振る舞うこと、威圧によって人権を侵害するという悪・リンチ行為を「必要でやむをえず」振る舞っているという状態だ、それだけは必ず覚えておくこと/今回の機会で、また「帰ってはこられない人」が大量生産されてしまうだろう、いっときの正義の自意識をむさぼるというつまらないことと引き換えに。
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コロナ騒ぎは承認欲求チャンスじゃねえだろ9/必要と悪と必要悪
品について、「これ感染が心配だなあ」と思えるものについては、消毒とは他に「ビニール袋に詰めて四日間放置する(ガレージとか玄関とかに)」という方法がある、これをおれは「ビニ4(よん)」と呼び、清潔でない物体かつ消毒もできないようなブツは「ビニ4しとくか」という処置にする、どうせ慌てて開封する理由もないし、ビニ4してから後ならあれこれ考えなくていいから気が楽だ(ただしコロナの野郎が5日も6日も生きた場合は知らん、しゃーない)。
それはいいとして、ふとお勉強の時間です、政府から緊急事態宣言が発されたが、緊急事態宣言が「発令」されるということはない、発令というのは命令や法令や辞令に対して言われるもので、宣言といえば「緊急事態が宣言されました」としか言えない、あるいは緊急事態宣言が発表された・発布されたというていどにしか言えない(旧憲法下なら空襲警報が「発令」されたと言えたかもしれないが)。
なぜ政府は市民に対して、緊急事態だから外出を控えろと「命令」できないかというと、政府にはそんな権限がないからだし、そんな権限が与えられないのは、日本国民が憲法によって人権を保護されているからだ、身体の自由があるのだから「外出するな」なんてどんな権力者も命令はできない。
もしそれで、新しく刑法も何も作らずに、テキトーにおまわりさんが出張って「コラそこ、外出するな」と取り締まったとしたら、こりゃまるで戦中の「憲兵」だぞ、天皇陛下から「勅令」を受けた憲兵が任務として取り締まりをするということになる、これはおれが冗談を言っているのではなくて、外出自粛に「法的拘束力がないからうんぬん」と言っている人たちが冗談を言っているのだ、だって本当に外出を規制したら人権侵害で憲法違反だからな。

なんというか、この危難に際して、こんなに人々があっさりと全体主義の発想をするとは思っていなかった、かくもあっさりと「外出する奴は法で取り締まれよ」という考え方が湧き出るのだということは、なんとなく「なるほど」とおれに感じさせた、けっきょく「全体の利益のために一人ひとりが勝手なことをしないように法律で縛れ、しょっぴいて処罰を与えろ」という発想になるのだ。
けれども、そうしてただちに全体主義に転向するなら、戦前や戦中の人々についても、「戦争したアホ」と一方的に上から見下さずに、やむなき「必要」があってそのようにしたのだと考えるように、社会科の先生も転向してほしい/そんなもん、当時の帝国主義時代に日本が植民地にされるうんぬんの危難は、今のこのコロナ騒ぎよりもっとシリアスな危難だっただろう、爆弾が降ってきて奴隷にされるというような恐怖だったのだから。
日本国民は憲法で身体の自由を保障されており、「外出するな」なんて命令は通らない、これが江戸時代の将軍と幕府だったら「閉門申しつけ候」で済んだだろうが、立憲民主主義国家はそうはいかない/そこで、憲法と身体の自由はわかるけど、「じゃあ犯罪者はどうするんだ」という話になり、「野放しにしていたら国がめちゃくちゃになるじゃないか」というのはそのとおりで、だから国民の安全保障のため犯罪者はブタ箱へ入れざるを得ない、それは身体の自由を侵害する「悪」だが、だからこそ政府というのは「必要悪」とされる。
政府というのはそれ自体が必要悪の存在であって、なぜそうした必要悪の装置を持たねばならないかというと、人々に悪があるからだ、人々が美徳から離れた悪をやるからこそ、それを抑圧する政府が必要なのであって、このとき政府の存在は必要悪という「悪」の存在であって「善」ではない、人々が完全な美徳のうちにあるのならば政府などというものは不必要なただの「悪」して解体・消去されるだろう/というのは、政治学とかの初等でお約束のように習うことだ、どの学者がどのように言ったのかはおれは忘れたので(すまん)、詳しいことはテキトーにググれ、おれは特殊なことを言っているのではなくごくフツーの学生のようなことを言っているにすぎない。

自粛に努めるあなたには主権があり、外出くしゃみおじさんや買い占めおばさんにも主権がある。

みんなが大好きな「立憲民主主義」とは、このうっとうしさ・迂遠さのことを言うのだ、だからこれまでチヤホヤしてきたものに急に泥を塗るべきではない、民主主義なんて「リーダーシップに致命的な制限をかけよう」という発想なのだから、これを突破するにはもう全権委任法でも可決するしかない/だからこそ、「そういうのは万が一にもやめよう」というのが、人類が歴史から学んできた知恵だったはずだ。
誰もそんなことまで考えていないだろうし、別に右傾化しているというわけではまったくないだろうが、それよりも深刻な「育てられていない土壌」に生えてくる自然なものとして、「自分の主権だけが主権」だと思うのが当然の感覚になっているのだと思う、つまり「どう考えたってこの状況で外出する老人とかゴミだろ」と言う自分の主権だけがこの世の主権だという感覚があるのだと思う/で、同じく「どう考えたってこの状況で外出する老人とかゴミだろ」と言う政党に、全権を委任して主権を「1つ」にしたとすると、どうなるかというと、「さてコロナは去ったけれど、ところできみの暮らしぶりと働きぶりは国家への貢献が少なくてゴミだな!」「きみは娯楽に時間とお金を使っている場合じゃないだろう?」と言われる、そして国力増進の捨て石に使われるだろう、そのときになって「1つ」とは異なる主権を主張しても通らないのだった。
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コロナ騒ぎは承認欲求チャンスじゃねえだろ8/たとえばおじさんのする「怖〜い話」
とえばおじさんが「怖い話」をする、そこにいる女の子が全員「シーン」として、無反応だったらどうなるか。
もちろんおじさんは「すべった」と感じ、そそくさと切り上げて、なんとなく内心で女の子たちを罵るだろう/プライドの自己防御のために。
おじさんが「怖い話」をして、怖がりの女の子が「きゃあああ」「いやー」「やめてえええ」と激しく反応したら、おじさんは「興が乗ってくる」だろう、そしてますますモリモリおじさんは怖い話をたっぷりするだろう。
女の子が反応してくれるから、おじさんは承認欲求が満たされるのだ、アホな話だろう、場合によっては醜い話ですらある/そして現在、あちこちで言われているコロナ関連の脅威論は、そうした恥ずかしいおじさんの内心と同じ構造で発されているのだ、そのことは断定的に「キモい」と見抜かねばならない。

おれはこれまでに、ホラーやグロ、あるいはエログロを内容とした話をしたことがない。
なぜなら、ホラーやグロを内容に用いるのは、話の作り手として最もダサい・最下層に当たるからだ、「エグい」とか「キモい」とか「怖い」とかは生理的・本能的に人の関心を惹きやすいのだ、だからこそそうしたモチーフを使うことをおれは忌避するし嫌悪もする。
そこで現状、どんなアホのキモクサおじさんでも、「このままだと東京がニューヨークになっちゃうからさ」とでも、それっぽく言えば、一応その話を聞いてもらえるのだ、もう一度念押しして言うが「話を聞いてもらえる」のだ、これまで根本的にどうやっても生まれてこの方一度も話を聞いてもらえなかった人が、この機会においては例外的に「話をきいてもらえる」のだ、その内心がこの機会にどれほど熱烈に食いつくものか、その悍ましさを小さく見積もるべきではない。
これまで人に話を聞いてもらえることが一度もなかったおじさんや若い人が、このときだけは話を聞いてもらえる、そのとき彼の(彼女の)内部で炸裂する甘い快楽と絶頂は、彼をトチ狂わせてやまないものだ、それぐらい承認欲求に飢えているのだ/なぜ彼が承認欲求の不当な充足をやめられないかというと、彼は自分が生涯に一度も誰にも承認されないのが "ふさわしい" という事実に到底向き合えないからだ。

日常が恢復するということは、彼らにとって絶望が帰ってくるということなのだ。

彼ら(彼女ら)がまるで、日本に「破滅来い」と求めてコールするふうであるのは、彼らにとってこのコロナ騒動が終息するということは、再び「誰にも話を聞いてもらえない」という絶望の日々が帰ってくるということなのだ、だから彼らはこの日常でない時間をよろこび、それがもっと大げさに長引くことを望んでいる/たとえウェブ上でドギツイことを言い散らかしているだけであっても、彼らは自分が何かの会話に参加したということにしたいのだ、それぐらい長年「誰にも話を聞いてもらえない」ということが最後まで続くのは苦しく絶望的なことなのだろう。
賢明な者は、この機会にその本質をよく見抜いてしまうことだ、別にコロナ騒ぎのことに限らず、ウェブ上であれメディアであれ対面であれ人々のあいだではすでに長いこと、「ドギツイものを散布しているだけ」という実態がある、周囲のすべてをよく見よ、ありとあらゆるものが「ドギツイものを散布しているだけ」であって、それに興が乗ってくるというありさまは、子供向けに「怖い話」をしてハアハア興奮しているおじさんと同じなのだ。
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コロナ騒ぎは承認欲求チャンスじゃねえだろ7/日本は82位(4月7日時点)
本は二月の中旬にはコロナ騒ぎが始まった先駆けの組だが、人口当たりの感染率で見るとどうやら4月7日時点のデータで世界82位らしい、つまり世界中で日本よりひどい国が81カ国もあるということだ。
日本の医療水準に加えて感染は現在82位という低ランクで、そんなにブーブー言う必要あるのか? いや防疫や都市封鎖のていどについてではなく、やれ政府がどうとか老人がどうとか若者がどうとか、「日本はこれから他の国と同じように悲惨な状態になる」と執拗に "言いたがる" 、このキチガイじみたムードは何だ。
日本にブーブー言って日本がぐちゃぐちゃになると言うなら、日本より上位の81カ国にもブーブー言え、そして81カ国にも「これからぐちゃぐちゃになる」と言い張れ、なぜ恵まれている自国を踏んづけて快楽を得ようとするのか、この期に及んで悪趣味なオナニーに躊躇がないのはどういう神経をしているのか。
4月7日時点で、人口あたりの感染率はスペインがトップだ、 "100万人あたり" スペインが2888人、スイスが2493人、イタリアが2192人、ベルギーが1796、オーストリアが1356人、ドイツが1184人、ポルトガルが1150人、フランスが1140人、アメリカが1112人、そこから数カ国挟んでイギリスが760人だ、それが日本なんて100万人あたり「32人」だぞ、スペインでは「350人に一人が感染している」という状態で、日本では「三万人に一人が感染している」という状態だ/じゃあ少なくとも現在のところまでは自国については「バンザーイ」じゃないか。

この状況だから特にそうだが、ドギツイことや不安を煽るようなことを言ったほうが発言が目立つ・注目されるということがある。
この状況でなくてもそうだが、この状況だと特にそうなのだ、だからつまりウェブ上であれメディア上であれ、少なからぬ人が自分の承認欲求のために「日本はウィルスでぐちゃぐちゃになって苦しんで滅ぶ」と言い続けているところがあるのだ、当人はそれで内部的に快楽的に "絶頂" しているのだと思う、それは自分が生きてきた中で有効な発言をしたことがこれまでに一度もないからだ。
まさに「この期に及んで」ということになるが、危難であれ防疫であれ、この期に及んで「マウント」を動機として発言をまき散らしている人がいるのだ、それぐらいマウントと承認欲求は根深くすでに人々の魂を食い荒らしているということになるが、賢明な者はこの機会によくそのことを見ておくように/この状況に「ありがたい」「なぜかわからないが日本は猶予を与えられている」と僥倖と感謝を言う人はごく少ないのだ、この期に及んで自分のマウントと承認欲求だけでウキウキしている奴は魂が根こそぎ「まともでない」ということをよく見ておくように。
先日、麻生副総理がアメリカの偉いさんに電話をしたとき、向こうから「お前のところは(死者)何人だ」と訊かれ、「六十数人だ」と答えた、それで「今日が六十数人か、昨日は?」「いやこの三ヶ月の累計でだ」「は?」「ん? おれの英語わからない?」「違う、意味がわからない。お前のところには薬があるのか」「ない」「じゃあなんでだ」「おれもわからんのよ、なぜうまいこといっているのか」というやりとりをしたそうだ/まったくそのとおりだとおれも思う、なぜこんなに猶予されているのか理由はわからんけどとりあえず「バンザーイ」であって「ブーブー」ではありえない。

さすがにこの状況、日本でブーブー言う奴は欧米に行け。

なんでもかんでも国を悪く言ってりゃ正義ってわけでもないだろう、いつの時代だ、「体制側を攻撃すれば正義」という学生運動時代のやり方しかいまだに思い浮かばないのはさすがに知性のレベルとしてどうかと思う、安倍総理は緊急事態宣言で「恐れるべきは恐怖それ自体」と言ったが、合理的に考えてわれわれはより深刻な状態にある81カ国の人たちよりビビる権利はない。
この期に及んで、あるいは「この機に乗じて」、無価値と確信される自分の存在の憂さ晴らしをするために、マウントと承認欲求で目立とう目立とうとする人たちがいる、この人たちのことをよく見ておくことだ、そして自分はそのような者になってはいけない。
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コロナ騒ぎは承認欲求チャンスじゃねえだろ6/体調の管理が最優先

れは今酔っ払っているので正確に追跡できないが、「イベルメクチン」という駆虫薬が新型コロナに効くかも知れないという論文が、オーストラリアのモナシュ大学の研究チームから発表されたそうだ。
この薬品を開発したのは2015年にノーベル賞を獲った大村智さん(北里大学)なので、もし特効的なものなら日本人GJということになる、そのときはもう三回ぐらいノーベル賞をあげていいだろう。
こういう希望のあるニュースを報されると、つい「おおー」となってしまうので、こんなことが毎日続くなら、あっというまに五月になるんじゃないかな、どうか早く決定的なメドがつきますように/日本はまだコロナをネタにできる余裕があるが、欧米はもうそれどころじゃないだろう、むろんおれが気にしてもしょうがないのだが、何かどこか気分が後ろ暗くなってつらい、早く打開策が見つかってほしい(でないと酒も頭痛になってしまう)。
4月10日から、菊水酒造が「アルコール77」という新製品の "お酒" を出荷するそうだ、「あくまでお酒ですので……」とお役所と調整しながら、あくまで消毒薬ではなくお酒ですというものを売り出すらしい/メーカーのプレスリリースによると「いつぞやの豪雨災害のときにはみなさんにお世話になったので、その恩返しのつもりで」ということだそうだ、おれは災害の中で人間の良心が輝く瞬間がとてつもなく好きだ、この騒ぎが収まったらきっとアルコール77で旨い乾杯ができるだろう。

まともな給付金が出なければ、現実的にこの四月からでも食い詰めた人たちが世の中には現れるだろう/漫画喫茶に寝泊まりしていたいわゆる「ネカフェ難民」は当該施設を追い出されるはずだから、着の身着のままで路上生活者になってしまう。
そうした人たちが、世界中にいるはずで、世界各地で暴動が起こってもおかしくないはずだが、そうしたことはまだ起こっていないのだろうか、おれが調べていないだけかもしれないし、あえて報道しないだけかもしれないが……当たり前のことだが、防疫に加えてより一層の防犯に心構えを、このコロナ状況下で食い詰めた路上生活者が生き残る方法というと、短絡的にはもう強盗しかない。
食い詰めた者が徒党を組んだら閉鎖中の焦点施設を襲撃するということもありうるし、その際には自暴自棄の暴徒と化して、ひたすら破壊と火付けをしてまわるというようなことも、局所的にであれ起こる可能性はある、まあそれは極端な例だとしても、すでにこちら目黒区や世田谷区では若く余裕のない(でも勢いだけはある)連中が深夜に「荒れているな」という様子を見かけることがちらほらある。
というわけで、こんなときに昼間から酔っ払っているおれが何を言っても説得力はゼロなのだが、自粛と防疫は口酸っぱく言うにしても、グッドニュース(かも)と思えるものはなるべく知られるべきだと思うのだった、医療崩壊が喫緊の不安だが、もちろん人心が崩壊しても災難は余計に増すだろう。

イベルメクチン、実は初めて会ったときから君のことを愛していた。

だからどうか力を貸してくれ、と、なんだこのテキトーな記事は、もう酔っ払っているからしょうがないだろう、一眠りして起きたらそれなりに反省することにする。
こんなときに別の理由で体調を崩していたらアホだから、あまり飲み過ぎないようにしないとな、何にせよ長期戦なのだから体調の管理が最優先になると思う、つまんねー話だが本当にそれが最優先だと思っている。

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コロナ騒ぎは承認欲求チャンスじゃねえだろ5/ここまでは最強の日本

なたがツイッターをやっていて、フォロワーが25人いたとする。
そしてツイートがバズり、二週間後にはフォロワーが44人になった、またその二週間後には111人になった、その二週間後には1,000人を超えた、つまり六週間で四十倍以上にになった。
一方あなたの友人は、同じくフォロワー25人から始め、二週間後には13,119人になり、その二週間後には65,000人以上になった、その二週間後にはどうなるやら見当もつかない……つまり四週間だけで二千六百倍になった/この二人は同じように「バズった」と言えるか。
東京で25人の感染者が計上されたのが2月19日だ、ニューヨークはそれより十九日間が経過して3月9日に25人の感染者が計上されている、もし東京とニューヨークが同じペースで感染拡大するとすれば、東京は去る3月の下旬には6万人以上の感染者を出していなくてはならない/もう一ヶ月ぐらいおれはこのことを「???」と思っている、さしあたりハテナだがBCG効果説がささやかれるのも可能性としては当然だと思う。

だから油断していいという話ではないし、何も安心できる材料はないので、警戒するに越したことはないのだが、なんというか、いくらなんでも「自分の国のことだけ考えすぎ」という気がする。
ニューヨークは、ニューヨーク州で3月7日、ニューヨーク市で3月12日、すでに非常事態宣言が出されたのに、一ヶ月でこのありさまだ、それに比べて日本はなんて「ぬるい」のだろう、ニューヨークはじめ他の欧米諸国はなんて「えぐい」のだろう/と、そう考えなくては合理的でない、なぜこんなに状況に差があるのかは大変ナゾだ、ヘンな言い方だがこの状況ではわれわれ日本人の「危機感」なんて欧米諸国に鼻で笑われるだろう。
今年の一月末ぐらいから武漢で新型コロナウィルスが言われはじめ、封じ込めはどうなの……と言っているあいだに、二月中旬ごろには韓国で感染者が "有効数" という感じで出てきて、数日後にはイタリア、そして日本、二月末にはフランスとスペインでも出た、三月初旬になってイギリスで出て、その数日後にはアメリカで出た、つまりアメリカは有効数という感じの感染者報告が出てからちょうど一ヶ月ぐらいなのだが、すでに世界最悪クラスの数字を出している、いずれ日本もそうなる、そうなる、と言われながら、なぜかわからないが低空飛行を続けている、これから先は知らないが少なくともここまでは欧米諸国と比べると冗談みたいな横ばいのレベルで推移している。
「これから東京がニューヨークにならないために」緊急事態宣言を出すというのはとてもわかりやすいのだが、「なぜニューヨークに先んじて東京が崩壊していないのだろうね」と言われると、そのことに確かな返答が出来る人はまだこの地球に一人もいないだろう、緊急事態宣言を発してから日本もドライブスルー的な方法でPCR検査をやるのだろうか/おれはこの自粛自粛の緊急事態宣言は誤りではないと思うが、誤りではないという "確信" はどこにもない、単に「自粛しなくていい」という強気のほうにギャンブルを打てる確信がより少ないだけだ、どちらが大ダメージになるのかどれだけ悩んでもけっきょくはバクチだ。

緊急事態宣言下で、この「???」が解けるのを楽しみにしている。

単に潜伏していたオーバーシュートが進行して「あーあ」となるのか、それともやはりナゾの横ばいを見せつけてナゾの最強日本を続けてくれるのか、まったくわからない、もちろん最強日本を期待するや切だし、そのときには何か欧米諸国の蔓延にブレーキをかける方策が見つかってほしいものだ。
緊急事態宣言をプッシュした人の中には、この機に乗じて承認欲求を満たしただけの人もたくさんいるから、その人たちは逆方向に祈るだろう、つまり「手遅れになっていてオーバーシュートしますように」と祈るに違いない、そうしたら自分のした主張が「ほらな? 正しかっただろ?」となるから/そうした馬鹿げたことのすべてを、もうやめにしたいのだ、どう考えても日本はナゾの横ばいないしはひどく「ぬるい」蔓延を続けてくれたほうがいいに決まっている、その逆を祈るような者はさすがに死後とんでもないところに落ちるだろう。

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コロナ騒ぎは承認欲求チャンスじゃねえだろ4/テクニック
メリカのホームドクターが買い物での防疫注意事項の動画を作ってくれている/日本語の字幕が読みづらいのが難点で、その他も色々あるがしゃーない、気になる人は無視して情報だけ得よ。
こういうのは、「ここまでやっていられるかよ」と感じる人が多いだろうが、おれの発想はそうではない、こういうのは「テクニック」だと思っている、そしてテクニックというのは身につければ楽になるものであり、身につけないとシンドイものだ。
こんなことを実地でやる機会なんてもう二度とないだろうし(二度とあってくれるな)/実はおれはすでにキッチンハイターから消毒液をソッコーで作れるノウハウとシステムを身につけている、それは防疫うんぬんという以上に「どれだけ早くテクニックに身につけられるか?」という、おれ自身の能力の問題なのだ、おれは自分が能力的にチンタラしていると腹が立つタイプなので、今日聞いたことは今日獲得してしまいたいのだ。
どんなことでも、いったん身につけたらそれは忘れ去るまで失われないものだし、ものによっては失われないこともあるし、あるいは忘れてしまっても少しやれば「ああ、こうだった」とすぐに思い出すものだ/というわけで、こうした買い物に関わる防疫も、ナルホドということで即日でテクニックを習得したいと思っている、何度もいうがこれは「テクニック」だ、感覚のものではなくてただのテクニックだ。

単純に、おれが学生時代は理系の、しかも化学科だったというのもあるだろうか、こういうシステムをありがたく習得させてもらうことには何の苦も覚えない。
そしてそれ以上に、おれは小説家だから、こんなことを身に迫って体験することなんてまずないので、その意味では正直「やったぜ」と思うのだった/もしおれが、先天的に今回のウィルスに抗体を持っていたとしても、おれはこういったテクニックのことは実際にやってみるだろう。
色んなことが不便で面倒なのだが、「面倒」ということと「面倒くさがる」というのは別のことだ、おれは別のことについてはすさまじく面倒くさがるのであり、たとえば髪の毛を切りに行くようなことはとてつもなく面倒くさがる(だから半年ぐらい放置したままでドエラいことになっている)/それは髪の毛を切りに行くのにおれのテクニックは何も関係ないからだ、おれが何も身につけられないのでそういうのはおれは面倒くさがるのだ。
おれはつい先日にも、人が足をくじいたとき、薬局で三角巾を買ってきてその足首を固定し、そのテクニックに驚かれたことがあるが、二十年前にどこかで習った三角巾の技術を今も覚えているのだ、それはただのテクニックへのこだわりであり、ただのおれの趣味にすぎない、なぜ面倒くさがりのおれがテクニックにはこだわるかというと、テクニックというのは身につければ楽になるものだからだ、テクニックを身につけないまま毎回その場しのぎで中途半端にやることのほうがずっと面倒くさい。

肺炎の経験者にはなりたくないが、テクニックの経験者にはならないと損だ。

これだけの騒ぎに巻き込まれておきながら、何の体験もないというのではあまりに損だ、ましておれなんか小説家だから、ありとあらゆるときに体験・経験をむさぼっていくぐらいでないと、おれの話が面白くなるわけがないのだ/誰でも知っているとおり、なんやかんや突っ込んで経験してきている人しか話は面白くならないものだ、娯楽の消費行動だけしていて話が面白い奴になるわけがない。
キッチンハイターから消毒液を作る方法は、花王のウェブサイトあたりに載っているが、まあバケツに水5リットルのメモリを入れて、そこに200ccだかのカップでハイターを突っ込みゃ一発よ、これでけっこうキツい消毒液が出来る、漂白剤だから衣類が色落ちするし、金属は腐蝕させるし、アルカリだから目に入ってはいけないし酸と混ぜれば塩素ガスが出てしまうが、水で洗えばサッと落ちるたぐいなのでシンクや風呂場なら使用はイージーだ/誰かが構築してくれたテクニックを習得できるというのは実はとてもありがたいことで、自分で一から体系立てるのに比べたらずいぶん楽なのだ。
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コロナ騒ぎは承認欲求チャンスじゃねえだろ2

ロナウィルスは "特に" マスクで飛散防止できる、という可能性があるらしい。
 

感染者がマスク "なし" で30分、ウィルスの放出確率は……
  飛沫    エアロゾル 
(既知)コロナウィルス 33% 33%
インフルエンザウィルス 33% 33%
ライノウィルス 33% 50%

 

感染者マスク "あり" で30分、ウィルスの放出確率は……
  飛沫    エアロゾル 
(既知)コロナウィルス 0% 0%
インフルエンザウィルス 0% 33%
ライノウィルス 33% 50%

参照:山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信

ブログのエディタに「表を挿入」なんて機能があるから、たまには使ってみた、こんなときにしかこの機能を使う機会はなかろうて/表のとおり、あくまで既知のコロナウィルスの実験結果だが、コロナウィルスはマスクをしていると飛散しないらしい、じゃあ今回のコロナウィルスも物理的にはそうじゃね、と期待される。
元記事で山中伸弥先生が英語の論文を読んでくれるのはありがたいのだが、われわれはそんなに賢くないので、日本語で言われてもむつかしいとわからないのだ、それで表にしてみた/おれがそんなことをする必要はまったくないだろうが、まあヒマなのでね……(こんだけ自粛させられたらヒマに決まっている)。

こんなときだからたまにはワイドショーでも観るかと思って、ちらっと観たが、耐えきれず数分で電源を消した、内容がどうこうの以前に、あまりにもおれの思っているのと異なる人間が大声を出すので観ていて耐えられなかった。
おれは思うのだが、この状況で、都市にロックダウンを掛けるのが正解なのかハズレなのかは、誰にとってもバクチでしかないと思う、確信があるふうの人はいったい何によって確信を得ているんだ?/いったん憲法や法令は捨象して、強硬にロックダウンを掛けたらそれは経済に壊滅的ダメージを与えるし、かといって柔弱に緩めたら蔓延に取り返しの付かない拍車が掛かる、こんなことはチンパンジーだってわかる理屈だ。
どのタイミングでどのような制限を掛けたらベストの結果が得られるかなんて、確信を持って答えられる人があるのか? 万事について、もちろんすでに手遅れという可能性もあるし、かといって現時点では先走りという可能性もあるのだ、それでもすべてのことはバクチのまま現時点で決定してゆかねばならないのだが、 "確信をもって決定できることなど何一つない" 、どれもこれも一か八かでしかないのは当たり前だ、その中で、防疫の専門家の立場は別として、「ザ・確信」みたいになっている人はどうしても勘違いのカタマリに見える、きっとすべてのことに「自分がやればもっとうまくやる」と内心で思っているのだろう。
この状況で、「ザ・確信」みたいになって好き放題に確言をぶちまけている人は、これまでに "何かの出来について責任を負ったことがない" のだ、この時点でどの意見が正しいなんて断定できるわけがあるか、それぞれ自分はどうベットする(賭ける)としか言えない/「ザ・確信」で好き放題に確言をぶちまけている人は、せめて「もし自分の言っていることが後にハズレだったら丸坊主にします」ぐらいのことは言い添えねばならない。

この機会に乗じて承認欲求が漏出しているケースがおびただしい。

声高に見せつけられているのは、正論ではなくて承認欲求だ、よくもまあこんな危難のときに、そんなしょーもないものを振り回せるな、それはさすがに末代までの恥になるだろう/まともな人は、現場であれ権力者であれ、さすがにこの危難には「なんとかならんか」と苦心だけしている、さすがに承認欲求とか次の選挙とか得られる立ち位置とかは考えていないだろう、あくまでまともな人は。
おれは1995年の阪神淡路大震災のとき、一ヶ月ほど住み込みでボランティアをしたが、よくよく考えるとあのときも――あのときはごく一部だったが――現場にもメディアにも気色の悪い者がいくらか出たのを思い出す、今さら思うが/こうした大規模災害のときには一定数、場違いに承認欲求を漏出させる人が出るのが定番なのかもしれない(が、かといって何十万とか何百万とかいう単位で出るのはやめろ)。

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コロナ騒ぎは承認欲求チャンスじゃねえだろ

在庫速報.comなんてものが出来ているらしい、きっと便利だと思うので何ぞご入用の方はご参考まで(クリックすると当該サイトが開きます)。
ぜんぜん関係ない話だが、 YouTube はついに、一人ひとりの人にいかに価値がないか・値打ちがないかということを暴き立てたと思う。
つまり、どれだけ有名になった YouTuber も、根本的に "つまらない" のだ、これは悪口を言っているのではなく、われわれが一人ひとりどれだけつまらない存在かということが、 YouTube によって暴き立てられたのだと思う。
今多くの YouTuber は、自分のつまらなさ、および自分のキモさが、経験のなさによって視認できないから、無感覚でその活動が出来るのだと思う、そのことまで含めて「人ってそういうものなんだ」ということを YouTube は暴いた(よろこんでいるわけではない)。

たとえば今諸外国で、「街はこんな状態になっています」という動画がアップロードされる。
が、動画を観てみると、動画は自撮り方向で、「お前ばっかり映っていて街が見えねえじゃんw」というような、笑えるような笑えないようなものだったりする。
今回の新型コロナうんぬんは、それなりの危難に違いないはずだが、その危難さえ利用して自分の承認欲求を満たそうとする衝動が止まらないのだ/コロナでクリック数稼ぎと自己顕示稼ぎをするというような、そんな低劣なことを平気でやるようになっている。
新型コロナうんぬんがそれなりの危難であるのに対し、通信テクノロジーに暴露された「承認欲求の闇」のほうは、レベルとしてはコロナうんぬんよりずっと深いのだろう/おれは意地悪を言っているのではない、共に生きていこうと言い、互いに助け合って生きていこうと言っているのだ。

おれはそちら、「闇」うんぬんのほうの防疫をしている。

そっち方面もいわばいつも「新型」が出てきて、新型だから免疫というか抗体がないのだ、だからあっさり感染してしまう/どう考えたって、大半の人は「何かを発信する人」ではないのだ、単に愛もやさしさも経験もないから誰にも必要とされず孤独になっているだけであって、それがコロナに乗じて情報発信風味をするなよキモチワルい。
おれは、ひとりでは生きられないと思っているので、互いに助け合って生きていこうと言いたいし、たぶん助ける力より助けられる必要のほうが大きい小人だから、基本的にいつも「いざというときは助けてくれよ頼むぜ」と思っている/だがこの期に及んで新型コロナはお前の自撮りを頒布するために蔓延したのじゃない、そのことについてはおれはもうずいぶん前に緊急事態宣言を出したはずだぜ。

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憶測を断言する匿名マン
ロナ騒ぎで、ウェブ上で色んなことが言われている、やれ中国のウィルス兵器だとか言う人もあって、何かもうウェブコメントというコンテンツそのものが限界に来ているように思う/3.11のときにも人工地震とか言う人がけっこういた。
それは、人工地震なのかもしれないし、ウィルス兵器なのかもしれないが、ただ「そうかもしれない」のであって、「そうではないのかもしれない」だろう、そんな "漠然とした疑い" をどうやって晴らしようがあるのだ、そんなもんたとえば「ポケモンはアメリカの子供を洗脳するために作られた」とか言い出したって、その漠然とした疑いを晴らす方法はない(このネタはおれが今テキトーに作ったものだ)。
おれは奇妙な発見をする気分になるが、いつのまにか人々のうち、少なからぬ人が「憶測を断言するマン」に変化したのだと思う、それはまったく未知の性質であって、これまでふつう、人は憶測にすぎないものをなかなか断言はできないものだったのだ、だが新しい性質の人々はなぜか憶測を断言できる気質になった。
なんというか、そのことは、一種の老化現象に似ていると思う、たとえば今でも大阪の田舎にいくと、「東京モンなんて冷たいやろ〜」と何の根拠もなく断言されるのだが、あれも「憶測を断言するマン」と同種であって、むしろ「憶測を断言するマン」のほうが老人の性質に到っているのだとおれは発見する。

なぜ老人になると「憶測を断言するマン」になるのだろうか/この場合の老人というのはもはや年齢のことを指してはいない。
なんとなく、おれが見てきたかぎり、人は老人になると、物事に対する「視力」がなくなるのだと思う、何かを視認しようという動力がなくなるのだ/そのことはきっと、老人になって自分自身を視認したくなくなるという強力な動機に支えられて起こっているだろう。
憶測を断定するマンは、一種のファンタジーを自ら唱え続けることによって、自分自身も含めた不都合なものを視認しないようにしているのではないだろうか/だからこのコロナ騒ぎの中でも、「ハイ最悪」という一種のファンタジーを、自分の都合のために唱え続けている人がけっこういるのだ。
そういえば、「憶測を断言するマン」が、自分自身のことを「ダメだなあ」と反省的に視認するところを見たことがない、だからやはり憶測を断言するマンは自分を客観視する視力を自ら破壊するために、その断言マンを実践しているのだろう、そう考えるとすべての断言老人が本当には何をしたがっていたのか今さらになってわかる気がする(うーん、なかなかひどい話をしている)。

謙虚な者だけ断言せよ。

いわゆる謙虚風味で、何事も断言せず考える者はありふれた「逃避」の性向だが、謙虚とは逆の嫌味があって、憶測を断言するマンは、重度の「逃避」の性向なのだ、前者は万事をぼかして視ており、後者は万事をもう視認しないようにしている。
というわけで、偉大なるおれさまなどはとっても謙虚に、早くコロナ騒ぎが収まって街中でセクハラがしたいよ〜と、憶測ではない真実を断言するのだった、春なのに街中でセクハラできないとか本当に残念だ。
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